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前半は少しばかり昔話を。
ピエール・ド・レーヌ伯爵には一つ違いの妹がいた。母親譲りの栗色の髪と父親譲りの水色の瞳を持つ、ソフィーという名の美しい娘だった。
彼女には幼い頃から決められた婚約者がいた。代々筆頭魔導士を務めるガルニエ公爵家の三男レオン。黒い髪と緑の瞳を持つ彼もまた、その血筋に違わぬ強い魔力の持ち主であった。
王立学園を卒業後、魔導士として王城で働き始めたレオンには、年の離れた姉がいた。当時はまだ王太子であったアレクサンドルの妃、ジャクリーヌ。男兄弟しかいないジャクリーヌは、10歳以上も年下のソフィーを本当の妹のように可愛がっていたという。
ソフィーがまだ学園の生徒であった17歳の時、北方の海域を主な拠点とする海賊が、西の海の利権を奪おうとグランシェール王国に攻め入ってきた。西の海を挟んで隣り合う島国ライン=アイグナー連合王国に応援を要請したものの、彼の国で議会の承認を得るのに少なからず時間を要した。連合王国の応援部隊が駆けつけるまでの間、グランシェール王国の騎士団、魔導士団は何とか頑張って持ちこたえていたが、さすがに全くの無傷では終わらなかった。
その中でも後世まで人々に惜しまれることになったのが、筆頭魔導士補佐を務めていたルイ・ド・レーヌ伯爵の死であった。優秀な魔導士であったレーヌ伯爵をおびき寄せるため、海賊の頭ヤコブセンは彼の部下であるレオンを人質に取った。
将来の娘婿であるであるレオンを救うため、周囲の反対を押し切って伯爵は1人敵地へと向かった。───その結果、2人とも還らぬ人となったのである。
父親と婚約者を一度に亡くしたソフィーの絶望は大きく、彼女は学園に姿を現さなくなってしまった。そんなソフィーの気を少しでも紛らわそうと、王妃になったばかりのレオンの姉ジャクリーヌが、自分の侍女として城仕えをしないかと声をかけた。
悩んだソフィーだったが、今さら学園へ復帰する気にもなれず、かといってすぐに結婚相手を見つけることも難しいため、最終的にはジャクリーヌの誘いを受けて侍女として出仕することとなった。
城仕えを始めてから、ソフィーはみるみる明るくなり、父親亡き後レーヌ伯爵を継いだ兄のピエールや母である前伯爵夫人も大いに喜んだ。それから1年と半年ほど王妃付きの侍女として務めたある日、ソフィーは突然暇乞いをして世間から身を隠すように王都のレーヌ伯爵家に宿下がりをしてしまった。
ソフィーが身籠っているらしいと初めに気づいたのは、彼女が生まれた時から伯爵家に仕えている侍女アンヌだった。結婚前の貴族の娘が妊娠しているなどと世間に知られたらとんでもないことになる。娘を妊娠させた責任を取ってもらわなければと、前伯夫人は娘から何とか父親の名を聞き出そうとしたが、頑としてソフィーは口を割らなかった。
部屋に篭り誰とも会おうとせず、心身ともに弱っていく娘を見て、前伯夫人は悲嘆にくれた。その頃すでにピエールと結婚していたマリーはソフィーの幼馴染でとても仲の良い友達だったが、ソフィーは彼女の呼びかけにさえ応えようとはしなかった。
一体何が彼女をそこまで頑なにさせたのか、今となっては知る由もない。しかし、月が満ち生まれて来た赤子を見て、ピエールはその理由の一つを知ることになる。ソフィーの産んだ子供は、誰が見ても分かるほど濃い青色の瞳を持っていたのである。
◇◇◇◇◇
父の話を、ルイーズは声もなく聞いた。本当の母のことはもちろん、初めて聞く話ばかりで理解が追いつかない。まさか自分がこんな複雑な生い立ちをしているなどとは思いもよらなかったが、同時にどこか他人事のように感じている自分もいた。
それは転生者であることを自覚しているからなのか、普通の8歳児よりは精神年齢が高いせいなのか、ここが乙女ゲームの世界だという可能性が高くなったからなのか。あるいはその全てなのか、定かではないけれど。
(アラン様からこの前聞いた話に出てきた───お祖父様が助けに行った部下って、娘の婚約者のことだったんだ……)
ルイーズの父親だったかもしれない、ガルニエ公爵家のレオン様。一体どんな方だったのだろう?
もし父親が違えば今の"ルイーズ"とは違う人物が生まれていたのだろうけれど、それでも私はその人に転生したのだろうか?
───いや、そんなことは考えるだけ無駄だ。過去は変えられない。私は私、それ以外の何者でもないのだから。
ため息を吐いて軽く首を振ったルイーズを見て、お父様が気遣わしげに声をかけてきた。
「……すまない、ルイーズ。急にこんなことを話して混乱しただろう?すぐに分からなくてもいい。まだ時間はあるから、少しずつ理解していってくれたら」
「はい」
「お前に今この話をしたのには理由がある。……実は、国王陛下がお前を王城に引き取りたいと仰せなのだ。できれば秋のお茶会の後に王城に迎え入れ、来年の新年舞踏会でお披露目をしたいとのお考えだ」
「え、いきなりそんな……!」
秋のお茶会までにはあと2ヶ月ほどしかない。そこから新年舞踏会までさらに2ヶ月。随分と急な話になんと答えていいのか分からない。ピエールも同じ思いのようで、困惑を隠しきれない様子だ。
「お前を産んでから、弱り切っていたソフィーはすぐに亡くなってしまった。私とマリーはお前を自分達の子供として育てるつもりだったが、お前の瞳の色はどうやっても隠し通せるものではない。仕方なく私は秘密裡に赤ん坊のお前を王城に連れていった。国王ご夫妻には想定の範囲内だったのか、思ったよりもあっさりと王家の血を引いていると認めてもらえたよ。……ただ、すぐには王女だと公表するわけにいかない、全ての条件が整った後に折を見て公表する予定だと言われた。だからそれまでは私達の子供として育てて欲しい、とね。そのために必要な人も金も出すと言われたのだが……断ったよ。お前は私にとっては可愛い姪、マリーにとっては親友の忘れ形見だ。頼まれなくても、とっくに育てる覚悟はできていた」
「………」
ピエールの言葉に頷くマリー。今更ながら、ルイーズはこの2人に愛されているのだと実感した。
「───それから8年。きっかけの一つは…お前も気づいているかもしれないが、この前のお茶会だ。王太子殿下はお前を見て、妹として引き取ってもいいのではないかと陛下に奏上したようだ」
「王太子殿下が……」
凛とした佇まいの中で、自分に向けてくれた王太子の優しげな瞳を思い出す。
「それ以外の理由は、私には計り知れないものだ。王家には王家の事情というものがあるのだろう」
ピエールの苦々しい表情も尤もだと思う。権力者とはそういうものだ。自分達の都合で子供の面倒を見ろと言ったり、いきなり引き取りたいと言ってきたり。それでも臣下である限り、否と言う選択肢は残されていない。
王家という絶対的な権力を持つ人達が住む場所───ルイーズがこれから行くのは、そういうところなのだ。
「ルイーズ……あと2ヶ月ほどでお前はこの国の王女になる。正確には生まれてからずっとそうだったのだが、それが公式に認められることになる。私達は伯父伯母、ジャックは従弟であるとはいえ、お前が王宮に入ってしまえば簡単には会えなくなってしまうだろう。それでも、私達にとってはいつまでもお前は可愛い娘のルイーズだ。もし困ったことがあったら、自分の実家だと思っていつでも私達を頼りなさい。……まぁ、そんなことが起こらないことを願うばかりだが」
「…はい」
「ジャックには私から話そう。王城の者達が出入りするようになるとさすがに隠しておくわけにもいかないからね。……すっかり遅くなってしまったが、急いで湯浴みを済ませて寝たほうがいい。詳しいことは、また明日以降に話すことにしよう」
「分かりました」
「お部屋まで一緒に行きましょう、ルイーズ」
「はい、お母様」
母に優しく手を取られ、ルイーズはドアの方へと向かった。
「おやすみなさいませ、お父様」
「あぁ、おやすみ」
ふと父の後ろの壁へと視線を移すと、肖像画の中から若き日のソフィー──ルイーズの本当の母が、少しはにかむように微笑んでいた。
あと少しで第1章が終わる予定です。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




