第3話 やっぱり君はお嬢様
気が付けば、教室の席はすべて埋まっていた。後は教師の到着を待つのみだ。幸い、突如降臨せし救世主によってカースト底辺の回避に成功した僕にとっては、この時間は苦痛でも何でもない。救世主万歳。八神万歳。
「それにしても、八神さんってどこかのお嬢様なのか?」
ふと、冬先仁は疑問を口にした。
確かに、彼女の容姿は西洋の物語に出てくる令嬢そのものだ。言葉遣いや所作からも家柄の良さを感じる。おそらく冬先仁の言う通り、彼女はどこかの令嬢なのだろう。
だがその言葉を聞いた途端、八神さんは慌て始めた。腕をパタパタと動かしながら、目をこれでもかと泳がせている。
「い、いえ!わたくし一般家庭出身の一般女子高校生ですわ!お、お嬢様だなんてっ!あ、ああ、ありえませんわっ!はわわわわわ~っ!」
……それは無理があるだろ。
八神さん、あなたいったいどこのお嬢様だ。普通の女子高生は一般家庭出身だなんて言わないし、そもそも見た目も言葉遣いも所作もすべてがお嬢様だ。
それに、さっきからずっと高貴なオーラが溢れ出ている。どうやって出すんだその黄金の輝きは。僕も出せるもんなら出してみたい。
「あ、あはは……。そ、そうなんだね」
「そ、そうなんですわっ!そうなんどすっ!」
当の本人は隠そうとしているみたいだが、勘が鈍く愚鈍な冬先仁ですら何かを察したのか、顔を引きつらせている。
しかし、どうしたものか。本人が隠しているつもりなら、これ以上触れない方がいいのか。それとも、彼女の認識がズレていることを指摘した方がいいのか。
僕ら二人が返答に迷っていると、八神さんの隣の席の、どこか品のあるスラっとした男子がこちらに振り向いた。
「―――っ!?」
「ひぃっ!?」
その瞬間、脳裏によぎったのは――死。
生物として決して抗えない恐怖を感じた。殺気だ。僕と冬先仁は今、前の席の同級生に殺気を向けられている。いつからこの世界はファンタジーになったんだ。
そして、その殺気には彼の意思らしきものが乗っていた。
『お嬢様の努力を無駄にするな』
これが彼からのメッセージ、否――忠告だ。
八神さんは自身の高貴な出身を隠し、この学校に普通の高校生として入学した。その努力を無駄にさせるなという、忠告。
おそらく、彼は八神さんの関係者――彼女の高校生活を見守る護衛か何かなのだろう。時折八神さんに向ける視線はまさに崇拝の眼差し。狂信者とでも言えばいいのだろうか。それに対して、僕と冬先仁に向ける視線は鋭く、目は血走っている。
とにかく、彼は危険だ。命が危ない。ここは彼の忠告に従い、ただの同級生として八神さんに接することが吉だろう。
「お、お二人とも、どうかしましたの?……もしかして、わたくしにどこか変なところがありましたか?」
顔を赤らめ、恥ずかしそうに俯く八神さん。その仕草は男子であればイチコロであろう可愛らしいものだが、殺気が強まったので今だけはやめて欲しい。『お嬢様に恥をかかせるつもりか』という強い意志を感じる。
これ以上の殺気が飛ばされると泡を吹いて気絶してしまうため、僕と冬先仁はすぐに八神さんのフォローに入る。
「い、いや、変なところなんてないよ!確かによく見たら、八神さんって一般家庭出身の一般女子高生だな!すごく一般的だなー!」
「あぁ、あまりに一般的すぎて驚いた。そこら辺の一般人より一般的だ」
「それはよかったですわっ!」
八神さんは手を合わせながら満面の笑みを浮かべた。それと同時に、隣の席から発せられていた重厚な死の気配が収まる。よかった。入学初日に命を落とすところだった。
だが、急に話を止めるとまた殺気が飛んでくるかもしれない。僕と冬先仁はなるべく彼女の――というより隣の彼の地雷を踏みぬかないよう、細心の注意を払って雑談を続ける。
「八神さんってすごい一般的だけど、見た目は西洋の人っぽいよなー」
「何代か前に外国の血が入ったらしくて、わたくしにその血が色濃く出たらしいですわ」
「一般的だけど、そんなこと現実にもあるのか。漫画の世界の話かと思ってた」
「そうですわね。父と母もかなり驚いたそうで、DNA検査までしっかりしたらしいです」
「一般的にちょっと触れづらい話題だね、それ」
よし。このまま自然に会話をしていけば、再び殺気が放たれることはないだろう。――と、フラグを立てたのがいけなかった。
「兄弟とかはいるのか?」
「え、あ、兄弟は…………」
僕の問いに八神さんは気まずそうに視線を彷徨わせ、綺麗な縦ロールをシュンと萎えさせた。おい、こんな誰もが通る道に地雷なんて置くんじゃない。
「えーっと、わたくしの兄弟はですね……」
「いや、もういい。別に兄弟とか全然興味な――ぐぉっ!?」
そこで僕の意識は途切れた。何をされたかはわからない。ただ確実に言えることは、八神さんの隣の席に座る彼の仕業である、ということだけだった。
「はっ!?」
「おっ、起きた」
意識を取り戻した僕は、すぐに周りを見渡す。
僕のことを見つめる冬先仁、前の席で談笑する八神さんとその関係者らしき男。そして、大して変わった様子のない教室。どうやら僕が意識を失ってから、まだ数分程度しか経っていないようだ。
僕は小声で冬先仁に話しかける。
「あの後、いったいどうなった?」
「八神さんは滅茶苦茶驚いてたけど、これ以上アイツを刺激したらヤバそうだから、なんとかフォローしといたぜ」
アイツとは、八神さんの隣の彼のことだろう。やはり冬先仁も、八神さんが高貴な出身で、彼がその関係者であることに気が付いていたということだ。
「そうか。流石に感謝せざるを得ないな。ありがとう」
「素直に礼を言うなんて珍しい。……あっ、そうだ言い忘れてた。フォローした結果、達見は『八神さんに一目惚れして、緊張しすぎた末に気絶した』奴だって認識されてるから。話合わせてくれよな」
「………は?」
僕の高校生活は、入学初日にして終わりを迎えたようだった。




