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今回も長めです。
湖からの帰り道のことはほとんど記憶がない。アランと一緒にローナに乗って帰って来る途中、ずっと現実味のないフワフワした気分だった。
そういえば、アランはルイーズの返事を待つつもりではあるけれど、勝手に婚約話を持ってこられても困るから公爵に自分の意思は伝えると言っていた。
グランシェールの貴族の間では、基本的に社交界デビューを終えてから正式に婚約となる。実際には12、3歳ごろまでに婚約者が決まる場合が多いのだが、それはあくまでも「婚約内定」という形になる。とはいえ、内定から正式な婚約まで至らないケースはほとんど無いらしい。
つまりルイーズが正式に婚約するまでにはまだあと7年はあるわけで、だからこそアランも「返事は今すぐでなくてもいい」と言っていたのだと思う。
ロッシュブール公爵家別邸を出て帰りの馬車の中でルイーズがいろいろ思い出して恥ずかしくなっていると、ジャックに「1人でニヤニヤして気持ち悪い」と言われた。失敬な。
ルイーズとアランが出かけている間に何をしていたのか訊いてみたところ、3人でボードゲームやカードゲームをやっていたのだそうだ。いつも公爵家の兄弟の間ではアランの一人勝ちらしいのだが、ジャックとは同じくらいのレベルだったようで、かなり白熱した勝負になったのだそう。
それから2日後のデュマ夫人のダンスレッスンでは、大きな収穫があった。なかなか合格がもらえずにいたワルツの練習曲第7番をジャックと踊ってみたのだが、どうやらジャックがリードすべきところでルイーズの足元を見ながら踊っているらしいことが分かったのだ。ルイーズもジャックの動きに合わせようとしていたために、ステップがズレてしまっていたのだ。
デュマ夫人から、足元を見ずに顔を上げるようにジャックが注意されていた理由が分かった。ステップが難しいからつい足元を見てしまうのだろうけど、どうしたら顔を上げたまま踊ってくれるだろう?
少し悩んでルイーズはあることを思いついた。ロッシュブール家の兄妹はいつも一緒にダンスレッスンを行なっていると聞いたので、ジャックにそのことを伝えてみた。アランのリードはとても踊りやすかったこと、そしてカミーユはそれに慣れているだろうということを。
一瞬悔しそうな顔をしたジャックを見て、しめた、と思った。すかさず、私をカミーユだと思って踊ってみて、とお願いした。好きな女の子を自分がリードすると考えたら、きっと顔を上げてくれるだろうと思ったから。
思った通りその一言でジャックは堂々たるダンスを見せてくれて、今まで必ず失敗していた箇所で蹟かずに踊れるようになったのだ。デュマ夫人からもお褒めの言葉をいただき、すっかりジャックはご満悦だった。
その後に復習としてスローフォックス・トロットの練習曲第3番を踊った。アランとのあれこれを思い出して挙動不審になってしまったルイーズをジャックは怪訝な顔で見ていたが、何やら察したらしいデュマ夫人に「あらあら、アランも隅に置けないわねぇ」と含み笑いされ穴があったら入りたくなってしまったのだった。
◇◇◇◇◇
夏も盛りの頃、ルイーズは8歳の誕生日を迎えた。当日はドランジュ伯爵家の伯母と従姉妹たちがお祝いに来てくれた。
3人が到着したあと皆で昼食を取ろうというタイミングで、ジョルジュがロッシュブール公爵家から届け物が来ているとダイニングルームに入ってきた。その腕に赤い薔薇の花束を抱えている。
「ロッシュブール公爵家アラン様からお嬢様へ、お誕生日のお祝いだそうです」
一拍おいてアマレットが「きゃあ〜!!」と悲鳴を上げた。母親のマリーと伯母のパオラも「あら!」とか「まぁ!」などと口々に言っている。驚いて口をあんぐり開けているルイーズを、ジャックとレイラが生暖かい目で見ていた。
「ちょっとルイーズ!どういうこと!?まさか赤い薔薇の花言葉を知らないなんて言わないわよね?」
「えぇっと……まぁ、うん。知ってるけど」
「知ってるけど、じゃないわよ!!いつの間にそういうことになってるわけ!?」
「そういうことって?」
「だから、いつの間にアラン様から愛の告白を受けるような仲に…んぐっ※◎×#&?*÷☆$!@…………ぷはっ!何するのよ、ルイーズ!!」
「ちょっと恥ずかしいからやめて、アマレット!」
暴走するアマレットの言葉を聞いていられなくて思わず彼女の口を手で塞ぐと、無理矢理ルイーズの手を剥がしたアマレットがジト目で睨んできた。そんな些か興奮気味の娘を呆れたように伯母が諌めた。
「落ち着きなさい、アマレット。貴女はお客様として呼ばれているのよ。……ルイーズ、とりあえず花束を受け取ったらどうかしら?」
「そ、そうですね!…ジョルジュ、ずっと持たせたままでごめんなさいね」
「いえ、お気になさらず。…良かったですね、お嬢様」
「ありがとう」
にっこり微笑むジョルジュから花束を受け取ると、薔薇からとても芳しい上品な香りがした。
「お礼状を書かなくてはね、ルイーズ」
「はい、そうします」
ルイーズが穏やかに微笑むマリーに頷くと、花束に添えられているカードが目に入った。薔薇の透し模様が入った薄い水色のカードには、すっかり見慣れた綺麗な文字が書かれている。
『お誕生日おめでとう。君にとって素晴らしい一年となることを、そして願わくばそれが僕の隣で叶えられることを祈って。A.D.L』
(……これはヤバイ……前世の私なら一瞬で撃ち抜かれてるわ……)
ここ数ヶ月でだいぶ耐性がついたからなのか、その場でへたり込まなかった自分を誉めてあげたい。あまりのイケメンすぎるセリフにしばらく動けなくなってしまったルイーズを見て、ジャックが「姉上、薔薇と同じくらい赤くなってるよ」と笑った。
午後からは、思った通りアマレットによる質問攻めタイムが続いた。ルイーズもさすがに今回は全部を細かく言いたくはなかったので、公爵家の別邸で一緒に散歩をしたこと、そこで婚約を申し込まれたことをかいつまんでざっくりと話した。
それでもアマレットの興奮ぶりは大変なもので、あまりに羨ましがるものだから、終いにはレイラに「お姉様ももう少しおしゃべりを控えれば誰かから告白してもらえるんじゃない?」と至極冷静な指摘を受け、「貴女のそういう所に腹が立つのよ!」といつもの姉妹バトルが勃発したのであった。
◇◇◇◇◇
その日の夜、夕食を終えてアンヌが湯浴みの準備を始めた頃、ルイーズの部屋をノックする音がした。アンヌがドアを開けると、そこにはジョルジュの姿があった。
「お嬢様、旦那様がお呼びでございます」
こんな時間にジョルジュが呼びに来ることは初めてなので、ルイーズはアンヌと顔を見合わせてしまった。困り顔でアンヌが尋ねた。
「今からですか?これからお嬢様は湯浴みをなさるところだったのですが…」
「申し訳ありませんが、大事なお話とのことでしたので…」
「……わかったわ。行ってくるわね、アンヌ」
「はい、行ってらっしゃいませ」
アンヌに見送られて部屋を出ると、ジョルジュは2階の廊下を進んで一番端の部屋の前で足を止めた。そこは、ジャックが生まれた翌年に亡くなった祖母が使っていた部屋だ。今は肖像画などが置いてあるだけで特に使われていないが、前にジャックとかくれんぼをしている時に入ったことがバレて大目玉をくらって以来、一度も足を踏み入れたことがなかった。
「旦那様、お嬢様をお連れしました」
「…入ってくれ」
ジョルジュに連れられて部屋に入ると、ピエールとマリーが待っていた。何やら只ならぬ様子の2人に、いやでも緊張してきてしまう。
「ありがとう。すまないが、少し外してくれないか?」
「かしこまりました。失礼いたします」
頭を下げて出て行くジョルジュを見ながら、人払いをしなければならない話とは何だろうと考える。しかもこの場にジャックはいない。……とすると、ルイーズ自身についての話なのだろうか。
「とりあえず座ろうか、ルイーズ」
「はい…」
さっきからマリーがこちらを見ようとしていないことに気づき、ますます違和感が強くなる。よほど不安そうな顔をしていたのか、ピエールが安心させるように優しく問いかけた。
「ルイーズ、この部屋にある肖像画の中で分かる人はいるかい?」
部屋を見回してみると、壁にかかった絵の中で家族を描いたものが目についた。黒い髪に水色の瞳の男性と栗色の髪と茶色の瞳の優しそうな女性、茶色の髪に水色の瞳の少年、栗色の髪に水色の瞳の少女が描かれている。
「……あの家族の絵の中の男の子は、お父様ですか?」
見たところ14,5歳ぐらいだろうか。どことなく今の父の面影があるように感じた。
「そうだよ。よく分かったね」
それでは、一緒にいる男性が祖父のルイ・ド・レーヌ伯爵ということだ。少し強面で厳つい印象の祖父は、目の色以外はあまり父と似ていない感じがした。
その肖像画を見て祖父以上に気になったのが、ピエールの隣に立っている少女だ。見たところピエールよりも年下に見えるけれど、父親に妹がいるなんて聞いたことがない。若くして亡くなってしまったのだろうか?
「お父様の隣の方はどなたですか?私に叔母様がいるとは聞いたことがないのですが…」
私の言葉を聞いたマリーが、突然「うっ…」と嗚咽を漏らし始めた。隣に座っているピエールも悲痛な表情をしている。
(……もしかして私、何かとんでもない地雷を踏んでしまった…?)
戸惑うルイーズに、ピエールが衝撃的な一言を告げた。
「……この女性は私の妹、ソフィー。8年前に亡くなった、お前の本当の母親だ」
「……っ、黙っていてごめんなさい、ルイーズ……」
泣きながら謝罪の言葉を口にするマリー。2人を呆然と見つめながら、ルイーズはもつれそうになる舌をなんとか動かした。声が震えているのが分かる。
「……この方が、本当のお母様……?……ということは、私の本当のお父様は───」
聞かなくても、答えはもう分かっている気がした。
グランシェール王家の直系にのみ現れる濃い青の瞳。
お茶会での王太子殿下からの優しげな眼差し。
魔石を使って封じなければならないほどの強い魔力。
前世の弟のゲームに出てきた"王女ルイーズ"。
「───お前の本当の父親は、アレクサンドル・ド・ラ・グランシェール……国王陛下だ」
ルイーズの中で、全てが一本の糸で繋がった瞬間だった。
ようやくここまで来ました。
次回は答え合わせの回。
お読みいただきどうもありがとうございました。




