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ロッシュブール公爵領は、グランシェール王国の北西部に位置する広大な土地である。北にはルーデック公国、西にはライン=アイグナー連合王国との海峡を臨む防衛上の要所でもある。

ちなみに、グランシェール王国の東側はファールシュタッド皇国だが、ロッシュブール公爵領は皇国とは接していない。公爵領と皇国の間には、王国でも有数の軍事力を誇るギャレット辺境伯領がある。


ルイーズ達の到着に合わせて、ある人物が領都サン=セクーレへとやって来た。ギャレット辺境伯家当主の実弟、ヴァンサン・ド・ギャレットである。その隣には、彼とよく似た少年──甥にあたるトマを連れている。


ルイーズ王女のファンを公言しているトマは、叔父の護衛任務に同行したいと父親に熱烈にアピールし続けた。その結果、根負けした父親に、何か一つでも粗相をしたら即帰宅という条件付きで同行を許されたのである。同じく同行を希望したが却下されたリュックとの大きな違いは、トマがアランと友人である点だった。


「王女殿下と話すのは初めてだろう、トマ?」

「はい。ご挨拶差し上げたことはありますが、いつもアランのガードが固すぎてそれ以上は近づけないんです」

「ははっ! ロッシュブール公子をそこまで夢中にさせるとは、さすが王女殿下だね」

「ええ、あのアランが王女殿下にだけは笑顔を見せるんですよ。まぁ、殿下は控えめに言って女神様ですからね」


ルイーズのファンを公言しているだけあって、彼女を崇拝する姿勢にブレはない。目を輝かせていたトマだったが、別件を思い出し不満げに眉を寄せて口を尖らせた。


「……それにしても、アランの奴……途中でディエルネに寄ってチーズケーキを買って氷魔法で保存したまま持って来いなんて……。しかも、それを伝えてきたのが一昨日! いくらなんでも人使いが荒すぎやしませんか!?」

「ファーブル子爵からの伝言によると、どうやら不測の事態が起きたらしい。詳しいことは着いてから聞くが、チーズケーキの件もそれが原因なんじゃないかな?」

「だとしても、です! 大体あいつは普段からそういうところがあるんですよ。涼しい顔して人の弱みにつけ込んで……」

「いいじゃないか、未来の宰相としての素質十分だ。行く末が楽しみだ」

「えぇ? 俺にはアランにこき使われる未来しか見えませんよ」

「ははは、大いに結構! 無能ならいざ知らず、有能な上司ならちゃんとそれで国が回る」

「魔導士団のトップは国王陛下ですよね? 内務省とは対等な立場のはずです」

「まあ一応ね、組織としてはそうなっている。フィリップ殿下とアルベール殿のどちらが次の筆頭魔導士になるか分からないが、恐らくお前の上司はその二人のどちらかだ。お前の場合、個人的にアラン殿に使われそうではあるけどね」

「そういうことですよね……」


どんよりとした雰囲気を纏い始めた甥っ子を横目に見やり、ヴァンサンは苦笑を漏らした。お人好しでお調子者のきらいがあるものの、ヴァンサンから見てもトマには魔導士としての素養が十分ある。親としては王立学園入学までの二年間に更なる成長を期待したいところだろう。


(まあ、この歳になってまだ独り身の俺に言えた義理ではないけど)


王立学園を卒業したらすぐに結婚する者が多い中、跡取り息子でない気楽さもあり、20歳を過ぎた今もヴァンサンは未だ独身である。ワイルドな風貌と魔導士としての実力を兼ね備えているだけに、城仕えのメイド達にはそこそこ人気があると自負している。

現在ギャレット辺境伯家が他に持っている爵位は、ヴァンサンの従兄が継いでいる。その子供達はギャレット家の特殊能力《怪力》を引き継がないので、従兄の死後に空きができた爵位はヴァンサンへと回ってくる。つまり、ヴァンサンが独立して家を持つことができるのは、従兄の死後ということになる。


いつ空くか分からない爵位をあてにしても仕方ないし、自分が爵位を継いでしまうと今度は兄の次男であるトマが同じ目に遭うことが分かっている。


(……あーあ、何処かに婿養子に入れる家でも転がってないかなぁ)


他力本願な思考に傾き始めたヴァンサンの視界に、高く伸びる幾つもの白い尖塔が現れた。噂に聞いたとおり、これは相当な大きさだ。


「ほら、あそこに見えるのがロッシュブール公爵領の領主館だ。別名『白亜の城(シャトー・ブラン)』とも呼ばれている」

「ほえぇ……」


叔父の指さす方角に顔を向けたトマが、口をポカーンと開けて立ち尽くしている。見上げた先には、小高い丘の上に聳え立つ真っ白な城が、サン=セクーレの街全体を見下ろしていた。



◇◇◇◇◇



「ようこそおいでくださいました、ルイーズ王女殿下。伯爵位をいただいております、マルタン・ド・パルティエでございます。こちらは妻のアニエスです」

「王女殿下、お初にお目にかかります」

「パルティエ伯爵、ご夫人、お目にかかれて嬉しく思います。いろいろと世話をかけますが、どうぞよろしくお願いしますね。未来の親族として仲良くしていただけたら嬉しいです」

「身に余るお言葉、この上なき僥倖にございます。殿下への歓迎の意を表して、ささやかな晩餐の準備が整っております。長旅でお疲れのことと存じますが、ご足労願えますでしょうか?」

「はい、もちろんです」


白髪混じりの黒髪とグレーの瞳のパルティエ伯爵マルタンは、アランの言うとおりロッシュブール公爵が全体的にソフトになって20歳くらい年取った印象の人物だ。ルーデック公国出身のアニエス夫人は、蜂蜜色の髪と瞳を持つ優しそうな女性だ。


ニコニコと孫を見るような視線を向けてくる伯爵夫妻にルイーズも笑顔を返していると、隣のアランがルイーズの手を取って甘い笑みを浮かべた。


「では、ルイーズ。君が滞在する部屋に案内するよ」

「え、アラン様が?」

「僕は今回君を歓待するホスト側だからね」

「う、うん……じゃあ、よろしくお願いします」

「かしこまりました、姫君」


手を胸に当てて執事のようなポーズをするアラン。こんな些細な所作でさえいちいち様になっていて、ドキドキしてしまう。


仲睦まじく歩いて行く婚約者達の様子を周りの大人達が微笑ましく見送る中、柱の影から嫉妬と羨望の入り混じった視線を向ける者が約一名。


「覗き見なんて行儀が悪いぞ」

「…………」

「……トマ?」

「アランのやつ……絶対俺が見てるって分かってやってたよな……くそっ、俺に婚約者がいないと知ってて……」

「……ほら行くぞ。王女殿下より後に着席するわけにはいかないだろう?」


恨みがましくブツブツ呟く甥っ子を引っ張りながら、ヴァンサンは到着早々兄のところに送り返す羽目にならないことを密かに祈った。


それから半アルス(30分)ほど経った頃、アランにエスコートされてルイーズが晩餐会の会場に姿を現した。ホストであるパルティエ伯爵夫妻の他に、ギャレット辺境伯の弟ヴァンサン、辺境伯次男トマ、ファーブル子爵が既に席に着いている。ルイーズの侍女であるマルセラとイレーヌも、今回は貴族令嬢として晩餐会に参加することになった。


この旅が始まってから様子がおかしかったマルセラだが、ヴァンドール侯爵領を出てからは、いつもの調子を取り戻したように見える。ルイーズとイレーヌとでいろいろ推測してみたものの、結局理由は分からずじまいだった。


「ヴァンサン様、わざわざ来ていただき感謝します」

「とんでもございません。殿下の御身をお守りするのが我々の仕事ですので、力の限りを尽くしたいと存じます」

「ありがとうございます。……トマ様も、ここまでご足労をおかけしましたね」

「いいえ! 殿下の御為なら、たとえ『魔の森』だろうと越えてみせます!!」


『魔の森』というのは隣国ファールシュタッド皇国の東に広がる広大な森の名称で、魔物が多く生息すると言われている。魔物には魔術や属性魔法による攻撃が有効とされるため、魔力の少ない者にとっては、足を踏み入れること自体が命取りと考えられている。

魔力を持つ者でさえ無傷では済まないと言われる場所を引き合いに出したトマのお調子者発言に、すかさずアランからの突っ込みが入る。


「お前はまたそういう出来もしないことを……」

「本当にそう思ってるんだからいいだろ!」

「ふふ、頼もしいですわ」


気安い二人のやり取りがおかしくて、つい笑いが漏れてしまう。楽しそうに笑うルイーズの笑顔に見惚れて口が半開きになっているトマの腕を、隣のヴァンサンが突いた。


「例のアレ、出した方がいいんじゃないか?」

「あ、そうですね」


近くに控えている従者から受け取った箱を、トマがテーブルの上に置いた。


力関係 アラン>ローラン≒トマ


ここまでお読みくださいまして、どうもありがとうございました。

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