3 学校敷地内で起こること
授業をすべて終えた放課後。名無しの少女 ■は疲れを感じていた。教科書とノートを仕舞っていく。五歳の頃の記憶だけあって大丈夫かと最初は思ったが、勉強面と日常生活に差し支えない。クラスメイトと話す時は奈央がフォローを入れてくれたりするが、話しかけられることが多くなった。高校二年生になってクラス替えがあったからと言うのもあるだろうが、彼女自身が明るくなったというのもあるだろう。容姿はさほど変わってないが、笑顔が増えるだけで違うのかと ■は考える。
彼女は教科書をしまい終え、バッグを手にする。外にある学校の図書館へと向けた。
記憶にないことを怪しまれない為に、事前に奈央から自分の行動パターンを聞いていた。部活がない時は図書館で勉強し、奈央の部活が終わるまでやっていた。実感はなかったが体は覚えていたらしく、今までの彼女は慣れたように勉強している。
今日も勉強をしようと下駄箱で靴を履き替えた。
玄関を出て歩きながら、彼女はあることを思い出していた。学校内で襲われた場合の対処だ。真弓と啄木が作った札をいくつか貰い、直文からもお守りを新調してもらっている。だが、直文のお守りや札でも守りきれないことはある。
もし声を聞いたとき、『ほしがりさん』が現れたとき、彼女はどうするのか考えた。図書館の前につき、彼女は中に入ろうと足を動かした瞬間。
背筋に悪寒のようなものが走り、周囲の雰囲気が良くないものとなる。彼女はびくっと体を震わせると。
[──ズルイ。ㇹㇱぃな、ソノタチバㇹㇱぃな]
「っ……!」
彼女は建物の中に逃げ込もうとするが、逆に腕を勢いよく引っ張られた。
「ひゃ!? っわ!」
頭に少し硬いものがあたり、彼女は驚いて目をつぶった。入ろうとしていた図書館の戸が勢いよく閉まり、ガチャリと音を立てた。施錠されたのだろう。彼女が図書館が勝手に閉まった模様に目を丸くし、背後の声を聞く。
「……良かった。間に合った」
ほっとした聞き覚えの声に、彼女は後ろに首を向けて表情を喜色に染めた。
「直文さん……!」
名を呼ぶと、直文は小さく頷いた。
文田和久の姿で淡々とした無表情であるが、眼鏡越しから見える瞳は ■を優しく見ていた。
悪い感じもなく、首からかけている勾玉のネックレスの紐が見えていた。本物の直文であり、彼がいるだけでも違う。 ■はほっとしていると、直文が抱き寄せてくる。守るように力強く、彼は周囲を見回す。
彼女も左右に首を大きく動かす。
駐車場に置かれている車と図書館。近くにある校門の方を見るが、道路や住宅街からは車の音と人の声は聞こえない。風に乗って聞こえるのは、葉っぱが擦れる音だけ。ヘリコプターや飛行機の音がしない。ただ気持ちの悪い空気だけが漂っている。
現実から生き物が消えたような風景であり、 ■は直文に質問をした。
「直文さん。ここは?」
「妖怪が住まう世界の黄泉比良坂……じゃない。黄泉比良坂に住まう妖怪の妖気と曖昧な境界線特有の感覚がない。何より、嫌な空気が漂っている。考えられるのは、ここは結界の中で、この結界に創作の怪異がいることぐらいか」
「……怪異、ですか」
今の彼女に覚えはないが、創作の怪異に何度か遭遇しているらしい。息を呑んで、 ■は直文に聞く。
「妖怪と怪異の違いはあるのですか?」
「ああ。妖怪とは理解不能な現象を引き起こす非現実的な存在。妖怪は基本的に人の思いや気に当てられて生まれる。名付けられて、呼ばれることでやっと形を得て妖怪となる。妖怪のような存在が生まれるケースは色々とあるけど、普通の妖怪が生まれるのはこれ。
怪異は現象を表すこと。形がある創作の怪異といえど、洒落怖や語られている創作の怪談の怪異はこちらだ。そして、年月が経って意志と力を持ち、姿と強い意志を形作ることができれば妖怪と言えるだろう。けど、ここの独特な気配からして創作怪談のようだ」
創作の怪異には明確な意志というものがなく、妖怪と言うには未成熟ということだ。花子さんや八尺様のように人々に多く伝播し、認知されていれば妖怪と言えるほどの意思と力を得る。しかし、形を得ることで存在するメリットとデメリットもある。
創作の怪異は怪談が本体である。故に、明確な力を得るには人々の伝播と多くの認知が必要となる。その怪談を知った後の恐怖心が怪異を生む元となる。どんな怪異かを考える前に、直文のポケットからバイブの音がする。
ポケットから携帯を出すと、手慣れたように操作をした。彼女にも聞こえるようにスピーカーの仕様にし、直文が声を掛ける。
「もしも」
《Hi! 放課後はドキドキキョウフ♪ あっちもそっちもYO〜KAI♪
そんな妖怪にようかい? 駄洒落は寒いけど、洒落怖は怖は怖い! ヒェェ!
お前の相方もっくんDEATH☆ なおくん! 向こう側でげん》
ぶつりというような音が響く。電話の声がけを遮り、茂吉の陽気な声が響くが、直文は容赦なく電話を切るマークを押した。そのあと数秒で折り返しが来る。再度、電話に出てスピーカーにすると、電話から茂吉の謝る声が聞こえた。
《もしもし、直文。ごめんって! ふざけすぎた!》
「次やったら着信拒否する」
《いや、本当に悪かったって!》
直文の怒った声色に茂吉は申し訳なさそうに謝る。結界や黄泉比良坂でも携帯ができるのは霊界通信の応用らしく、組織専用のようだ。茂吉の穏やかな声が響く。
《けど、お前が俺のおふざけに対応できるほどに余裕があるってことは、何とか間に合って彼女を助けられたのか》
「ああ、けど、彼女諸共結界の中に閉じ込められた。彼女だけを狙うつもりだったのだろう。俺のお守りが破けてしまったよ」
《……直文のお守りを破るほどに、相手はどれだけの力を得たのか。力の出どころが気になるな》
「本当だな。彼女を守ることだけ優先していたから、ほかを感じられなかった」
《守れただけでもよくやったよと思うけど、俺は》
「ありがとう。茂吉」
怒りをすぐに鎮めて対応をする場面は手慣れたもの。危険な状況でも余裕があるのは、共に場数を踏んだ信頼関係と経験だろう。茂吉からの電話では2つの声が聞こえた。茂吉は少し待つ旨を言うと、数秒後に別の声が聞こえる。
《はなびちゃん! 聞こえる!?》
「奈央ちゃん! 聞こえるよ!」
声を出すと奈央はホッとするように《良かった》と言い、また別の声が聞こえる。
《はなび。私の声もわかるかな》
「あっ、はい、高島さん。聞こえます!」
《……うん、無事で良かった》
声を聞いて澄は安心したように声を出すと、茂吉が《失礼》と声をかけて変わる。
《やっほ、すぐに俺に変わって申し訳ないけど……通信状況に問題はないとしても、すぐに妨害が入る可能性もある。俺は二人を連れてきた陰陽師を探し出して、妨害の妨害をする。捕まえられたらラッキーぐらいに思ってくれ。相手が手札を持っているかわからない以上、手出しは容易じゃない》
「つまり、連絡は田中ちゃんかとおるちゃんにすればいいのか?」
《そういうこと》
直文の指摘に茂吉は嬉しそうに言うと、澄の声が入る。
《二人とも、まずその学校を模した結界にいる怪談の怪異について調べてほしい。
普段なら、すぐになおくんが言い当てるだろうけど……今の彼に怪談の情報は持っていない。特徴的なものを掴んだら、すぐに電話をしてほしい。怪談にある程度詳しい奈央がそばで控えているから》
その遠くから《任せて!》という明るい声がした。奈央の明るい声と頼れる先輩の声を聞き、 ■浮かべる。自分には良い友達と先輩を持ったのだなとふっと思った。
次に茂吉の声がし、二人に話しかける。
《ということで、連絡は田中ちゃんか澄によろしく頼むよ。俺の方は出られないから。じゃあ、無事を祈っている。──直文。絶対に彼女を守れよ》
「わかってる。じゃあ」
真剣な茂吉の声に力強く返答し、直文は通話を切った。ポケットに入れ、空を見つめ、息をつく。
「……結界ごと破壊……というわけにはいかなそうだな」
「……そんなことできるのですか?」
驚く彼女に直文は頷くが、厄介そうに話す。
「できる。……けど、ここから感じる怪異の気配の系列が呪いめいているんだ。
ここで破壊しても、次の場所で同じことが起きるやもしれない。またこの場所で同じことが起きるかもしれない。それに、名前があるらしいこの場所で俺の力で破壊したら君の名前と君にどんな影響があるのかわからないから破壊も無理だ。外に怪異を出さないためにも、ここで俺達で終わらせないとならない。
そのために調査をしなくてはならない」
話を聞き、彼女は不安になる。つまり、直文と ■で学校の探索をしなくてはならなくなったのだ。




