第4話 恋は盲目にも限度はある
「ちょっと待って。今なんて言った?」
八神さんの関係者らしき男に気絶させられた僕。それだけでも十分衝撃的な出来事なのだが、追い打ちをかけるように、冬先仁の口から予想だにしない言葉が飛び出した。
「えっ……いや、だから、達見は『八神さんに一目惚れして、緊張しすぎた末に気絶した』奴だって認識されてるから、話合わせてくれって……」
「バカかコイツ」
「なんで!?なんでバカ!?」
自身の行動の罪深さを理解できていないのか、冬先仁は僕の罵倒に狼狽えている。だが、本当に困っているのは僕だ。というか、なぜコイツは自身の発言のヤバさに気が付いていないんだ。やっぱりバカだからか。
「……僕はお前の戯言のせいで、学校一の笑われ者だ。入学初日にクラスメイトに一目惚れ、さらには緊張の末に気絶ときたら、僕でも放っておかない。『一目惚れ失神ニキ』みたいな屈辱的なあだ名をつけられ、馬鹿にされるに決まってる」
僕の言葉を聞いた冬先仁は正気を取り戻したのか、事態の深刻さを認識したのか、それとも自身が犯した罪を自覚したのか。徐々に顔から血の気が引いていき、みるみるうちに真っ青になった。そして、絞り出すかのように一言。
「……………マジでごめんね」
「気づくのが遅い。過去は消えない」
「で、でもっ!たとえ達見が『一目惚れ失神ニキ』だとしてもっ!俺はずっと友達だからっ!」
「コイツすごいな。なんでもありか」
流石は冬先仁。この絶妙にズレたところが、彼が中学時代に薄っすらと周りに嫌われていた所以だ。
「……まぁ起こってしまったことは仕方がないか。だけど、なぜそのようなフォローを入れることになった。僕が気絶した後、何があったんだ?」
「あ、あぁ。実はあの後、俺はテンパリにテンパったんだよ。だって、目の前でいきなり人が気絶するなんて、それも何の前兆もなく一瞬でなんて、人生で初めてだったからさ」
改めて自身が受けた被害を聞いた僕の顔は引きつり、冷や汗が流れた。僕は一体何をさせられたのか、冷静に考えると恐ろしい。
「目の前でそんなものを見せられたら、平静を失っても仕方がないかもしれないな」
「それで、八神さんも突然のことで驚いてたんだけど、そのときにアイツからすごい殺気を感じてな。たぶんあれは、『俺がやったってお嬢様にバラすんじゃねぇぞ!』って殺気だ。絶対にそうだ」
なるほど。やはり僕を気絶させたのは、八神さんの隣に今も平然と座る彼で間違いないみたいだな。これで、彼が『八神さんの関係者』説と、八神さんが『高貴な家柄のお嬢様』説はほぼ確定か。
何をされたかは全くわからないが、彼は何らかの手段を用いて僕を気絶させた。その理由は、僕が八神さんの地雷を踏んだから。だが、独断での行動であるため、八神さんにバレたくない。ゆえに、冬先仁にフォローさせるように殺気を飛ばしたということか。
きっかけは僕かもしれないが、安易に殺気を飛ばしすぎじゃないだろうか。優しく慈悲深い僕でさえも、ちょっとムカつくな。
……にしても、どうやって殺気を飛ばしているんだ。もしかして高校から世界観が変わったのか?日常系からバトルものに路線変更か?ジャ◯プ編集部の得意技か?
「それからはもう記憶にないぐらい動揺しちゃってさ。気が付けば、達見が一目惚れしたなんてわけのわからないことを口走ってたわけ。マジウケる」
「マジウケない。全然ウケない」
「……ほんとにごめん」
しょぼしょぼの顔で謝る冬先仁。高校生とは思えないほど老けてしまった。少し可哀相に思えてきたが、まぁ冬先仁なら可哀相ぐらいがお似合いか。
「動揺するのはわかるが、なぜ一目惚れしたことになったのかを説明してくれ。まだ納得できてない」
「いや、そのー、恋は盲目的な?恋ってなんでもありじゃん?気絶することもあるかなーって。実際、八神さんもそれで納得してたし。こんな感じで――」
『こ、これはあれだよ!こいつ、八神さんに一目惚れしちゃったらしくてっ!それで緊張しすぎたみたいだなっ!』
『ひ、一目惚れっ!?はわわっ、ど、どうしましょう!わたくしはどうしたら!』
『べ、別に八神さんは気にしなくていいよっ!こういうことって一般的によくあるしなっ!達見も恥ずかしがるだろうから、今は放っておいてやってくれっ!』
『わ、わかりましたわ。淀橋君は情熱的な方なのですね、びっくりしました……』
そう一人芝居をする冬先仁に対して、僕は一言も発さずにジト目で見つめる。その沈黙に耐えかねたのか、冬先仁は再び頭を下げた。
「ほんとにごめんってっ!」
「……はぁ、奢りで許すか」
「了解です。でも高すぎるやつはやめてね。俺の家貧乏だから」
「そのくらいわかってる。というか、八神さんもバカなのか?一目惚れで気絶する人間がいるわけないだろ……」
いつまでもこの件について追及しても仕方がない。僕は気を取り直し、教室全体を見渡す。
まだ担任教師は到着していないようだが、教室の席はすべて埋まっている。つまり、この教室内にはこれから一年間を共にする、四十人のクラスメイト――僕と冬先仁を除いて三十八人の同級生がいるということだ。
この三十八人が、僕に厄介事を持ち込んでこないよう祈りたいところだが、残念ながら現時点で二人、すでに怪しい。ただ、この二人だけで収まってくれるならば、きっと平穏な高校生活を送ることも可能だろう。
まだだ。まだ平穏を取り戻せる。僕は希望を捨てずに、未来に期待する。高校生活では絶対に平穏に過ごしてやるぞと、教室を見渡しながら、そう強く意気込んだ。
しかし、このときの僕はまだ知らなかった。
このクラスには変わった者ばかりが集まっていることを。数か月後には、狂人しかいないイカれたクラスと、そう呼ばれる未来を。
そして、僕自身が様々な困難に巻き込まれていくことを。
「困りましたわっ。殿方に一目惚れをされるなんて初めての経験です……。でも、不思議と悪い気分ではないのね。東之助、わたくしはどうしたらいいのかしら?」
「お嬢様、振ったらいいと思います。今すぐに振りましょう」
「それはいけないことだわ。気絶するくらいわたくしのことを想ってくださったのだから、真摯に対応しなくては。もしかしたら、わたくしも淀橋君に好意を抱くことがあるかもしれませんし」
「絶対にないです。そんな世界線は許しません」




