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新たな旅路の祝福を  作者: 稀一
一章
42/54

09

「いらっしゃいませ」

「あー、バンズ二つ」

「何かおつけします?」

「いえ。そこで食べるのでトレイに乗せてもらっていいですか」


 お嬢様の座る席を指さし言えば、「はいはいちょっと待ってくださいね」と朗らかに笑い店の女性はカウンターから離れ厨房の男性に声をかける。会計を済ませ少し待つとすぐに出てきた。


「ごゆっくりどうぞ」


 バンズの乗った二つのトレイを受け取り振り向けば、お嬢様はなぜか後ろのテーブルの女性と手を振り合っていた。その状況に首を傾げつつ近づけば、その女性がこちらを一瞥し、笑顔で連れだろう男性とはなしている。

 一体なんだろうかと思いつつお嬢様に声をかければ、お嬢様も分かっていなかったのか困惑した様子のままこちらを向いた。とりあえず座り、片方のトレイはお嬢様の前に置く。


「まずは食べてしまいましょう」


 とりあえず見本となるよう包みを剥き齧りつく。こちらに来たばかりの時に食べたものとそう味は変わらない。特筆することもない、シンプルなバンズだ。これがお嬢様のお気に召すかどうかは少し不安もあるが。

 ちらりとお嬢様を伺えば、おずおずと私の手元を見ながらおっかなびっくりといった様子で両手でバンズを持ち、まじまじと見つめていた。と思いきや、とくにためらいもなく大きな口を開けた様子に驚いていると、齧りついたまま動かなくなる。もしやおいしくなかったのだろうかと様子を窺うが、もごもごと顎が動いており、合点がいった。


 ふん、噛みちぎれないのか。確かにこのバンズの皮は硬めだし、邸ではあまり硬いものが出された覚えもない。もしあってもナイフとフォークがあった。慣れていないのだろう。

 とりあえず剥いてしまった分を食べ、店に向かった。


「すみません、ナイフとフォークはありますか?」

「えっ?……あら、ええ、ありますよ」


 目を丸くした女性は背後の、恐らくはお嬢様の状態を見て思わずといった風に笑うと奥に一度引っ込む。すぐに持ってきてくれた二つを受けとり礼を言い、お嬢様のほうを向けばやっと噛み千切れたようで、どこか誇らしげな顔だ。笑いそうになる。


「気付かずにすみません、食べづらかったでしょう。今切ってしまいますので」


 言いながら咀嚼するお嬢様の手からバンズを取り、トレイを引きよせその上に、噛みちぎるために力を込めたのかしわしわになっている包みを広げる。


「あの、私のほうこそごめんなさい……ありがとうございます」


 うろたえつつそういうお嬢様に笑いかけ、包みの上でバンズの表面に縦と横に細かく切れ目を入れれば、お嬢様は熱心にそれを見つめていた。一々面白い。

 お嬢様の手に合わせたサイズに三角に切り、トレイを前に戻す。


「これでどうでしょう。フォークは要りますか?」


 お嬢様はバンズと俺の手の中のフォークを交互に見、首を横に振った。それに瞬きをすれば、今度は一切の躊躇いもなく小さくなったバンズを掴み、齧りつく。包みもないのに素手で、フォークは要らないのか、と驚いていればすんなりと噛み千切り咀嚼しだし、それに息を吐いた。


「食べられます! 先生ありがとうございます」


 嬉しそうに頬を僅かに紅潮させ、ゆっくり食べていく様に安心して早々に自分の分を食べ切ってそんなお嬢様を見る。

 食べながら教えるとはいったものの、この様子だとその余裕はなさそうだ。食べるのに夢中になっている。口いっぱいに頬張り、頬をぱんぱんに膨らませて咀嚼する様がかわいらしくて思わず笑えば、お嬢様は小さく首をかしげた。


 ふん。雨のこともそうだが、お嬢様のわかることとわからないことがこちらにはわからない。わかるものとわからないものの差が。基準が見つからないし、一般常識も備えているかと思えば知らないこともある。生活面のことも然り。雨ともなれば、見たことも聞いたこともないはずだろうものを知っていたということになる。いや今までもそういうものはあったが、やはりどう考えてもそのわかることに共通点がなければ、わからないことにも共通点はない。


 ぐるり、と思考が一周どころか二周ほどしたところでお嬢様がちらちらとこちらを気にしているのに気付いた。食べる速度を上げているようだが、喉に詰まらせないか不安になる。それともう三つ目の欠片だ。いつも邸で食べている様子を見るに、そろそろ限界だろう。んぐ、んぐ、と詰め込むように食べるお嬢様を見てまさか全部食べる気でいるのだろうかと慌ててしまう。


「ああ、無理して食べなくとも大丈夫ですよ。余ったら私がいただきます」


 なぜか急いで食べるお嬢様をいさめるつもりで声をかければ、ふと肩の力を抜きまたゆっくりと食べだした。膨らむ頬を突いてみたいと悪戯心のようなものが浮かぶ自分に呆れてしまう。

 四つ目を食べ終えると、じっと残りのバンズを見つめ、気のせいだろうか、肩を落としてしゅんとした様子でこちらに差し出した。その様子に全部食べたかったのだと悟りにやけてしまう口元を隠す。漏れる笑いは仕方がない。


(どうしてこんなにも、……――いや)


 ふと湧き上がる感情を押し殺し、何も気づかないふりをして食べやすくなっているバンズを食べきる。なぜか食べている様子をお嬢様にまじまじと見られていたが。そんな些細なことにもふつりとわきそうになる感情に蓋をし、今日は少し調子に乗り過ぎているなと己を諌める。これではいけない。


「先生は食べるのが早いですね」


 すごいものを見た、と感心するように瞬きをしながら言われ、思わず目を丸くする。そう特別早いということもない気もするがと思いつつ首を傾げた。


「そう、でしょうか。そうですね。学園を出てからは旅をしていましたし、早く食べるクセでもついてしまっているんでしょう。直さないといけませんね」


 思わず苦笑していえば、お嬢様は「早食いは体に悪いですからね」と当然のことのように笑う。その言葉はいったいどこから出てきたんだ、と驚いてしまった。

 ふと何かを考えるように視線を僅かにずらしたお嬢様は、目を合わせて小さく首を傾げた。


「先生、学園ってどんなところなんですか?」


 唐突、というわけでもないか。今しがた自分で言った単語だ。そういえば今までにも会話に出したことがあったような気もする。


「学園は、そうですね、簡単に言えば、あらゆる国の人間が通うことのできる学び場です。人種も、身分も問わず通えるんですよ」


 だからこそ、俺のような平民も通えた。

 先ほどリーレンと話したばかりだからだろうか。随分と鮮明にあの頃が思い出せた。堅牢な塀に囲まれた、この街よりも大きな一つの国のような場所。それこそ王都にも勝るとも劣らない大きさ。学生が学問に励むためだけの街。中央の学園と、その周囲の寮や店。制服姿の学生たちだけでなくその店の経営者ももちろんいたが、まさに、学生のためだけの場所だった。


 あそこにいる間は、あんなものでも守られていたのだ。


「詳しい話は邸に帰ってからにしましょうか。少し長くなると思いますので」


 一瞬、深く落ちそうになる思考を止め、トレイを片付ける。ナイフとフォークも乗せ、今から質問タイムかな、と息を吐き同じ店でコーヒーを注文した。お嬢様は飲んだことがあるかもわからないので、ミルクと蜜をつけてもらう。今度はトレイを断りカップだけ持っていけば、お嬢様は手持無沙汰に足を揺らしていた。そういえば、こんなに簡単に離れてしまっているが彼女は貴族の令嬢だ。気を緩めていいものではない。どうしてこうすぐに大事なことが抜けるのか。

 吐きそうになった溜息をこらえカップを置き、テーブルの上の重しを乗せられたチラシを取る。それをお嬢様の前に敷き、不思議そうにこちらを見る目を見た。


「お金の種類を勉強しましょう。この上に、今持っているお金の形や色、大きさが違うものを一枚ずつ出してください」


 お嬢様が素直に鞄を開けるのを見ながら憂鬱な気分になる。正直、学園のことは話していて楽しいものではない。だがお嬢様はあと二年もしないうちに学園に入る身だ。知っておくべきだろう。エーデリア様たちはまだ話していないようだし、恐らく俺の役目なのだろうから。


「多分これで全部です」


 言いながらどうぞ、と確認してくれとばかりに鞄を広げるお嬢様にも、紙の上に並べられた金額にもめまいがしそうだった。すぐに鞄を閉じさせ、お腹に抱えたのを見て息を吐く。エーデリア様は何を考えているんだ。まさかこんな金額を持ち歩かせているとは。あまりのことに思わずぼやいてしまう。

 短く息を吐いて気を取り直し、紙の上のコインを並べ替え一番端に置いたものを指さした。


「いいですか? まず、この銅貨、茶色のコインですね。この一番小さいものが一ミリーです」

「一ミリー」


 一拍置いて復唱するお嬢様に頷き、次を。


「こちらの一回り大きく、プリエの紋章が描かれているものが五ミリーです」


 一々復唱するお嬢様に苦笑しつつ、その隣、さらに隣と指さしていく。


「この一番大きな茶色のコインが十ミリーです。銀貨の小が五十、中が百、大きいのが五百。金貨の小が千、中が五千、大が一万です。この上にはさらに紅貨というものがありまして、赤いコインになるんですがそれは百万ミリーになります」


 一気に言って覚えられるだろうかと思ったが、一先ず全部教えてしまおう。わからなくなったら復習すればいい。

 コインをじっと見つめながら頷いて聞いていたお嬢様に「わかりましたか?」と聞けば、戸惑いつつ頷かれた。……いや、さすがに一気に言い過ぎたか。


「あ、でも先生、こんなシンプルな作りでは、偽物を作ることも簡単なんじゃ?」


 突然の言葉にぎょっとした。なんてことを言うのだ、と思わず周囲を見回しそうになり、こらえる。子供のいうことだ、そうおかしなものととらえられることもない、だろう、と思いたい。それにしても、本当に、その発想はどこから出てくるんだ。


「それは大丈夫です。これは複製することもできませんし、コインはそれぞれ魔道具のように魔術効果がかけられているため偽物とは区別がつきます。傷も付きませんし」


 五十ミリーを手にとり目の前で曲げようとしてみるが、びくともしない。試してみるか、とお嬢様に手渡す。

 これも通貨を作っているところのみの門外不出の魔術と聞いたが、やはりこうやって見ると覚えたいものだ。たとえばそう、一見ただのもろいゴミとか、自分にとっては大切なものに、いや、まて、今何を考えたのだろうか。あんなお菓子のゴミにそんな魔術を使うことなど、だが、いや、しかし。

 動揺する己を隠すようにカップを手に取る。手が震えているがこれはどうしたものか。


 ついじっと水面を見つめていれば、お嬢様が見つめていたコインを鞄に戻した。紙の上に広げていたものもすべて戻したのを見て、お金を抜き身でこんなところに広げているのが危ないと理解しているのだろうか、と思わず頭を撫でる。あ、震え……は止まっている。

 己の手を一瞥し、カップを置いた。


「さて、雨でしたか。雨はこの地域でも降りますよ。雨が降らないのは……この国だとそうですね、隣国との境、南のほうでしょうか。あそこは確か雨が降らなかったかと。こちらのほうだと今は雨期が過ぎましたから、少なくなりましたね。今は温かい時期ですが。あと少ししたら暑くなりますよ」


 少なくなったと言っても、降らないわけではないはずだがそういえば見ない。まあ特別気になるようなことでもない。雨期が過ぎればこんなものだ。


「えーと、あとは、カンデラの森と、キシオンがわかりません」


 そういうとカップを傾けるお嬢様に、なんと答えたものかと首を捻る。


「えー、そうですね。なんといえばいいでしょうか。カンデラの森ですが、強い魔物の住処と覚えていただければ間違いはありません。キシオンは、」


 カンデラの森はともかくとして、はてさてなんといったものか。魔王、と言ってしまえば簡単なんだが、絵本もないあの邸では魔王を知る機会もないだろう。いや、しかしお嬢様のことだ、またどこから得たのかもわからないような知識を蓄えているかもしれない。頭の中を覗けない以上お嬢様の知識を知ることはできないが、まあ、これも材料を増やす機会か。それにしてもそうだ、あの邸は絵本がない。今日ついでに買っていこうか。あの時はまさかないとまでは思わなかったから買わなかったんだが。


「魔王、と言えば分りやすいでしょうか。魔王は現実に存在していないとなってはいますが、真相はわかりません。そもそもキシオンとは魔王そのものを指すのではなく、人智を超えた、恐ろしいことをいいます。超常的な力とでもいいますか、具体的なものではないのです。人の手に負えない、とにかく恐ろしいものを、キシオンと呼びます」


 わかりやすい言葉を、と選びながら説明したつもりだが、はたしてこの年齢の、いや、お嬢様に通じただろうか。様子を覗えば、わかったのかわからなかったのか「そうなんですかあ」と少し呆けたような声が返ってきた。これはわからなかったのか?

 どっちなんだ、と内心首を捻っていると、もうひとつとお嬢様が口を開いた。


「治癒魔術があるのなら、お医者さんは必要なんでしょうか」


 そういえば、その説明は中途半端にしかしていなかっただろうか。いや、もしかしたら説明をしてもいなかったかもしれない。


「治癒魔術は、怪我を完全に治せるわけではないんです。ない肉を再生させることができないように、治癒魔術にできるのは毒素を出すこと、回復を促進させること。大まかにこの二つです。折れた骨を完全に治すことはできませんし、千切れた腕を元に戻すこともできません。治し癒す魔術ではありますが、なんでもできるわけではないんです。不治の病には効きませんし、もちろん生命力を少し強くすることはできるとは思いますが、延命、というだけで治りはしません。治療法のわかっていない病も同じです。時間の経過で治る怪我の類は治癒魔術が効果的ですが、時間があっても助からないものは治癒魔術には何もできません」


 治癒魔術が人の命を救うのなら、戦場は死なない兵士による終わりのない戦いになっていたことだろう。


「そう、なのですか」


 何か思うところでもあるのか、視線をカップに落とし黙ってしまったお嬢様を見る。お嬢様はすぐに顔を上げ、「そうだ」と切りだした。


「先生、さっきのバンズはいくらなんですか。あとこれも」

「バンズが四十ミリー、コーヒーは二十ミリーです。お嬢様のはミルクと蜜が入っているので、プラスで十ミリーです」


 さっそくお金のおさらいでもするのかと勉強熱心さに感心しながら言えば、鞄を開きコインを私の手に握らせた。手の中を見て、あっさり合計金額ぴったりのものを出されたことにも、コインを握らされたことにも驚いてしまう。


「お嬢様、ここは私が払いますから」


 慌ててお嬢様の手に戻せば、少しむっとした様子でこちらを見てくる。それに思わず顔を引けば、お嬢様が首を振る。


「先生先生、これは通貨の勉強なのでしょう? なら実際に使わなくては」


 正論だ。正論と共にまたコインを握らされてしまった。しまいには押し戻された手に困ってしまう。子供が大人と来ているのに自分で払うというのも、と渋りその眼を見れば、じっと見つめ返されてしまった。ああ、やりにくい。だというのに、嫌いじゃない。


 ふ、と息を吐き、そのあとにわざとらしく溜息を吐きなおす。カップの中身を一気に飲み干すとお嬢様もまねするように飲みほし、テーブルに置いた。

 もうひとつ、溜息。


「行きましょうか」

「はい」


 どこか嬉しそうに頷くお嬢様に小さく溜息を零し、店に返しに行く。お嬢様は椅子から飛び降りてついてきて、スカートだというのにと額を押さえたくなった。


「こんにちは」


 店の女性はお嬢様を見ると朗らかに笑み、身を乗り出すようにして挨拶をした。お嬢様は一瞬それにきょとんとすると、「こんにちは。ごちそうさまでした」としっかり挨拶を返す。それに俺も驚いていると、店の女性も驚いたらしく目を丸くし、笑ってカウンターの下から何かを取りだした。


「クッキーあげる。そのクッキーね、あそこのお店で売ってるのよ。おいしいから今度行ってみるといいわ」


 背後を指さされ振り向けば、質素、といった風の店が住居の下に入っていた。お嬢様が食いついているのを見て、帰りにあそこにも寄ろうと密かに決める。

 店の女性と話し終わったお嬢様が振り向いたので、「どこに行きましょうか」と行き先を考えていると、手を引かれた。


「こっちのほうに、リリシアと見たお店があるんです。あの時は外から見ただけだったから、入ってみたくて」


 珍しく、いやそう珍しいこともないかもしれないが、子供らしくはしゃぎながら手を引く様に思わず笑う。頷けば、「ではいきましょう」と勇んで歩き出した。お嬢様は道を覚えるのは苦手ではないようで、すんなり迷うこともなくその店についた。ついた、のだが。


「あそこです!」


 指を差された先の店構えに、思わず口元が引きつってしまった。


 丸みを帯びた、ひょっこりとドアの上に突き出た布の屋根。色は黄色と白で特におかしなものもないのだが、全力でかわいらしいですよ、と主張してくる店の雰囲気が、入口が、全体の装飾が、余りにも、この年齢と、姿をした男が入るに似つかわしくないものだった。

 なぜだかまぶしさを感じるようなきがして、つい目元を抑える。


「あそこですか」

「はい」


 ぐぅ、と唸ってしまいそうだ。


「あ、あの、先生……?」


 駄目ですか、とばかりにしゅんとした雰囲気を出され、手の力を抜かれてしまえば、こちらにはもうなすすべなどない。


「行きましょう」


 この程度、耐えるほどでも、ほど、でも……。

 ぐう。

 またも唸りそうになりながら一歩一歩進む。道行く人の視線が集まっているような気がするのは、気のせいだ。気のせい。気のせい。


 ドアノブに手をかけ、この中に入るのか、と往生際悪く抵抗してしまいそうになる。意を決して開ければ、「いっらしゃいませ」と普通の女性の声がした。それはそうだ。なにもモンスターハウスではないのだから。

 お嬢様は店の中を視界に入れると、表情に大きく出ているわけでもないのに顔を輝かせた。わかりやすい。なぜだ。


「せっ、先生、素敵ですね!」


 きらきらとした勢いについていけず、戸惑いつつ頷く。いや頷けただろうか自身がない。気を取り直して、「えー」と声を出した。話せるようだ。結界がはられているわけでもないのだからそれはそうなのだが。


「お嬢様は、何をお探しですか?」


 聞けば、「オサイフです」と答えられてしまった。聞いたことのない単語だ。


「オサイフ?」

「はい。鞄の中に、お金がそのまま入っちゃってるので、お財布がほしくて」


 思わず聞き返せばそう言われ、金袋のことか? と首を傾げる。思わずお金を入れるもののことかと確認してしまった。頷かれたので、店員に声をかける。気にしないようにすれば案外気に、ならない。店内に目を向けなければいいのだ。見ただけで場違い感に襲われる。


 金袋はあるかと聞けば、待つように言って奥に入って行った。カウンターまで向かうと、あちこちに視線をやりながらお嬢様がついてくる。随分と夢中なようだ。店員は商品を手に持って戻ってくると、当然のごとく俺ではないとわかっているのだろう、お嬢様の前にしゃがんだ。後はもう彼女に任せていいだろう。


 なんとも居づらい店内をなるべく見ないようにして、嬉しそうに商品を見るお嬢様を見た。

 まあ、お嬢様が喜んでいるのなら、それでいいか。

読んでいただきありがとうございました。

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