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「ルイーズ嬢、準備はいい?ローナはあまり気性の荒い馬ではないけれど、万が一のこともあるからしっかりつかまってて」
「は、はい…よろしくお願いします…」
アランが腹を蹴ると、栗毛色の牝馬ローナが嗎をあげた。と同時に、手綱を握るアランの両腕にグッと力が入るのを感じる。2人用の鞍の前方に横向きに座るルイーズは、ちょうどアランの腕にお腹と背中を囲まれたような形になっている。鞍に付けられた把っ手とアランの腕を掴む両手を離さないようにしっかり握り直すと、後ろから気遣わしげな声がした。
「馬は初めてだったよね?」
「はい」
「大丈夫、僕がちゃんと支えるよ。緊張が馬にも伝わってしまうから、もう少し力を抜いて」
優しくそう言うと、アランは左腕をルイーズのお腹にしっかりと巻きつけた。
「ア、アラン様……!!」
「うん?苦しい?」
「いえ…そういうわけでは……」
まだ子供とはいえ、同年代の男の子にお腹を抱えられたまま馬に乗るなんて、どんな羞恥プレイなんだ……!!
恥ずかしさで顔も上げられないルイーズの耳元で、アランが小さく笑う気配がした。
「ふふっ、可愛いな…真っ赤になっちゃって。そういう顔を見られるのも嬉しいけど、せっかくだから顔を上げて?この先にある丘は今の季節とても綺麗なんだ。……ほら、ルイーズ嬢?」
「…は、い……」
恥ずかしさを押し殺し、恐る恐る顔を上げてみる。思ったよりも高い目線に驚いたルイーズの目の前には、新緑の白樺の並木道が続いていた。
パカ、パカ、パカと規則正しく響く蹄の音。馬に慣れていないルイーズに合わせてゆっくりと走らせてくれているせいか、想像していたほどの振動は来ない。それでも体が上下する度に、後ろのアランと体が触れ合うのを嫌でも感じてしまう。
(……アラン様は、よくこうしてカミーユ様を乗せたりしているのかしら……)
何だか自分ばかりがドギマギしている気がする。ルイーズを前に乗せていても全く動揺することもなく、手慣れた様子のアランが少し憎らしい。
しばらくそうして並木道を進んでいると、視線の先に並木が途切れ大きく開けた場所が見えてきた。遠くを見ようと首を伸ばしたルイーズの視界に映ったのは。
「─────っ!?」
幾重にも連なる小高い丘を埋め尽くす、一面の紫。
(私は、これと似た景色を見たことがある。………でも、一体どこで?)
「見事だろう?ラベンダーという花らしいよ」
息を飲んだルイーズを見て景色の美しさに驚いたと思ったのか、アランの口調はどことなく嬉しそうだ。
この世界に生まれてから8年足らず。ほとんどまともに遠出などしたことがない今生の自分が、こんな景色を見られるはずがない。ならば、これは前世で……?
記憶の糸を懸命に手繰り寄せようとするけれど、何故かその部分は靄がかかったように何も思い出せない。
……そういえば、ルイーズが前世の記憶を思い出したきっかけはラベンダーの香りだった。前の自分の名前や死んだ時の状況が思い出せないことと、このラベンダー畑の既視感とは、何か関係があるような気がする。
「───ルイーズ嬢、このへんで降りようか」
「………え?」
すっかり思考の海に沈んでしまっていたルイーズは、耳元で囁くアランの声で我に返った。気づくとローナは大人しく止まっており、腰に回されていた手でルイーズの左手はしっかりと握られている。
(……ち、近すぎですアラン様……!!)
右耳にアランの髪の毛が当たってくすぐったいし、いくら子供同士とはいえこの距離ちょっとおかしくない…!?
近過ぎる距離に驚いて体をずらそうとするけれど、両腕でガッチリ固定されているし、何より馬上なのでほとんど動く場所もない。まごまごしているうちに、後ろに付いて来ていたアランの従者が近づいてきて、ヒョイとルイーズを抱えてローナから下ろした。
「失礼します」
「あ、ありがとうございます」
「いえ」
一歩引いて礼を取り頭を上げた従者とバチリと目が合い、ニッコリ微笑まれた。短く刈り込んだ暗褐色の髪、黙っていると少しキツイ印象を与えるつり目ぎみの琥珀色の瞳。さっき公爵家別邸の厩でローナに乗せてもらった時は緊張してよく見ていなかったけれど、この人すごくカッコいい…!!
うっとり見惚れていると、後ろで軽やかに馬から降りるアランの気配がしたと思ったらすぐに右手を絡め取られた。いわゆる恋人つなぎ、というやつだ。
「アデルはいい男だよね。……でも、せっかくの僕とのデートの最中に他の男に見惚れるなんて、あんまりなんじゃない?」
グイッと引き寄せられ頭のすぐ上で響く声に、完全フリーズ状態のルイーズ。
「ア、ラン…さま……」
「…それとも、やっぱりイヤだった?」
ギギギ、と音がしそうなほど不自然に隣を見上げたルイーズの目に入ったのは、びっくりするくらいに色気満載の愁いを帯びたアランの顔。……いやいや、10歳でその顔は反則ですよ!!
ブンブンと千切れそうなほど首を横に振って「いえ、イヤだなんて全然!」と必死に否定すれば、パチパチと何度か瞬きをしたアランの形のいい口元がゆっくりと弧を描き、満足そうにグレーの瞳が細められた。
いや、そもそも私たちまだ会って2回目ですよね!とか。
2人ともまだ子供なんだし!とか。
そんな言葉は全部、口から出てくることなく飲み込まれてしまった。
ルイーズがアランを嫌がるはずがない。なにせ前世での理想は「爽やか系腹黒」。アランはドンピシャなのだ。唯一引っかかる点があるとすれば、ルイーズは決してショタ好きというわけではないということ。
今のルイーズは、どこかの小学生探偵のように「見た目は子供、頭脳は大人」とまではいかないにしろ、ある程度大人の感覚も持ち合わせているという状態。だから、今は同年代の男の子を純粋に恋愛対象として見ることはできない。
でもこの体での生活が長くなってきて、精神的にもだいぶ器の方に寄ってきているな、と感じる。それにアランの方が年上だから、あと5年くらい経てばそういう対象として見ることができるかもしれない。
(…まぁ、それ以前に私とアラン様とでは身分差がね…。アラン様は私のことを随分気に入ってくれているようだけど、それはどうするつもりなんだろう?)
そんなことをつらつらと考えているうちに、イケメン従者ことアデルにローナの手綱を任せたアランに手を引かれた。
「ここから湖まで少し歩くけど、大丈夫かな?」
「はい」
「疲れたら言ってね」
「はい、ありがとうございます」
甘やかな笑顔を向けるアランに少しドキドキしながら、ルイーズはラベンダー畑の方へと歩き出した。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
長くなりそうだったので、いったん切ります。
次回もアラン様のターン。




