教授その弐
義務感だけで書きました。
やや落ち着かない気分のまま、私達はもう一人の教授の元へと足を向けた。道中、清掃員のおばちゃん達に挨拶しつつ、次に会う教授についての事前情報を教えてもらった。
「名前は渡辺真弓。名前の通り女性よ。刑事コースの人で、現役時代は数少ない女性検察官だったそうよ」
そう言ってグイッと手に持った缶を傾け、中の液体を喉の奥に流し込んだ。眠気は深まる一方らしく、さっきから眉間を揉んだり頭をトントン叩いたりと、どうも落ち着かない。
「朱音。眠い?」
麻里さんが心配そうにそう訊く。ちなみに、朱音さんの飲んでる缶コーヒーを買ってきたのは麻里さんだった。
「えぇ、大丈夫よ。ありがと」
そう言って缶コーヒーを掲げる。これのお蔭だ、ということらしい。
朱音さんが眠気を堪えている、という姿も珍しくて目につくのだが、それよりも私は、缶コーヒー片手に語る姿が中々に堂にハマっていて、ちょっとかっこいいなと思っていた。女性警察官―――。
こんな人になら、捕まっても清々しいだろうな……。
「見た目は優しそうだけれど、礼儀にはかなり厳しいわ。どんな相手にもズバズバ言うし。それに剣道部の副顧問をやっていて、五段を持ってるそうよ。律渦を熱心に誘ってたわね」
「中々にアクが強そうですね……」
五段か……。それは気も強いわけですね……。道場で見る高段位の女の人は、見た目によらず大抵言うこときついし。
「さて、そんなことを言っている間に着いたわけだけど」
麻里さんが後ろから前方を指差した。木箱や机が廊下の端を点々と縁取っている中に、その扉はあった。そこは他の扉とは違い、段ボールや棚が置かれておらず、扉自体の色合いも若干明るい感じがする。
「ここだけ物が置かれてませんね」
私の言葉に、麻里さんが声を抑えつつ答えた。
「さっきの話の通りの人だからね」
麻里さん。そんなおっかなそうな顔しないでください……。
「いくわよ」
そんなやり取りをしているところに、朱音さんが釘を刺してきた。途端に気を引き締める私達。
朱音さんが扉をノックする。
コンコンッ
硬質な音が耳に届くと、部屋の内側に同様に響く様子が思い浮かぶ。想像通りに内部の人間に音が届いたことを証明するように、中から女性のものである声が聞こえた。
『少し待っててください。今開けますから』
柔かい応対用の声色ながら、芯の通った響きやすい声だった。
ガチャリという音と共に扉が開く。九十度に開かれた扉の内側には、想像とは少し違う印象を受けるものの、聞き及んだ特徴を確かに備えたご婦人がいらっしゃった。
―――それにしても、尊敬・謙譲・丁寧の区別が未だつかない私には、一個前の文章で使った敬語表現が、果たして適切なのかおかしいのかどうかが判らない!誰か教えて!多分すぐ忘れるけど!
「あら、一年生ですか。珍しいわね」
「こんにちは。渡辺先生」
私達三人を見てやや不思議そうにそう呟いた女教授に、朱音さんが挨拶で応対する。
「こんにちは、三島さん。それで……今日は何の用で?」
普段あまり会わないのだろうか、やや事務的な調子での会話に見える。あんなに人となりを把握されていたにもかかわらずだ。
「今度の水曜日の講義のことで、頼みたいことがありまして」
朱音さんはそう言うと、指し示す様にこちらに視線を遣る。
「彼女を講義に参加させたいのです」
立ち話の段階で本題を口にしたので、やや急ぎ気味なのでは?と思った。立ち話でさらっと済ませられる話なのか、私は判断しかねるのだが……。
そう胸中で首を捻っていると、渡辺教授の視線がこちらを向いた。
「彼女とは、この娘?」
検分するような冷たい視線に晒され、自覚しない程度に気分が悪くなる。それを表情には当然出さずに微笑みで対応する私に、彼女は訊ねてきた。
「名前は?」
「樋江井神楽です。姉の律渦がお世話になっております」
私は礼節通りのつまらない返答を返した。すると、思い出そうかとするように「樋江井ねぇ……」と呟いてから、ぼそりと零した。
「そう。あのサボりの……」
ポキッ
瞬間的に握り締めた拳が、嫌な音を立てた。幸いあまり響かなかったようで、渡辺教授には聞こえてない。朱音さんは気付いたようで、僅かにこちらに目線を寄越したが。
しかし朱音さん。律渦をサボり扱いされたのですよ?何も知らないこの人に。私がその程度の自己完結で済ませられる程の人格者であるわけないでしょう?
「はい、そのサボりの樋江井の妹です。今回は理由あって、先生の講義に臨時参加させていただきたく、こうして怠けた足を運ばせていただきました」
私は思いの外滑らかに動いた舌で、敬語と皮肉を織り交ざった奇妙な台詞をぺらぺらと紡いだ。麻里さんが頬を引き攣らせているが、それは見なかったことにしておく。
渡辺教授はやや驚いたようで目を僅かに見開いたが、それだけだった。確認するように、台詞の一部を復唱する。
「そう、理由あって、ね……」
「どうでしょう?」
朱音さんが訊いた。私は黙って反応を待っていた。
「……。どんな理由があるか判らないけど、私の講義は知られて困ることを扱ってるわけじゃありませんから。参加はしていただいて構いません」
許可が出たことに、私は一応の安堵の息を吐いた。
「ありがとうございます」
朱音さんに続き、私も頭を下げる。一応感謝はしよう。先程の皮肉は取り下げる気はないが。
「では、私達はこれで」
朱音さんが言い、扉から一歩離れる。
「はい、気をつけて帰ってください」
渡辺教授は薄っすらと笑みを浮かべると、挨拶と共に扉を閉めた。
帰りの車の中で、私は朱音さんから注意を受けた。
「いくら敬語を使ってるからと言って、あんなあからさまな皮肉を言うなんて失礼よ」
「すいません」
謝ってはいるが、反省はしていないことが伝わったのか、ふっ、と溜息を吐く朱音さん。その後ろから、麻里さんも言ってくる。
「しかもあの時の神楽ちゃん、凄い怖かったよ?なんか笑ってるのに怒ってるのが見え見えで」
「あら……修行不足でしょうか」
「何の!?」
そう冗談を返しつつも、麻里さんの言葉には正直堪えた。まさか自分が怒ったなんて……。たったあれだけの台詞で血が上るなんて、まるで子供じゃないか。
「次は悟らせないよう、頑張りますっ!」
「その努力はなんか間違ってる!」
いや、ポーカーフェイスは法学部生にとっては割と必要だと思いますが……。
麻里さんのキャーキャーと甲高い声を聞きながら、私はそう胸中でひとりごちた。
このシーン書いてて全く面白くなかったのは何故でしょう?




