寝不足
長らく更新できなくてすいませんでした。実家に帰った際に今使っているPCを持ち帰ったのですが、電源プラグを忘れてしまいまして。向こうで執筆している間に電池切れしてしまい、新潟に帰ってくるまで手が付けられませんでした。
すいませんでした。
お風呂から上がり居間に行くと、案の定律渦がソファーに座ってくつろいでいた。レポートはだいぶ落ち着いて来たらしく、出される量も減っているとのことだった。律渦は楽になったと喜んでいたが、しかし一方で私は、危機感に震えた。
レポートが減ったというのはおかしいのだ律渦に単位認定をさせるのには。何せ基本的に毎週講義はあるわけで、その都度欠席者には何かしらの措置が講じられると朱音さんから聞いた。それが目に見えて少なくなるというのは、すなわち教授達がレポートを出させる理由が無くなってきたからではないか、と思ったのだ。つまり―――もう猶予は少ないということだ。
すぐそこにある谷にまるで気付いた様子も無く、サスペンスドラマの展開に目を奪われている姉がもどかしくて―――私は背後から抱きついた。
「姉さん」
「わおぅっ」
音も無く忍び寄り、そしてわざわざ耳元で囁きつつもたれかかった私を振り返って、律渦が驚きの声を上げた。完全に意識外からの奇襲だったからだろう。驚きのあまり足がピンと伸びている。
「もぅ~、びっくりしたぁ。全然気づかなかったよ」
「……………………」
文句を言ってくる姉の首に腕を回しながらも、私は返事を返さない。その呑気な態度が、私の不安をより一層大きくしていく。
「……神楽?」
私の不安が伝わったのかもしれない。律渦はこちらを心配げな瞳で覗き込んできた。ごめんね。そんな表情をさせるつもりじゃなかったの。
私は何でもない、と頭を振る。
「ホントに?」
「うん。ちょっとのぼせちゃっただけよ」
そう返しながら、私は律渦を抱く手に力を込めた。
「姉さんって、柔らかいね。気持ちいい」
「ぅ……そう?なんだか照れるな……」
律渦から触れてきても、私からはあまり触れたことはなかった。こうして後ろから抱きしめるなんて初めてだろう。そんな慣れない状況に、律渦は言葉の通り、照れくさそうに頬を掻いていた。
だが私の心境は、そんな律渦とはまるで違った。
「………………………………………」
私はもやもやしていた。はっきりしない、何かと何かが曖昧に混じり合った感情。律渦に抱きついた動機からも、何となく察しはつく。
―――そして“俺”もう既に、その感情に定義をつけ終えている。
“私”が律渦に対して抱いているのは、怒りと不安。その二つだ。俺だったら「ごろごろしてる暇があったら六法全書にでも目ぇ通しておけば?」と上から目線で尻を引っ叩くところだが、“私”はあくまで律渦の機嫌を慮っている。それ故に、抱いた不安を吐き出す場が見つからず、果ては憤りまで湧いてきてしまう始末だ。だが、俺から律渦にどうこう言うことは出来ないし、そもそもするつもりもない。
「あぁ~、なんか眠くなってきた……」
律渦の瞼が無意識に下りていく。もう二、三分もすれば眠りに落ちるだろう。昨日だって、私が帰ってきたときには寝ていた。最近、夜更かしでもしているのだろうか。
「ここで寝ちゃうと、風邪引くかもよ?」
少し心配に思いつつも、せめて自室に向かうよう促す。が、律渦は嫌々するように首を振る。
「んぅ~……神楽がいれば大丈夫だよぉ」
「いつまでこうしてろと……」
口ではそう返したものの、別に他に予定があるとか、ましてや律渦から離れたいとは全く思っていない。むしろ私自身、心地好いぐらいだ。女の子は柔らかくて温かくて……。あらゆる些事を放り出させるような離れ難さがある。
だがそれを抜きにしても、私は律渦をこうして抱き締めていたいと思う。
「姉さん。私が一緒にいれば、大学にだって行ける?」
卑怯かな?と思いつつも、小さくそう訊ねてみる。
「あら?」
だがいつまで待っても反応が無い。顔を覗き込んでみると、その瞼は静かに閉じられていた。
「すぅ……すぅ……」
「ふぅ……んっ」
穏やかな寝息が肌に触れる。そのこそばゆさについ悩ましい吐息を漏らしてしまって、一人苦笑いを浮かべた。
「ただいまぁ~……」
と、その時。玄関からくたびれた掠れ声が聞こえてきた。聞き慣れたその声は―――
「母さん。おかえり」
「あぁ、部屋じゃなかったのね―――って、あんた何やってんの?」
母は律渦を抱きしめる私を見て、怪訝な……というよりちょっと引いたような表情をしている。
「ちょっといたずらで抱き締めてたら、寝ちゃったみたいなの」
「あんたって、そんなにお姉ちゃんっ子だったっけ?」
そう言って、母が私の頭に手を置いた。それだけでなく、指に力を加えて何かを掴み取った。
ウィッグが外れ、青年らしい短い無造作ヘアーが現れた。
「……さっきまではな」
“俺”はそう低い声で返しながら、律渦からスッと身体を離した。
「ふぅ~ん……。前は冗談かと思ったけど、案外出来ちゃうもんなのねぇ」
「何の話だ?」
独り言だっただろう要領を得ない呟きに、しかし訊き返す。
「アンタの話」
「訊いてんだから解り易く答えろよ」
その答えにどう訊いても核心を聞けなさそうと踏んで、俺は足音を立てて踵を返した。
居間から出る直前。背中に母の声が付け足された。
「お風呂もう入ったの~?」
「あぁ。律渦は頼んだ」
適当に答えて自室へ向かう。姉の匂いが移った服を引っ張って顔を顰める。
姉の―――律渦の痕跡。
普段は大して気にならない筈なのに、今は早く着替えたくて仕方が無かった。
「律渦を頼んだ、ねぇ……」
「流石に、ちょっとは変わってきてるってことかな」
昨夜―――。
神楽の部屋の扉が、蝶番の立てる小さな悲鳴を零しながら開かれた。
「………………」
深夜二時に訪れた非常識な来客は、部屋の主に気付かれないよう足音を殺した摺り足で、部屋の角に置かれたベッドへと歩み寄っていく。
長い髪が、僅かに入り込んだ月光に透けて輝く。
「やっぱり、もう治ってるんだね……」
細いシルエットがしゃがみ込み、布団に横たわる青年に皮肉げな視線を向けた。
「ごめんね。確かに、まだ男の人は怖いよ。でも街に出て、大学に行くのは無理じゃないの」
二つの影は動かず、静かな一人の呟きが部屋の床を転がっている。
そこにもう一つ、色の違った言の葉がはらりと舞い落ちた。
「神楽……もう優しくしないで」
次回はもう少し早く書いて上げたいですが、如何せん実習があります。遅くなるかもしれませんし、上げても短くなるかもしれません。
ストーリーは終盤に入っています。結末も既に頭の中に出来上がっていますので、ちゃんと第一章完結が達成出来そうです。




