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アラン様デート編、その2。
満開の紫の花が風にそよぐ度に、さわさわと葉が擦れる音がする。辺り一面から漂うのは、少し青臭いラベンダーの香り。
開花しているラベンダーも、精油やポプリほどではないにしろもちろん香りはある。ただしそれは顔を近づけて直接花の匂いを嗅いだ場合のことで、空気中に漂う香りを感じることができるなんて普通にはあり得ないことだ。……そう、ルイーズが前世に住んでいた世界では。
王都の外れにあるロッシュブール公爵家別邸の敷地内。丘を埋めつくすラベンダー畑の間の散歩道を歩きながら、ルイーズは胸いっぱいにその芳香を吸い込み大きく息をついた。
(────良い、香り……)
前にアランから聞いたこの国の人々が嗅覚に優れているという話をどこか他人事のように感じていたけれど、どうやら本当のことらしい。
馬を降りてから歩くこと約10分、ルイーズ達は丘の一番高い場所に辿り着いた。言うまでもなく手はしっかり繋がれたまま。もはや突っ込む気にさえならないルイーズの眼下に、森に囲まれた大きな湖が現れた。
「すごい……!」
ここまでの道中で、この湖は水不足の際に利用するために造られた人工湖なのだと教えてもらった。王都だけでなく、国中のあちこちにこうした貯水湖があるのだそうだ。グランシェールで水道設備が発達している理由の一つでもあるらしい。
静かに水を湛える湖には、所々に羽を休める水鳥たちの姿が見える。思わず足を止めたルイーズは、初夏の陽射しが反射してキラキラと光る湖面が織りなす景色にすっかり目を奪われていた。
「……やっぱり連れてきて良かった」
ポツリと呟かれた言葉に隣を見ると、安心したように微笑むアランと目が合った。
そのとたん、トクンと小さく鼓動が跳ねる。
「………っ」
完璧な貴公子然とした笑顔ばかりを見ているせいだろうか、なんの衒いもない年相応の表情にキュッと胸が掴まれるような感覚がした。
「ここはこの季節が一番綺麗なんだ。この前王城の薔薇園で目を輝かせていたから、きっと君が喜んでくれるんじゃないかと思って。こんな嬉しそうな顔が見られるのなら、無理を言って来たかいがあったよ」
「アラン様……」
わざわざ本邸ではなく別邸に招いてくれたのは、自分にこの景色を見せたいためだったのだと分かり、胸がじんわりと温かくなるのを感じる。
「…とても素敵なところに連れてきていただいて嬉しいです。ありがとうございます」
「どういたしまして。…僕の方こそ一緒に見られて嬉しいよ。ありがとう」
そう言ってアランが本当に嬉しそうに笑うものだから、だんだん胸のドキドキが止まらなくなってくる。
(………あれ?どうした私??)
その時何かに気づいたように小さく目を見張ったアランが、おもむろに繋いでいない方の手をこちらに向かって伸ばしてきた。いきなりのことに避ける間もなく、スッと指で髪を耳にかけられる。
「…あ、あの……っ」
「……ルイーズ嬢、前に会った時もこのピアスしてた?」
「え…?」
そっと触れられた耳たぶがくすぐったくて少し身を捩ったルイーズは、真剣な眼差しを向けられて目を瞬いた。
アランが触れているのは、直径3ミリほどのラピスラズリのピアス。魔力を抑えるためにピエールが知り合いの魔導士に作ってもらったものだ。
細かいところまでよく見てるなぁと感心しつつ、「これは──」と言いながらまだ耳にある手にチラリと視線をやると、女の子の耳を触りっぱなしなのもまずいと思ったのかアランがピアスから手を離した。
この前のこと全てを言うわけにはいかないけれど、嘘をつくのも気が咎める。こうして誰かに訊かれた時のための答えも、用意周到なレーヌ伯爵は考えてくれていた。
「──これは、魔力を安定させるための魔石です。どうやら私は魔力が多いらしくて…無意識のうちに魔法を使ってしまうことを防ぐために、魔力が安定するまではこれを付けるように、と父が」
「そう…魔力が、ね」
「はい……」
ルイーズの答えに一応頷いてみせたものの、アランはどう考えても納得しているようには見えない。数拍考えたのち、案の定アランは再び質問を口にした。
「……ルイーズ嬢はどうやって魔力が多いことが分かったの?普通は12歳ごろまで魔力の測定はしないと思うんだけど」
「はい、実は……ジャックとパレで遊んでいた時に、とっさに魔法で遠くまで飛ばしてしまったのです」
これもピエールとの間で決められた答え。瞬間移動ではなくただ物の飛ぶ速度や方向を変えるだけなら、風を起こす魔法で出来るから。
今度は少し納得したらしく、アランは「なるほどね」と小さく呟いた。
「ルイーズ嬢の祖父上は高名な魔導士だったと聞いたから、君にもその素養があるのかもしれないね」
「……祖父は、そんなに有名なのですか?」
ピエールから少し聞いていたけれど、まさかアランの口からお祖父様の話が出てくるとは思わなかった。驚きつつ尋ねたルイーズにアランは頷いた。
「僕が生まれる前年に起こった海賊との戦いは、近年における我が国の戦いの歴史の中でも一、二を争う規模のものだったらしいよ。激戦の末に敵の手に落ちそうになった若い魔導士を救いに行って惜しくも命を落としてしまった歴戦の魔導士……それが君の祖父上であるルイ・ド・レーヌ伯爵だ」
「………そう、だったんですね…」
そういえばルイーズの名前は祖父にちなんで付けられたと聞いたことがある。そう考えると、自分が魔力が多いことも何だか必然のような気がしてくる。
顔を見たこともない祖父が自分と見えない糸で繋がっているような、不思議な感覚に陥る。黙り込んでしまったルイーズの手を握るアランの手に、ギュッと力が込められた。
「……すまない、変な話をしてしまって。君にそんな顔をさせたかったわけじゃないんだ」
整った眉を下げて、少し情けないような表情のアラン。きっと自分も似たような顔をしているんだろう。
(それでもイケメンだなんて、本当にずるい……)
また早くなってきた鼓動をごまかすように、ルイーズはアランに笑いかけた。
「…いえ、大丈夫です。ここを下りれば湖ですよね?」
「うん、湖のほとりの東屋まであと少しだ。…行こうか」
「はい」
繋いだ手を少しだけ強めに握り返すと、アランが綺麗な笑みを返してくれた。それからルイーズ達は再び湖に向かって歩き出した。
もう1話デート続きます。
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