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新たな旅路の祝福を  作者: 稀一
一章
39/54

06

 まだまだ見慣れない鮮やかな活気に心が期待に躍るのが分かる。さっき先生は外食すると言っていたし、きっといろいろ見て回れるだろう。そう言えば、場所はよく覚えていないけど騒ぎのときお世話になったおばさんにお礼も言いたい。あと、アンナとトフィーの兄妹にも。


「先生、街では何を見るんですか?」

「とりあえずは腹ごしらえをして、適当に店を見て回りましょう。お嬢様の欲しいものもわかりませんし、見つかり次第、買いものと通貨の勉強をします」


 言われ、なんとなしに鞄に触れた。この中に入ったお金はあの時のままで、エーデリア様がずっとくれていたお小遣いはターウにしか消えていない。またお土産を買っていこうか。今度はターウじゃなくて、また新しく何かを見つけたい。

 実はあのターウお土産事件から、使用人たちと少しだけ仲良くなれたような気がしている。仲良くは言い過ぎかもしれない。でも挨拶は返してくれるようになったから、これは大きな進歩だと思う。餌付けじゃない。これは断じて餌付けじゃない。仲良くなりたいけど餌付けじゃない。そもそも子供が大人に餌付けっておかしい。これはただの懐柔作戦です!


「行きましょう、お嬢様」

「……、はい!」


 手を差し出してくる先生に、これはつなごうってことだろうかと顔を見上げる。先生は促すように手をさらに伸ばしてきて、戸惑いつつその手を取った。微笑んでくれる先生に、なんだかくすぐったい気持ちになる。


「今までも何度か街には来たことがありますよね? その時は何をご覧になりました?」

「えっと、ターウの屋台と、訓練所です」


 答えると「それだけですか」と見下ろしてくる先生に、「はい」と頷く。「そうですか」と呟いて何かを考えている先生から、街に視線を移した。

 最初に来たときのように、道のあちこちに露店が出ている。果物だったりアクセサリーだったり様々なものは目に楽しく、街の人たちの笑顔もなんだか眩しかった。思わず目を細めて、頬を撫でるぬるい風にふと思い出す。


「先生、そういえば、ここらへんの地域は雨が降らないんですか? ずっと見たことがなくて。あと、季節はいつ頃なんでしょうか」


 春、もしくは初夏。でももしかしたら温暖な地域で、一年中あったかいのかもしれない。そういえば雨が降った時は露店の人たちはどうするんだろう。屋根は布のように見えるし、雨は凌げないのでは。それともあれは日除けだけで、やっぱり雨は降らないのだろうか。

 目を丸くする先生に突然聞いたら悪かっただろうかと思えば、空を見る。つられて見上げると、真っ青な空の中にちぎったわたあめのような雲が浮いている。晴天だ。


「そういえば、最近は雨が降りませんね」


 降らない地域、というわけではないようだった。


「お昼を食べながら、いろいろ勉強しましょうか」


 それはお行儀が悪いのではと思いつつ頷く。

 お昼である! この世界の料理は、邸で食べたものとターウしか知らない。実は外食とても楽しみです。どんな料理があるんだろう。邸の料理はわりと質素で、テレビドラマで見たようないわゆるお貴族様! というような食事はしたことがない。でもテーブルは広いから、何かの時にはああいう風にすることもあるのだろう。お客様がいらしてるときとかかな。

 味付けも薄めで、煮る、焼く、炒める、といった簡単なものに、ただ調味料をかけただけのようなものだった。あれが基本なのだろうか。


「あそこにしましょう」


 噴水のある広場に出ると、先生は噴水を囲むように並ぶ露店の中の一つを指さす。お店の前には椅子とテーブルが幾つか並んでいて、なるほどあそこで食べるのかと納得。何人かのお客さんが話しながら食べていた。

 手掴み……もしや、あれは憧れのハンバーガーではないだろうか!


「先生、先生、あれはなんていう料理なんですか?」


 食べている人を指さし、少しはしゃでしまう自分を自覚しつつ聞けば、一瞬戸惑うような雰囲気を見せた先生が指の先を見る。「ああ」と頷くと苦笑して、「あれはバンズですよ」と教えてくれた。


 バンズ、バンズ? ハンバーガーでは、ない、のかな?

 思わず「そうですか」とがっかりしてしまった。聞いておいてこれはないかなと思いつつ、期待は大きかったのです。残念。

 困ったように笑う先生が歩き出すのに慌てて足を動かせば、椅子に近づいた先生がここで待っていてください、と私を持ち上げた。両脇に手を差し込み、軽々と椅子の上に置かれてしまう。先生ちょっとレディに対してどうなんですかそれは。子供ですけど!


 丸いテーブルを囲む三つの椅子の一つに座らされ、手持無沙汰にお店に向かう先生の背中を見ていると、ふと視線を感じて振り向く。近くの席にいた女の人が私を見つめていた。戸惑いつつ会釈をすれば、きょとんと眼を丸くし笑って手を振ってくる。それにも戸惑いながら小さく手を振り返すと、私を見ながら連れの男性と話し始めた。なんだか幸せそうな笑顔で話す二人は、もしかして恋人かなにかだろうか。


「お嬢様、お待たせしました」


 声に振り向けば、両手にトレイをもった先生が椅子を近づけ右に座った。三人席で一つ余ってしまうけど、いいんだろうか。そんなに混んでいるわけでもないからいいのかな。


「まずは食べてしまいましょう」


 紙に包まれたサンドイッチのようなものを先生が掴み、包みをはがして口へ運ぶ。食べ方はハンバーガー見たいだ。ハンバーガーだと思っていいのでは。

 食べ方をじっと見つめて、私も倣って両手で持った。意外と重いというか、大きい。あーと大きく口をあけてかぶりついたはいいが、パンの皮が硬めで食いちぎれない。ど、どうしようかとうろたえそうになるけど冷静に、冷静に少しずつ噛んで噛んで噛んで千切っていく。その間にも先生は半分ほどぺろりと食べていて、その速さに驚けばいいのか、私の遅さに驚けばいいのか分からなかった。


 むぎむぎむぎむぎとパンの皮と格闘していると、隣から先生がいなくなっていた。いつの間に、と思いつつやっと一口目が噛みちぎれた時、先生がナイフとフォークを持って戻ってきた。どうやらお店にもらいに行ったらしい。もしかして私のためだろうか。


「気付かずにすみません、食べづらかったでしょう。今切ってしまいますので」

「あの、私のほうこそごめんなさい……ありがとうございます」


 先生は私の手からバンズを受け取ると器用に硬い皮に切れ目を入れていく。たくさんの切れ目ができたと思うとひっくり返して、反対のパンも。そうして次はパンをケーキみたいに三角に切っていく。


「これでどうでしょう。フォークは要りますか?」


 聞かれ、少し悩んだけど使わないことにした。小さくなって持ちやすくなったバンズを一切れもち、かぶりつく。なんだか先生がはらはらしているけど、今度は割と難なく噛みちぎれた。感動しながら、先生にお礼を言えば、ほっとしたように笑った。

 やっぱり食べるのは遅いけど、先生はなにがたのしいのか私を見ながら待ってくれた。なんだか申し訳ない。あとこれやっぱり大きいですね。食べきれるかな。


「ああ、無理して食べなくとも大丈夫ですよ。余ったら私がいただきます」


 三つ目の欠片を食べながらバンズをにらんでいると、先生がそう言ってくれた。ちょっと安心。

 いまさらながらバンズを味わってみる。ご飯は慌てて食べるもんじゃないね、味が分かんない。硬めの皮は香ばしくて、中はふわふわもちもち。ちょっとしっとりしてる。はさまれてるのは少し苦味のある葉っぱと、チーズかな。あとお肉。味付けはやっぱりシンプルで少しの塩コショウっぽい。でもチーズの味が濃いめで全体的に味が薄いとは感じなかった。おいしい。

 おいしいけど、これはお土産にはできないなぁと思いながら四つ目を食べ終えたところでお腹いっぱい。半分しか食べられなかった。先生にどうぞ、と献上すれば、苦笑しながらいただきますと食べ始めた。やっぱり先生早い。一切れ数秒でぺロりだ。


「先生は食べるのが早いですね」


 瞬きながら言えば、先生はきょとんと小さく首をかしげる。


「そう、でしょうか。そうですね。学園を出てからは旅をしていましたし、早く食べるクセでもついてしまっているんでしょう。直さないといけませんね」


 言いながら苦笑する先生に「早食いは体に悪いですからね」と笑うと驚いたようすで目を丸くした。そんな先生を見ながら、旅人だったのかとこちらも驚いた。そう言えば学園の話も、というか先生の話を詳しく聞いたことがない。


「先生、学園ってどんなところなんですか?」


 学校、なんだろうけど、リリシアもシオル様もはなんだかすごいことのように言っていた。ということはただの学校じゃないんだろう。


「学園は、そうですね、簡単に言えば、あらゆる国の人間が通うことのできる学び場です。人種も、身分も問わず通えるんですよ」


 へえ、と頷きつつ、すごさが余りよくわからない私はもしかして馬鹿なんだろうか。ちょっと悲しくなった。


「詳しい話は邸に帰ってからにしましょうか。少し長くなると思いますので」


 先生は手を払うとトレイを重ね、ナイフとフォークを持ってお店へとまた向かう。なんだかまかせっきりで申し訳ない。そういえば、ここのお金は先生が払ってくれているんだろうか。……金額教えてもらって、後で払おう。

 カップを二つ持って戻ってきた先生は、私の前にカップを一つ置くとテーブルに置いてあったチラシを一枚とって私の前に敷く。


「お金の種類を勉強しましょう。この上に、今持っているお金の形や色、大きさが違うものを一枚ずつ出してください」


 言われ、頷いて鞄を開けた。鞄のポケットに入っているとはいえ、中にむき出しでお金が入っているというのもどうにかしたいものだ。そうだ、今日はお財布を買うのを手伝ってもらおう。リリシアと見たかわいい雑貨屋さんもすぐそこだったと思うし、結局入れていないから。

 つらつらと考えながらじゃらじゃらあさり、紙の上に一枚一枚出していく。この世界で、この国かな、どちらにせよ、紙幣はまだ見たことがない。硬貨だけだったりもするんだろうか。


「多分これで全部です」


 一応先生にも鞄の中を確認してもらって、なぜか驚く先生を不思議に思ったりもしつつ、鞄の口を閉じてくれと頼まれてしまったのでしっかり締める。お腹に抱えれば、先生はほっとした様子で紙の上を見た。


「屋外でやるんじゃなかったかな」


 ぼそりと呟かれた言葉に、確かに外でお金を広げているっていうのも微妙なものがあるなと思った。困ったような顔の先生になんだか申し訳なくなった。いやここでやろうって言ったの先生だし、私のせいじゃないけどね! 別に先生だって実践しながら教えようとしてくれてるわけだから、悪いわけじゃないんだけどね!


「いいですか? まず、この銅貨、茶色のコインですね。この一番小さいものが一ミリーです」

「一ミリー」


 復唱すれば、先生は「はい」と頷いて次を指さす。


「こちらの一回り大きく、プリエの紋章が描かれているものが五ミリーです」


 三つある茶色のものの中で中くらいの大きさのものに、プリエというらしい花の絵が描かれたもの。これが五ミリー。


「この一番大きな茶色のコインが十ミリーです」


 つまり、一円と五円と十円ね。ふむふむ、と頷けば、先生は銀色のコインに移る。


「銀貨の小が五十、中が百、大きいのが五百。金貨の小が千、中が五千、大が一万です。この上にはさらに紅貨こうかというものがありまして、赤いコインになるんですがそれは百万ミリーになります」


 一ミリーが一円なら紅貨百万円! すごい。ところで金貨の大、つまり一万まである子供のお小遣いって何なんでしょうか。私今すごい戸惑ってる。お、お年玉?


「わかりましたか?」

「あの、はい。あ、でも先生、こんなシンプルな作りでは、偽物を作ることも簡単なんじゃ?」


 元の世界はどの国の硬貨も絵が描かれていたし、年号もたしかあった気がする。でもこの硬貨はそれぞれ中サイズのものにプリエの花が描かれているだけで、それ以外は何もない。ただの円盤、とは言わないけど、淵の段差だけでは、型さえ作ってしまえばいくらでもまねできるだろう。


「それは大丈夫です。これは複製することもできませんし、コインはそれぞれ魔道具のように魔術効果がかけられているため偽物とは区別がつきます。傷も付きませんし」


 そういいながら硬貨に力を込めたりしている先生に、なるほどと頷く。魔術っていうのは本当に便利だ。

 私の手に硬貨を握らせてカップを傾けた先生を一瞥し、手の中を見つめる。鞄を開けて出した硬貨をすべて戻せば、先生に頭を撫でられた。お、お片づけくらいできますよ。


「さて、雨でしたか。雨はこの地域でも降りますよ。雨が降らないのは……この国だとそうですね、隣国との境、南のほうでしょうか。あそこは確か雨が降らなかったかと。こちらのほうだと今は雨期が過ぎましたから、少なくなりましたね」


 雨期って梅雨みたいなものかな。ということは、


「今は温かい時期ですが。あと少ししたら暑くなりますよ」


 やっぱり今が春と夏の間なんだ。そろそろ夏かぁ。外で夏を迎えるのはどれくらいぶりだろう。でもあの世界の夏がここと同じかどうかはわからないもんね。なんだか少し楽しみ。海とかは近くにあったりするんだろうか。海いったことないんだよね。

読んでくださりありがとうございました。


↓用語説明

◇お金

シアの国で使われている硬貨は世界共通硬貨「ミリー」。よその国では国が発行するお金を使っているところもある。

 銅貨…小1ミリー 中5ミリー 大10ミリー

 銀貨…小50ミリー 中100ミリー 大500ミリー

 金貨…小1,000ミリー 中5,000ミリー 大10,000ミリー

 紅貨…1,000,000ミリー

円換算で凡そ×10

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