4 学校の怪異1
彼女はバッグにあるファイルに入っている退魔の札を手にし、直文から予備のお守りをもらった。これで学校の中にいる怪異に狙われても対処できる。後どのように情報を収集していくかだが、校舎内から調べることになる。
探索のホラーゲームでは、建物を調べるのが定石だという奈央が言っていた。彼女は不思議に思いながら、玄関に向かう。
道中で見覚えのないセーラー服の少女の石像や見覚えのないボロボロの男子学生が奔って通り過ぎる。
上履きに履き替える余裕はない。現実では良くないとはいえ、ここは結界内の学校で本物ではない。遠慮なく入り、正面玄関から土足で上がる。
廊下を左右を見るが静かだ。生徒や先生の声がしない。放課後になると聞こえる床の軋む音や玉のぶつかる音。掛け声などもしない。まだ五月で明るいとはいえ、太陽が沈みつつある放課後の静かな学校は不気味である。
彼女と直文は廊下を確認するが、悪い気が漂っているだけで何かがあるというわけではない。
「……まず、何があるか。普段の学校と違う部分を探せばいいのですよね?」
「そうだね。何が違うのか、何があるのか。見ていこう」
二人は廊下を歩き出す。
学校の掲示板には連絡やポスターなどが貼られているが、おかしな部分はない。ポスターが怖い風になっているものはなく、床に異変はなし。静かな学校というだけでもおかしいのに、これ以上何処がおかしいのか彼女は気になっている。
学校の怪談というものがあるのは知っているが、今の彼女は学校の怪談がどんなものなのか理解しきれておらず、知識しかない。
学校の怪談。トイレの花子さんや二宮金次郎像にまつわる怪談は学校から来ており、多くの怪談が七不思議として語られることがある。
学校の七不思議とも呼ばれ、中には怪談めいた七不思議もある。特に、鏡にまつわる怪談や像が動くことはどこかで耳にすることがあるだろう。
直文も学校の怪談について知っているか、彼に聞く。
「直文さんは学校の怪談について何か知ってますか?
七不思議とか……トイレの花子さんとか」
「申し訳ない。前の俺なら知っていたかもしれないけれど、知らない」
「……すみません」
「ううん、はなびちゃんは悪くないよ。けれど、学校という場所で怪談の怪異は発生しやすいのだろう」
学校で怪談が起きやすいと聞き、彼女はキョトンとする。直文は話を続ける。
「建物や立地の風水の条件を抜きに、学校というのは人間社会の縮図という側面もあるから人の作り出す怪談の怪異はできやすいんだろう。特に、学校の怪談や七不思議と言われるものがあるなら余計にだ」
「……学校が人間社会の縮図……?」
不思議そうに聞くと、直文は話す。
「主には人間の動きだ。いじめ、諍い、窃盗、横取り。カタカナで、セクハラ、パワハラ、マウンティングっていうのもあるんだっけか。人間の悪い側面がこの狭い学校という場所でも起き、過去からこの先の未来まで続いているからできる。SNSがさらに行き渡ると、もっと酷いんじゃないかな」
淡々と教えられ、 ■は不思議と納得してしまった。
経験則というのだろう。彼女は自身が人から良くないことを受けたことを何となく把握する。名前を失ってから虐めを受けたのだろうと考えていると、廊下の壁に大きな姿見の鏡があった。
大きな姿見の鏡はわかりやすく置いてあり、二人にも見てわかる。その鏡は明らかに学校に置かれているものではない。そして、二人はその鏡を現実では見たことない。
「……鏡、ですね」
「ああ。けれど、現実の校舎にない。これは──」
姿見には二人がいる廊下を映している。二人が近付くと、鏡に一人のセーラー服の少女が現れた。鏡の前に立つように鏡の中から現れており、血色の悪い顔で二人を見ている。
「……えっ、人……?」
「いや、違う。あれは怪異だ」
直文が教えた。名無しの少女が通う学校の制服ではなく、近場にある高校の制服ではない。鏡の少女はゆっくりと手を伸ばして、二人に向かって指の腹を見せて、指し示す。何を指しているのか ■は不思議だったが、直文は気付いたのか背後を見る。鏡の中の少女が消えると、二人の間の遠くに鏡の中と同じセーラー服を着た少女が現れた。髪はボサボサであり、肌は黒い。何かをブツブツとつぶやいているような。手には包丁を手にしており、刃は鋭い。
名無しの少女は鏡の中ではなく背後にいる、二人は振り返ると、その少女は声を張り上げた。
「あ゛ああぁあァァァ──!」
濁った声を上げて包丁を掲げて刺そうと、少女は駆け出してきた。声にビクッとする ■の手首に直文の手が掴む。
「逃げよう!」
「っ! はい!」
名無しの彼女は直文に引っ張られながら廊下を走った。
複数の足音が響く。直文と引っ張られている ■。背後の包丁の少女が、二人を襲おうと追いかけてきているのだ。包丁の少女は間違いなく怪談の怪異だろう。しかし、何者なのかまではわからない。
包丁の少女は走りは早い。下手をすると ■が傷付くと彼は理解して彼女に声をかけた。
「はなびちゃん! 手にしている札を使うんだ!」
彼女は手にした札を見ると退魔の札だ。 ■は手にしている一枚の札を手放し、言葉を吐いた。
「っ退散……急急如律令!」
札が光り、包丁の少女を廊下の奥に吹き飛ばした。その間に、直文と ■は目を細めながら階段を上がって行く。階段を駆け上がる最中に壁に盛り上がるように人の形が浮き出ていた。一瞬だけ見ると苦しげに顔を動かしており、 ■は息を呑む。
適当な階層まで上がり、近くの教室に入った。入ると、直文は ■の手を放して窓と戸を急いで施錠した。刀印を組んで彼はつぶやくと周囲に波紋のようなものが広がり、空気が少しだけ軽くなる。
直文は息をついて、 ■に声をかける。
「……とりあえず、防音の結界も張って、ここを一時の安全地帯にした。けど、油断はできない」
「……っはぁ……はぁ、そう、ですね」
息を整え、 ■は体を震わせていた。札を一枚手にしていたが、彼女の判断が機転となったようだ。だが、今の彼女は命を狙われた体験は、初めてである。
心臓が恐怖と走ったせいで飛び跳ねており肩を上下させ、ブルブルと体を震わせていると両肩に手が置かれる。背後に振り向くと跪いて、不安げに見る直文がいた。表情が出ており、心配そうに見ている。
「大丈夫かい?」
「……大丈夫……いえ、やっぱり怖いです」
苦笑して申し訳無さそうにいい、彼女は体を抱きしめる。殺されるという恐怖を味わい、刃を向けられた。刃をが怖くない人間は多くない。気持ちを察してか、彼女の頭を優しく撫でる。
「大丈夫。俺が守る。君を守ると決めたから絶対に」
力強く言われ、温かで優しいものが体の隅々に行き渡るものを感じた。安心感というのだろうか。直文の顔を見ると、 ■から目線を放していない。顔が熱くなるのを感じ、彼女は照れながら微笑む。
「直文さん。ありがとうございます」
感謝をすると、直文は口元を少し緩め頷いた。呼吸を整えたあと、彼女は部屋を確認する。新聞部などが使う部室の教室であり、 ■は理科室じゃなくてよかったと息を吐いた。
骨格標本や人体模型などが、今の状況ではホラーだからだ。どうしようかと聞く前に、やることは一つ。
直文も同じことを考えていたらしく、携帯を手にした。澄の携帯番号の画面にし、通話を始める。スピーカー仕様にし、 ■にも聞こえるようにした。
通話の音もなく、すぐに出る。
《もしもし、なおくん?》
「もしもし、とおるちゃん。茂吉は?」
《学校にいないよ。『ほしがりさん』の女の妨害をし始めている》
「そうか。俺達は今さっき怪異に追われた」
話した途端、電話から大きな声が聞こえた。
《──っはなびちゃん!? はなびちゃんは大丈夫!?》
慌てている奈央に、隣にいる ■は返事をする。
「大丈夫だよ。真弓ちゃんと佐久山さんがくれた札でことなきを得たから」
《……よかった》
ホッとする奈央に、二人は顔を合わせて微笑した。




