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アラン様デート編その3。
すみません、長いです。
東屋に着くと、アデルがお茶の用意をしてくれた。レモンとフレッシュハーブが入ったアイスティーなんだけど、このお茶一体どこから出てきた?もしかしてド○○もんの4次元ポケット的な魔法だったり??
向かいに座るアランを見ると、何食わぬ顔で悠然とお茶を飲んでいる。多分これが公爵邸では標準仕様なんだろう。そう考えて、ルイーズもそれ以上は気にしないことにした。
レモンとミントが乾いた喉に心地よい。少しはしたないかもとは思いつつ、ゴクゴクと一気にお茶を飲み小さく息をついたルイーズを見て、アランが笑みを浮かべた。
「だいぶ歩いたから疲れたよね?帰りはローナに乗るつもりだから少しここで休んでいこう」
「はい、ありがとうございます」
思ったよりも疲れてはいないが、普段あまり外に出ることがないせいか、ずっと日光を浴びていたために軽く日射病のような症状が出ているようで、少しクラクラする。
思えば前世では、この年頃は夏には学校のプールに通って真っ黒になっていたな…。それと比べたら今の自分はまさに"深窓の令嬢"という感じ。運動といえばダンスぐらいだし。
「そういえば、新しい先生が来たと手紙に書いてあったよね」
「はい、デュマ夫人という方です」
アランはルイーズの答えを聞いて、何故かとても楽しそうな顔をした。
「授業はどう?お祖母様は厳しいでしょう?」
「………お祖母様?」
「うん。聞いてない?」
「はい…何も」
デュマ夫人からお孫さん達の話は聞いたことがある。ルイーズと同い年の令息と2つ年下の令嬢がいるとかで、一度連れてきたいとおっしゃっていたような。でもそれは、デュマ侯爵家のお孫さんの話だ。…ということは、つまり。
「……公爵夫人はデュマ家のご出身なのでしょうか?」
「当たり。その通りだよ」
ニッコリと頷いたアラン。確かに言われてみると、デュマ夫人とアランの髪の色はそっくりだ。
「ジェラールとヴィクトワールは僕達の従弟妹なんだ。2人に会ったことは?」
「いえ、ありません」
「そうか。……まぁジェラールと君は同級生だから、いずれ会うことになるとは思うけど」
「そうですね」
王立学園に通うことができるのは、基本的には貴族の子女と平民の中でも裕福な商人や役人などの子供に限られる。貴族と平民は別クラスになり、貴族クラスは学年で大体15〜20人くらい。伯爵以上の高位貴族の子女になると一学年で5〜6人程度になるから、3年間を共に過ごす同級生の面子はとても重要になってくる。
同学年の男子にはまだ会ったことがないけど、ジェラール君ってどんな子なんだろう?妹のヴィクトワールちゃん、可愛い子だといいなぁ。…あ、でも可愛い子だと、またジャックが好きになっちゃうかも。
アデルが入れてくれたハーブティのおかわりと一緒に添えられたクッキーをいただきつつ、ルイーズはそんなことを考えながら湖で羽を休めている水鳥たちを眺めていた。
そのルイーズをアランが複雑な表情で見ていたことになんて、もちろん気づくはずもなく。
木々が風に揺れる音と水鳥が時折飛沫を立てる音だけが聞こえる。東屋を抜ける心地よい風に少し眠気を感じてきた頃、しばらく一言も発しなかったアランが沈黙を破った。
「───ね、ルイーズ嬢。ダンスは好き?」
湖を見ながらぼんやりしていたルイーズは、急に現実に引き戻されて何度か瞬きをした。
「………あ、はい、好きです。あまり上手くはないですけれど…」
「うん、僕もダンスはあまり得意ではないなぁ。僕達もダンスは祖母からレッスンを受けているんだよ」
「そうだったんですね…」
ルイーズとジャックはこれまでずっとレーヌ伯爵家の執事であるジョルジュからダンスのレッスンを受けていたけれど、ルイーズのマナー担当がデュマ夫人になったタイミングで、ダンスの先生もデュマ夫人に替わった。
デュマ夫人はスパルタというわけではないのだけれど、とにかく子供相手でも手を抜くということはない。「はじめに変な癖をつけてしまうと後で直すのは何倍も大変だから」と言い、妥協のないレッスンをする。頭も体も柔らかいうちに、正しい動きを染み込ませようというわけだ。
幼いころに体に染み付いた動きというのは、体が覚えているものだ。そういう意味で私は夫人の考えには賛成だし、最終的にはマスターする1番の近道だと思う。でもやっぱり子供には少々厳しいようで、ジャックはデュマ夫人のダンスレッスンをかなり嫌がっている。
ダンスの日は朝からテンションだだ下がりのジャックを思い出してちょっと可笑しくなってしまったルイーズを見て、アランが笑みを浮かべた。
「すっかり顔色も良くなったみたいだね」
「はい、ありがとうございます」
「……次のお祖母様のレッスンはいつ?」
「えぇっと…あさってです」
「そう」
短く相槌を打ったアランが、テーブル越しにルイーズに手を差し出して、いきなりとんでもないことを言い出した。
「ね、ルイーズ嬢…ちょっと僕とダンスの練習をしない?」
「……え?」
(……今の話の流れで、どうしてそうなるの!?)
突然の提案に、どうしていいかわからず固まってしまう。とてもいい笑顔のアランと差し出された手を交互に見ること数秒間。相変わらず動けずにいるルイーズを見て、アランが小さく吹き出した。
「ぷっ…ふふっ…本当にルイーズ嬢は表情豊かで可愛いなぁ。そんなに悩むことないのに。お祖母様のレッスンまでの練習台だと思ってくれれば」
「え、いえ、あの……っ」
「ほら立って」
「でも、アラン様…」
サッと手を取られて、椅子から立ち上がるように促されあたふたしてしまう。何度もやられてさすがにもう分かってきたけど、こういうところ本当に強引なんだから…!!
結局何だかんだでアランのペースに乗せられてしまう。でも、それを嫌だとは思えない自分がいることも心のどこかでは感じていて。
「今どこをやってるの?」
「…ワルツの練習曲第7番です」
「あぁ…あれは途中で変則的な動きが入るから難しいんだよね」
「そうなんです。なかなかジャックとステップが合わなくて…」
「僕はあまりダンスは得意ではないけど、君よりは長くやっているからいい練習相手になると思うよ。…リズムはアデルに手を叩いてもらおうか」
「えっ…そんな!申し訳ないです」
「でも何もないとリズム取りにくいよ?」
「まぁ、それはそうですけれど…」
「…アデル、頼むよ」
「はい、かしこまりました」
いつのまにか近くまで来ていたアデルが、いつでも手を打てるようにスタンバイする。もう少し人数が増えても大丈夫なように、東屋の前には何脚か椅子が置けそうなスペースがある。その場所までルイーズをエスコートすると、アランは一度手を離して綺麗な紳士の礼を取った。
「ではお相手いただけますか、ルイーズ嬢?」
「……はい、よろしくお願いします」
こうなったら踊るしかない。腹を決めて、ルイーズも腰を下ろしてカーテシーを取った。
手を合わせて腰に手が回され、一気に距離が近くなる。普段一緒に練習しているジャックはほぼ同じくらいの身長だけど、アランはルイーズよりも頭半分くらい背が高くて、いつもとは違うんだということを嫌でも意識してしまう。
ルイーズの緊張を感じ取ったのか、耳元でアランが囁いた。
「アデル以外には誰も見ていないから大丈夫だよ。僕は乗馬用のブーツを履いているから踏んでも痛くないし、気にしないでいつものように踊ってみて」
「……はい」
「では、始めますね」
「あぁ、いいよ。始めて」
アデルが手を叩き始める。いつものデュマ夫人のレッスンのように、1,2,3、1,2,3と頭の中で拍子を取りながらルイーズはステップを踏むことに集中した。
ルイーズは前世でダンスをやったことがなかったけれど、ワルツはダンスの基本だった気がする。この世界でもクイックステップやタンゴなどいろんなリズムがあり、それぞれに基本のステップが学べるようにいくつか練習曲がある。
今ちょうど取り組んでいるワルツの練習曲第7番というのは、初級者向けの中でも難しいとされているものだそうで、例に漏れずルイーズとジャックもデュマ夫人になかなか合格がもらえず苦戦していた。
でも、今はとても同じ練習曲だとは思えないほどに踊りやすい。アランはリードすべきところはしっかりとリードし、ルイーズのステップがメインのところはさりげなく支えてくれている。パートナーが違うだけでこんなにも踊りやすいのかと、ルイーズは内心驚いていた。
それにしてもアランはダンスが得意ではないと言っていたけれど、それでいてこのクオリティ。……いや、この人の「得意でない」はきっと常人の普通レベルを超えているんだな。うん、間違いなくそうだ。
途中の変則ステップが入るところも難なく終わり、気づくとミスなく一曲が終わっていた。アデルが拍子を取るのをやめて普通に拍手している。
「お二人ともお見事です」
「ルイーズ嬢はダンスが上手だね。とても踊りやすかったよ」
「…いえ、アラン様こそすごくお上手で…。踊りやすくてびっくりしました」
少し息が上がって赤みがさした顔のアランは、ちょっと色っぽくてドキドキしてしまう。近い距離からグレーの瞳でじっと見下ろされて、一気に鼓動が早くなるのを感じた。
「……もう一曲だけいいかな?」
「え……あの……」
「スローフォックス・トロットはどこまでやった?」
「……3番まで、です」
「そう。…なら、それでいこう」
「え…っ……?」
「いくよ」
グッと腰を引き寄せられさらに距離が縮まる。スローフォックス・トロットは確かにゆったりとしたリズムだけれど、ジャックとの練習ではそれほどピッタリくっついて踊らない。なのに、なぜ今はこんなに密着しているの……!?
ルイーズのキャパを完全に超えた事態に頭がパンクしそうで、とにかく必死に体を動かすことに集中する。でもやっぱりアランとのダンスはとても踊りやすくて、思わずこれが舞踏会だったらどんなに素敵だろうなんて想像をしてしまった。
練習曲なのであっという間に終わってしまい、少し残念な気分になる。ダンスが終わっても腕を解かないアランに声をかけようか迷っていると、顔のすぐ横から声がした。
「……ルイーズ嬢。もし…もしも、なんだけれど…」
「…はい」
「……………」
「………アラン様?」
珍しく言いあぐねているようなアラン。抱きしめられているような体勢のため、どんな表情をしているのかはわからない。じっと次の言葉を待っていると、アラン様が少し体を離してルイーズの顔を覗き込んだ。いつも冷静な顔がほんのり赤く染まっているのを見て、ブワッと顔が熱くなるのを感じる。
(こ、この顔は反則すぎる……!!)
「……もしも君さえ嫌でなければ、僕にデビュタントのパートナーを務めさせて欲しいんだ」
「デビュタント……」
グランシェール王国では、男女ともに15歳を迎える年の新年舞踏会で社交界デビューする。女性の場合、その際のパートナーは基本的に身内が務めることになっている。ルイーズでいえば、ピエールかジャック、もしくは義理の伯父にあたるドランジュ伯爵だ。
例外的に身内以外の人物がパートナーを務める場合の条件。それは、相手が婚約者である場合。
───ということは。つまり、要するに。
「……って、えぇ!?む、無理です!婚約者なんて……!!」
「……僕のこと嫌いってこと?」
「いえ!違います!!そうじゃなくて…」
悲しそうな顔のアランに向かって、必死に首を振る。
「じゃあ、どうして?」
「だって…アラン様は公爵家の跡取りです。私は伯爵家の娘…アラン様とは釣り合いが取れません」
「なんだそんなことか」
「そんなことって!大事なことですよね?」
貴族の間では大事なことだと、公爵家の嫡男であれば誰よりも分かっているはずなのに。事もなげに吐き捨てたアランにルイーズは言い募った。そんなルイーズを見て、アランは綺麗な笑みを浮かべた。
「それを僕が考えなかったと思うかい?」
「え?」
「そんなことはとっくに考慮済みだよ。…よく考えてごらんよ、ルイーズ嬢。僕と釣り合う家柄というのは具体的には誰のことを指しているの?公爵家では年の近い子供はいないし、そもそも嫡男に限っては公爵家からの婚姻は認められていない。侯爵家でいうと僕と同い年にキャシュフォール家の令嬢が1人、1つ下にオルセー家の令嬢が1人。そのうちキャシュフォール侯爵家の令嬢は2つ上のガルニエ公爵家の次男と婚約が内定している。残るはオルセー侯爵家の令嬢だけど……僕はちょっと彼女は苦手でね。できれば遠慮したいと思ってる」
「………」
結構ハッキリ言うなぁ、アラン様。なんて思いながらも、続きに耳を傾ける。
「……そうなると、次は伯爵家だ。レーヌ家が代々王都で王城に仕えている宮廷伯にあたるというのは知ってる?」
「はい、聞いたことはありますが…」
「宮廷伯というのはね、伯爵家の中でも特に古い家柄で、地方領主から後に爵位を与えられることになった領地伯よりも位が高いんだよ」
「……そうなんですね。知りませんでした」
「だから、君が言うように"釣り合いが取れない"というのは間違ってる。むしろ家柄だけでいうと、かなり上位候補にくるはずなんだ」
「………」
ここまで説明されて、ようやくルイーズは納得した。確かに頭の回るアランが、家柄で文句を言われるような相手に軽々しく婚約話を持ちかけるとは思えない。
(……てことは、あとは私の気持ち次第ってこと?)
ルイーズの思考を読んだように、アランが口を開いた。
「だから言っただろう?君さえ嫌でなければ、と。……どうかな?今すぐじゃなくてもいいから、考えてみてもらえないだろうか?」
「………はい。少し考えさせてください」
「うん、ありがとう」
満面の笑みを浮かべたアランにギュッと抱きしめらて、また体温が上がってきてしまう。アランの肩越しに微笑んでいるアデルと目が合って、ルイーズはどうしようもなく恥ずかしくなってしまったのだった。
すっかり長くなってしまいましたが、書きたいところまで書けて満足です!
私は社交ダンスの経験がないので、憶測で書いている部分がほとんどです。もし間違っているところがありましたらご指摘下さい!!
フラグだけが乱立しておりますが、次回から少しずつ回収していく予定。
ここまでお読み下さりありがとうございました。




