05
帰りの馬車の中で花冠について質問されはしたけど、無事に邸まで帰りました。あ、でもドレスの皺についてリリシアに怖い顔して窘められたのと、アストラがいるのを忘れたまま馬車に乗ってしまって、飛んできたアストラに頭をつかれたからやっぱり無事じゃないといえば無事じゃない。
あと頂いたリンゴもどきははちみつみたいな味がするもにもにした果物でした。おいしくいただきました。
「大分様になってきたな」
掛けられた声に目を向ければ、嬉しそうに笑い頷くファデル様に私も嬉しくなって笑う。と、ちょっと考えるように視線を下げた。それを見ながらファデル様に教えてもらった基本の型を繰り返す。
本日の予定は午前中はファデル様の授業、午後は先生の授業となっております。
初めての授業の時の結果からか、二回目からはずっと素振りをしている。とは言ってもなんだかファデル様は甘々で、私が疲れ始めるとすぐ休憩にしたりする。これで訓練になるのかな。自主的に食後の邸散歩の時間を少しずつ延ばしたりしてみてはいるけど、体力はなかなかつかない。最初の頃よりは断然ついたと思うけど、まだまだかなあ。
ユーオリア領にはあの後行ってないけど、何とシオル様からお手紙が届くようになりました。近況報告みたいなことしかお互い書く内容がないみたいで代り映えしないけど、二人の文字の練習には貢献してる。なんとあんなにしっかり話してたシオル様も文字は練習中らしく割とガタガタでした。
アストラは最初こそ私について歩いてたけど、今は好きに行動してる。もしかしたら慣れないところで緊張してたのかもしれない。アストラが緊張って想像できないから多分だけど。それにたまに向こう、でいいのかな。名前はわからないけど、向こうにも戻っているみたいだ。麦茶が飲みたくなるんだってさ。私もたまには行こうかなとか思ってしまう。麦茶は恋しくなるのです。
「シア、訓練所に行ってみる気はあるか?」
視線を上げるとともに言われた言葉に咄嗟に頷きそうになってなんとか止めた。興味はある。行ってみたいし、トアレ様にも久しぶりに会いたい。腰まで届きそうなやわらかそうで細い金髪は三つ編みにしてみたいと初めて見たときから思ってました。でもそんなことより訓練所なんだよ。訓練してるところこんな子供がちょろちょろしては邪魔じゃなかろうか。邪魔だと思う。
それに、ちょっと街には行きづらい。魔物騒動は私のせいだったし、街の人たちに知らされる前に原因が判明したのは良かったけど、訓練所の騎士様方には迷惑をかけてしまった手前微妙な気持ちは拭えない。
「訓練生たちに挨拶に行こう。どうだ?」
顔を向けたまま固まった私にファデル様は微笑んだ。陥落した、というわけではないんだからね!
「例のお子さんですか!」
木製の、結構ぼろぼろなドアの向こうで一際大きな声が聞こえた。落ち着きなく足を動かしていたのをやめ、向こうを窺う。話し声は先ほどから聞こえていたのだけど、はっきり聞き取れる声が聞こえたのは初めてだ。
そろりとドアに耳を近付けるけどまた小さな話し声になってしまった。聞きとれそうにない。何だったんだろう。例のお子さん、というのは私だろうから、呼ぶまで入ってくるなっていうのはやっぱり先に入って説明してくるから、っていう意味だったんだろうか。
訓練の邪魔になるとか言われてたりしないかな。もし言われてたらファデル様に申し訳ない。でも大人しく見てるだけだから、ほんとに大人しくしてるから!
アストラについてきてもらえばよかったかな。あの猫の姿を抱きしめて安心したいです。
「シア、入ってきなさい」
またそわそわと足を動かしはじめたところで呼ばれ、肩が跳ねた。入ってきなさいだって。入っていいのね? 入るからね?
手を伸ばして鉄のわっかの無骨なノブを掴む。そのまま斜めに後ろに下がり、入れそうな隙間までドアを開けた。なぜか静まり返ってしまった向こう側に怯えつつ、恐る恐るドアから顔を覗かせると。
「!?」
思わずひっこんでしまった自分を許してほしい。だれが許すのか分からないけど。
ドアの向こうで、恐らく訓練兵であろう人たちがじっとこちらを見ていた。それも身を乗り出し気味に。まじまじと、目を見開いて。ファデル様とトアレ様が止めていなかったらドアまで寄ってきていそうなほど身を乗り出していた。
え、あれはなに。なんであんなに見てるの。ちょっとまって怖い怖い。えっ?
「シア、大丈夫だから」
ファデル様がもう一度私を呼んで、ここに居ても仕方がないよなと覚悟を決めまたドアの向こうを覗く。訓練兵と思われる人たちは普通に立っていて、さっきのは見間違いだろうかと瞬き。きっとそうだ。そうそう。
「こっちに」
目が合うとファデル様が呼んで、手をこちらに差し出してきた。それに従い隣まで――隣といっても足元だけど――行き手を繋いだ。見上げれば顔が崩れたのかっていうような嬉しそうな顔になった。すごい、ハンサムはどんな顔してもハンサムって嘘だったんだ。
だらしない顔のファデル様から視線を外し前を向けば、訓練兵だろう人たちとトアレ様が私を見ている。トアレ様は小さく手を振ってくれて、それにこちらも小さく振り返した。
「お初にお目にかかります。シアメルと申します。以後」
しまった、
「、お見知り、おき、を……」
この挨拶はユーオリア領に行ったときライベルおじさまに笑われたんだった。
片手をファデル様と繋いだまま余った片方の手でスカートをつまみ膝を曲げ、そこでフリーズ。途中で思い出して随分とぎこちなくなってしまった。どっちにしろ可笑しいなら結果は変わらない? どうだろう。
恐る恐る礼をとき顔を上げると、トアレ様は苦笑で、訓練兵だろう人たちは目を丸くして私を見ていた。やっぱり、間違えてしまったみたいだ。でも挨拶はまだこれしか教わっていないのでご愛敬ってことで流してほしい。忘れていたけど、帰ったらリリシアに教えてもらわなきゃ。
そのまま変わらない訓練兵だろう人たちの表情についファデル様を見上げれば、なぜかファデル様まで少し驚いたような表情だった。ええ?
どどどどうすればと視線を迷わし、トアレ様と目が合う。助けて! と目だけで訴えれば何かを察してくれたのか、微笑んだ。
「緊張なさらずとも、大丈夫ですよ」
優しい笑顔に違う! と思いながらもつられるようにほっこり。ちょっと気分は落ち着きました。
ファデル様は気を取り直して、というように咳払を一つ。
「うちの娘だ。今日は午前中だけだが訓練を見学させるつもりだ、よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
そのセリフに私が頭を下げながら言うと、「よろしくお願いしまーす」と記憶の彼方、小学校の社会科見学の時の声をそろえた挨拶のようなものが聞こえて、なんだかおかしかった。見学される側なのに。
「しかし可愛らしいですねぇ」
「髪の毛なんて奥様そっくりじゃないですか!」
「遺伝だなー、目の色は団長似だ」
言いながら近づいてきて、段々と囲まれてしまった。思えば鏡をまじまじと見ていなかったので、目の色とかは気にしてなかったな。そうか、ファデル様と同じ色なのか。へえ、と思いながら見上げれば、ファデル様は嬉しそうに顔を緩ませていた。
「団長メロメロじゃないですか!」
「そりゃお前こんなに可愛い子だぜ、メロメロにもなるってもんだろ」
「お前その発言気をつけろよ」
「いやちがうそう言う意味じゃない!」
何がどうそういう意味なのかはさっぱりだけど、段々ファデル様の表情が険しくなってきた。ズン、と力強く一歩踏み出すと、「いいから訓練に戻れ!」と怒鳴る。
私もびびったのは内緒です。
さっきはあんな風に子供っぽく明るく賑やかだった訓練兵たちも、訓練に戻れば真剣な表情で素振りを繰り返している。
その横では何組かが試合のようなものをしていて、木剣とは言え鋭い剣捌きにどきっとしてしまう。お互い実力は拮抗しているのか、中々勝負が決まらない。
「そこまで!」
時間切れにでもなってしまったのか、トアレ様が黄色の旗を振り上げると打ち合っていた二人は離れ一礼。次のペアへ。打ち合いの後はまた素振りに戻るらしいが、これも体力作りの一環なのだと説明を受けた。体に剣と動きを馴染ませ、咄嗟のとき硬直することがないよう、動けるように、繰り返すのだそうだ。
つまり、私がずっと素振りをしているのも間違ってはいないということなんだろうか。でもあれはやっぱり甘やかされている。汗はかくけど、この訓練兵たちのようにドロドロになることはまずない。打ち合いする相手もいないしね。アストラにでも頼もうかな。待てよ? アストラって剣は扱えるんだろうか。
それぞれ振り方にくせでも付いているのか、ちょっとずつ違うのだけど、それを直すことはしないようだ。ということは悪い癖じゃないんだろう。それぞれに合った振り方っていうやつなのかな。私は自分の癖が出来上がるほどはまだ振っていないから、その時になったら修正とかも入るんだろうなあ。
ひたすらもくもくと訓練を続ける兵士を尊敬してしまう。見ているだけでは暇ではないかと一人に聞かれたけど、そんなことは全くなかった。
「そろそろ昼になるな。どうする?」
じっと訓練の様子を見ていると聞かれ、首を傾げる。どうすると聞かれても。
「ああ、すまない。昼食をここでとっていくかと聞きたかったんだ」
苦笑したファデル様の言葉に訓練兵の一人が反応した。顔をこちらに向け、なんだかわくわくした様子だ。
「やっぱりやめておこう」
それを見て笑顔のファデル様がそう言って、思わず笑ってしまった。
なんとなく、ここにはなじめそうにないなと思ってしまったのは、すでに完成しているからなんだろう。ここの人間関係は完成している。ファデル様、トアレ様、訓練兵たち。そこに私が入るべきではないし、入れないと思う。ファデル様を通じてつながることは今日みたいに出来るだろうけど、今も部外者なのだという疎外感は感じてしまっている。私が勝手に感じているだけなのかもしれないけど、部外者であることは事実だ。あくまでも、ここにいる私はお客様でしかない。でもここに来たことを後悔しているかといえば、そんなことはもちろんない。
トアレ様がパンと大きな音をたてて手を叩いた。訓練兵たちが動きを止め、体ごと向き直る。
「休憩にする。午後は今後について話すので、時間通り集まるように!」
全員のそろった声が響いて、解散となったようだ。それぞれ「つかれたー」だのなんだの言いながら片付けをし始めた。目が合うと手を振られ、振り返しておく。
微笑んだトアレ様が近づいてくると、ファデル様に小さく頭を下げた。
「トアレ、これで帰るよ。邪魔をしたな」
「いいえ、構いません。訓練兵たちの士気も上がるようですし、また是非お嬢様には来ていただきたい」
優しく微笑んで私を見られ、少し緊張してしまう。また、は来るんでしょうか。私の心境的には来ないと思いますが、ファデル様次第ですかね。
「そう言ってくれると助かる。ではまた明日に」
「はい、お疲れさまでした」
なんというか親と先生の会話みたいだ。ある種大人の会話だね!
ちょっと落ち着きなくソワソワしていると「帰るぞ」と頭を撫でられ、頷いた。
「先生!」
邸に戻ると、門の前に先生が立っていた。声をかけるとこちらに気づいて、読んでいた本を閉じ頭を下げる。
「どうかしたのか」
少し駆け足になってしまった私に付いてきながらファデル様が問えば、先生は少し早めに街に出ようと思うと言った。なんだって、休憩時間はないのか……。この坂もちょっとは平気になったとはいえ、休憩は一回挟まないと厳しいんだけど。街で待ってればよかったかな。
「昼はどうするんだ」
「街で食べようかと思います。お嬢様も外食はまだしたことがないでしょうし、通貨の勉強も兼ねて」
なんだかファデル様が不機嫌になってきた気がする。なんなんだろうこの空気。先生もわかっていないようでなんだか居心地悪そうに苦笑している。ね、何なんでしょうねこれ。
「そうか……気をつけてな」
テンション駄々落ちなファデル様に肩を叩かれ、「行ってきます」とまた苦笑。私も元気に「行ってきます」と言えば、ファデル様は「いってらっしゃい」と力なく笑った。感情と表情の変化についてはよくわからないけど、なんとなく申し訳ない気持ちになる。項垂れた背中が邸に入っていくのを先生と二人で見届け、顔を見合せ苦笑した。
「では行きましょうか」
「はい」
あ、ちょっと間に休憩挟みますけど、呆れないでくださいね! と実際に言うわけではないが心の中で言っておく。先生は私の体力は把握していないだろうから、驚かせてしまうかもしれない。先生からすれば本当にゆっくりすぎるだろうペースで坂を下りながら、ぽつぽつと会話をしていった。
好きな食べ物やお気に入りの服、それにシオル様からのお手紙の話や自主勉強の進み具合など、他愛もない話をしていると街が近づいてきた。
さっきのも数えていいなら、街に降りるのは三度目だ。それでも時間で考えればそう長くいたわけでもない。行き辛い気持ちはまだあるけど、街の人たちは騒動を知らなかったし、ましてや私が原因だとも知らされていないのだ。水面下で起こったことを知れる人はいない。だから、と坂を下りながら開き直りにも近い気持ちで心の整理をつけた。訓練生たちの反応で吹っ切れたところもあるかもしれない。知られていないなら、それは街の人たちにとってなかったことと同じだ。ずるい考え方かもしれないけど、今私の中で整理をつけるためにはそれが一番納めやすいように思う。邸にずっと閉じこもってたって何の意味もないんだから。
読んでくださりありがとうございます。




