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0:100  作者: NVxxy
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5/8

◆5話

メッセージのやり取りが始まって3週間。


いつもなら私は、有能な技術者としての隙のない返信を維持するため、裏で生成AIのプロンプトを叩いては推敲を重ね、半日から丸一日という時間をかけて、慎重にメッセージを返していた。


だが、夜勤明けのライン工である彼が、何気ない「お約束の1枚」として自身の生写真を送ってきたその日、私の脳内の演算プロトコルは完全に破壊された。


彼が写真を送ってきた、わずか4時間後。


私は、自分でも制御できないほどの異常な焦燥感に駆られ、スマートフォンの画面を叩いていた。


いつもなら半日以上かけてAIに作らせていたはずの鉄壁の推敲を、完全に忘却して。


画面に表示された画像を目にした瞬間、私のすべての思考回路が凍りついていたからだ。


「え……? 嘘……でしょ……?」


そこに写っていたのは、私が勝手に想像していた「冴えない、薄汚れたおじさん」では断じてなかった。


白一色で統一された部屋の光の中で、カメラを見つめる男。


43歳という実年齢を完全に破壊するような、まるで30代前半にしか見えない、瑞々しく、どこか神秘的なまでに整った中性的な輪郭の美貌。


私は本能的に、画像のピクセルを限界まで拡大した。


加工の形跡は1ミリも見当たらない。スマホの外側カメラで撮影された、ごまかしが一切きかない本物の「生の写真」だった。


パニックになりながらファイルのプロパティを開き、埋め込まれたメタデータ——Exifのログへとアクセスした。


撮影日時、カメラの製造元コード、純粋なカメラのシステムログだけがそこにある。


(GPS: OFF)


位置情報のデータだけが、完璧に「オフ」にされ、綺麗に消去されていた。


自分の素性を圧倒的な生データで証明しつつ、追跡に繋がる致命的な足跡は冷徹にハイドしている男の知性。


「嘘……嘘、嘘。なんで……」


脳内が、激しい処理落ちを起こし、完全にフリーズする。


53歳の私にとって、目の前にある「30代前半の圧倒的な美貌を持つ、年下の男」という現実は、私の枯れ果てていたすべての女としての本能と、飢餓感のような承認欲求を、この上ない凶暴さで叩き起こす究極の劇薬だった。


男が見た目で圧倒的年下であるという事実。


それがもたらす歪んだ全能感に狂わされた私は、彼から要求すらされていないというのに、自分の写真を「2枚」も慌てて添付し、わずか4時間というパニック状態で送信してしまっていた。


「アセクシャル」という私の偽装の仮面は、一瞬で粉々にブチ壊された。


私の脳内で、制御不能な『恋愛脳』が爆発を起こす。


この規格外を確実に確保したい、今すぐ手に入れたい。


錯乱した私は、震える指で、今まで私をリードし続けてくれた生成AIの入力欄に、感情のままにプロンプトを打ち込んだ。


『今すぐこの男を確実に確保できるような、私を絶対に好きにさせる最強のメッセージを作って!!!』


だが、冷徹な論理システムであるAIは、さっきまで「冷徹に一歩リードしろ」と命じていた対象に対し、突然「感情を剥き出しにして確保しろ」という人間の矛盾した狂気的な命令を処理することができなかった。


カタカタと不気味な空白を返した画面の末尾に、見たこともない文字列のエラーコードが弾き出され、システムは完全にフリーズした。


私のハリボテの知性を支えていたシステムすらも、男の放った圧倒的な現実の前に、沈黙させられたのだ。


この瞬間。私の脳と、私の頼ったAIが同時にクラッシュしたこの一瞬こそが、盤面が100:0から、抵抗する余地もなく0:100へと完全にひっくり返された瞬間だった。


私は形振り構わず、震える指先で、全面降伏のメッセージをマッチングアプリの画面に狂ったように打ち込んでいた。


AIのプロトコルなど、もうどうでもよかった。だが、焦りのあまり直接打ち込んだその文章の冒頭には、人間の生の脳が露呈した、恐ろしいほどのバグが刻まれていた。


『素敵髪色ですね!年齢より全然若く見られませんか……?』


素敵髪色。


その、日本語として明らかに破綻した謎のワード。


いつもならAIの精密なプログラミングによって洗練されていたはずのテキストが、ただの一語で致命的にバグり散らかしている。


それこそが、私が知性を失い、男の網の中で無様に自滅した動かぬ証拠だった。


プライドも傲慢さもすべて消え失せ、ただ男の網の中で、哀れに命乞いをするように縋り付く。


『すごい……すごいです……! 私、今まで本当に失礼なことを言ってごめんなさい! お願いです、私のメッセージを無視しないで、もっとお話しさせてください……!』


自分が提示した「古いカルチャーの記憶」から、実年齢が「50代前半」であることを、男の数理脳に1ピクセルの狂いもなく完全に看破されているとも知らずに。


スマートフォンの画面の向こう側で、男がその自滅したメッセージを見つめながら、声も立てずに冷徹にニヤリと笑っていることなど、私は知る由もなかった。

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