第2話 救世主降臨
一年三組。僕がこれから一年間世話になる教室には、四十台もの机が並んでいる。すでに席は八割ほど埋まっており、今は残りのクラスメイトやこのクラスを担任する教師の到着を待っているという状況だ。
まだ自分の体には馴染まない真新しい制服。どこかよそよそしく、落ち着かない机。入学式から続いている緊張は未だに解けず、僕は新たな友人を作れずにいた。
今はまだその時ではない。そう言い訳するのも飽きてきた。
「入学式の時にさ、めっちゃ美人な先生いたんだけど、見た?」
「そんな余裕なかったから見てない」
「あー、そういえば達見って、こういう時にちゃんと緊張するタイプだっけ。今もいつもより脈速そうだもんな!」
「なぜ僕の安静時の脈拍を知っているのか、なぜ見ただけで脈拍を測れるのかという疑問は聞かないことにする」
挙句の果てには、中学時代に周囲から『どこかズレた寒い奴』として嫌われていた冬先仁と時間を潰す始末。
屈辱だが、今こそ認めよう。僕はコミュ障だ。クソッ!新しい友達を作りたいのにその勇気が出ない!今の状況に甘え、冬先仁と会話をしている自分が恥ずかしいっ!
早くも高校生活、一度目の挫折。スクールカーストの底辺から空を見上げても、頂上は暗い雲に覆われ、見ることさえできない。
だが、そのときだった――。
暗雲が立ち込める高校生活に、一筋の光が差し込んだ。
「――あの、少しお時間いいかしら?」
前の席に座っていた女子がこちらに振り向き、声をかけてきたのだ。
クラスの女子と友達になる。それは青春を送るための第一段階であり、必須条件。どこかの高校では、女子と話すだけでスクールカーストを一気に駆け上がるとかなんとか。
これはまたとない機会だ。僕は大きな期待を抱きつつも、『女子と話すなんて当たり前だけどな』という澄ました顔で、話しかけてきた女子を見つめた。
彼女は腰辺りまで伸びる金色の髪を優雅に揺らしていた。その金髪は冬先仁の濁ったソレとは異なり、艶やかな黄金の光を放っていた。おそらく外国の血が入っているのだろう、端麗な顔立ちもどこか西洋らしさを感じた。
ただ、特に特徴的なのはその髪型。彼女の髪は左右で高く結われ、螺旋を描くように巻かれている。所謂、縦ロールというやつだ。物語に出てくる悪役令嬢かなんかがよくしている髪型。まさか現実世界にも存在していたとは。
だがこの際、そんなことはどうでもいい。友達を作れず、今にもスクールカースト底辺へ自由落下運動かと思われた僕にとっては、彼女が放つ黄金の光はまるで神の救済のように見えていた。そう、彼女こそが僕の救世主。
「ん、どうしたんだ?」
「これからお世話になるご学友の皆さんにご挨拶をと思いまして……」
「おぉっ!ご丁寧にどうもっ!」
冬先仁は我先にと救世主のお言葉に反応した。おそらくこの無礼者は『美少女に話しかけられた!もしかしてワンチャンあるのか!?』とでも考えているのだろう。ニヤニヤと気色悪い笑みを浮かべている。
「仁。お前は愚かだな」
「え、なに。なんで愚物認定?」
困惑する愚か者は放っておいて、僕は救世主に挨拶をする。彼女は今、一人の高校生として純粋に下界を楽しんでらっしゃる。これからは僕もただの同級生として振る舞うことにしよう。
「僕は淀橋達見。一年間よろしく」
「悪口言っといて無視!?俺ってそんな愚かなの?対応する価値のないほど?」
「淀橋君ですね。わたくしは八神朱里と申します。これから一年間、よろしくお願いします」
彼女は柔らかい笑みを浮かべながら、洗練された美しい所作で少しだけ頭を下げた。その笑みに、僕は不思議と暖かい何かに包まれたような安心感を覚える。なるほど、これが母性か……。
「お、俺は冬先仁ですっ!一年間よろしくっ!」
「うふふ。早速お友達ができて、すごく安心しました。わたくし、高校でもちゃんとお友達ができるか不安でしたの」
「それって俺も含まれてるよね。含まれてるよね!?」
「僕も不安だったからな。皆同じだろう」
「そう思うと、少し気が楽になりますわね。よし、これからはもっと積極的にお友達作りをしてみますわ」
「俺泣くよ!?このままだと俺泣くよ!?」
うるさいな冬先仁。何らかの犯罪的な手法で黙らせてやろうか。
「新しいお友達が二人もできて、わたくし嬉しいです」
「よ、よかったー。含まれてたー。合格発表ぐらい緊張したー。ほんとに安心したー」
「伸ばし棒多いな」
救世主こと八神さんが、挨拶を無視するなどという愚かな行為をするわけがないというのに、なぜ冬先仁は焦っていたのやら。まったく、八神さんに対する信仰心が足りないな。信じる、ただそれだけで救われる――。
「改めて、これからよろしくお願いします。淀橋君、冬先君」
「よろしく」
「よろしくなっ!」




