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律渦は災禍  作者: sniper
第一部
21/27

教授その壱(2)

さて、前回の活動報告通りに更新できました。

室内に通された私達は、その部屋の惨状に思わず眉を顰めた。麻里さんなんかはあからさまに「汚っ」て顔している。朱音さんもあまり気分が良くはなさそうだ。しかし私は二人とは違い、そこまで片付いていないとは感じなかった。

壁が本棚で覆い隠され、二つしかない窓ガラスには新聞の切り抜きが貼り付けてある。床に直に積まれた新聞紙と雑誌。端に穴があけられ、ビニール紐で束ねられただけの簡素な冊子まである。スチール製の安っぽい執務机には、まだ書きかけらしき原稿用紙と、微妙に開かれたノートパソコン。その脇のピンクの珈琲カップからは、まだ淹れて間もないのか、白い湯気が立っていた。机上には物が少ないが、床には問答無用で置かれている。足の踏み場がちゃんと人数分あるのが不思議だ。

そんな見るからに雑然とした有様なのに、私には何故か、何処か秩序だった空間に思えたのだ。

「いかにも……って感じね」

「あ、解る?」

私の呟きに、男性は嬉しそうに反応した。まるで理解者を見つけたような表情だ。

彼は「ちょっと待っててくれ」と告げると、隅に置かれた長テーブルを引っ張り出し、パイプ椅子を並べて即席の応接スペースを作った。

「座ってて。今珈琲淹れるから」

朱音さんが断ろうとしたのか、眉を顰めたまま口を開こうとするも、そんな暇は与えずに踵を返す。人の話を聞かない人らしい。

本棚の一角からカップを三つ取り出すと、雑誌に影にあった珈琲メーカーから湯気の立つ黒い液体を注ぐ。直接三つも持ってくるのか、それともお盆にでも載せてくるのかと思ったら、なんと適当に抜き取った本の上に乗せて運んできた。それいいの?

彼は意外なバランス感覚で一滴も零さず運んでくると、私達の前にカップを置きつつこう言った。

「いらっしゃいお嬢さん方」

何故か誇らしげなキメ顔でそんな台詞を吐いた男性を、朱音さんが冷めた目で見下ろした。位置的には見下ろされる側なのに見下ろしてるように見えるのは何故だろう。雰囲気ってすごいね。

流石にその視線に耐えられなくなったのか、盆代わりにした本を足元の雑誌の上に放って、私達の目の前に座った。ちなみに座り順は、右から麻里さん、朱音さん、私だ。

「はぁ……。初めましてもいることだし、一応名乗っとくか。俺は高倉清治。見ての通り教授だ」

自分が見ての通りだと駄目人間なのが判らないらしい。そんな紹介をされた。

作り笑いを浮かべつつただ聞いていた私に、朱音さんがこちらに目線を寄越す。私も名乗れとのことらしい。

「初めまして、高倉教授。私は樋江井律渦の妹、神楽と申します。高校二年生です」

「これはご丁寧にどうも。―――あぁ~、誰かに似てると思えば律渦の妹か。道理でねぇ……」

何が道理なのか、こちらを興味深げに眺める高倉氏。あの、そんなに見られると流石に気持ち悪いのですが……。

「さて」

挨拶も一段落したところで、朱音さんが代表者らしく早速、交渉の鯉口を切った。

「突然だけど、水曜の講義にこの娘を参加させたいの」

「ん?」

この娘、と言って誰かというのは考えるまでもなく私だろう。朱音さんは私の肩に手を置いて、再び言葉を紡ぐ。

「律渦を救うために、この娘が必要なの」

今の律渦の状態を知っていたとしても、たったこれだけ言われただけでは意味が解らないだろう。当然、この次にはどういうことかという説明を求められるものと思っていた。

「そうか。別にいいぞ」

だから、こうもあっさりと、理由も訊かずに許可を出したのに、驚きを禁じ得なかった。

「あの……いいんですか?」

思わず訊ねる私に、高倉教授はニカリと笑みを浮かべた。

「逆に何で悪いんだよ。断る理由が無い」

その気持ちのいい言い切りに、こちらも微笑みが零れた。しかし彼はすぐにその笑みを引っ込めると、先程とは違った、ニヤニヤと別種の笑みを浮かべた。

「それに別嬪さんが一人増える。むしろ喜ばしいことじゃないか」

……どうもこちらが本心のような気がする。というか断る理由が無いのはそのためか?う~ん……。どうも真意が掴めない人だ。

「……ありがとうございます」

とりあえず許可してもらえたので、お礼を告げる。

「おぅ、感謝しろ」

顎をしゃくった上から目線でそう返してくる。一応私、この人と初対面だよね?それにしては馴れ馴れしいというか……。

「……もしかして、私と律渦って似てます?」

無意識下で何かを感じたのだろう。そんな問いが、自然と口から零れていた。

「ん?んぅ……」

問われた高倉教授は、不思議そうにしながらも思案するように顎を捻る。

「そうだなぁ……。雰囲気が違うが、それを除けばよう似とるよ。別嬪さんだし」

その別嬪さんっていうのがますますオヤジくさい。顔はよく見ればそこそこ若々しいのに。

それにしても、律渦のことよく見てるんだなぁ。担任という制度が無い以上、特定した生徒と毎日顔を合わせる訳でもないのに。

私は気になり、個人的な事柄ながらも訊いてみることにした。

「姉さんとは、よく話してたんですか?」

「ん……あぁ。よく講義内容やらレポートのことで質問に来とったよ。真面目なことに、そんな生徒は律渦以外にも何人かいたから、特別よく話してたわけじゃあないけどな」

流石は法学部だ。ネットでよく見かける大学生達とは、やはり格が違う。

「私とは大違いですね……」

そして“神楽”ともやはり違う。はるか上の次元で生きている。“俺”ならいくら理解出来ないことがあっても、訊くという選択肢は取れない。そもそも根源的な意欲が無いからだ。夢を謳い、その動機も事細かく語ったところでそれは後付だ。付加的で打算的な―――それこそ収入だったり、保障だったりといった理由が、申し訳程度の神輿に腰かけている。

「私は……姉さん程の必死さはありませんから」

苦笑を浮かべて、言われても困るだろうと思いつつも悩みの片鱗を零した私に、高倉教授は寝癖だらけの髪の毛をかき混ぜながら言った。

「ふぅ……ん。まぁ~、多感な時期だ。色々と悩みたまえ―――少年」

「えっ……?」

私は自分の呼吸が無意識に止まるのを感じた。

最後に聞こえた単語が脳内で繰り返される。

―――少年。

そのさり気無さに引っ張られて、聞き間違えたのかと思った。しかしその声は妙にはっきりとしていて、聞き間違えたとは思えなかった。心臓が風船に押し潰されていくような、どうも覚束ない不安を感じた。

「あの、高倉教授―――」

そのもどかしさに放っておく気にもなれず、思い切って問い質そうと腰を上げかけた―――

「そろそろ時間よ」

―――ところで、朱音さんが口を挟んだ。

「っ!」

息が止まる。

頭が冷え、ここには自分以外に“私”を知る人がいることに気付かされたことで、不明瞭だった不安がはっきりとしたものになった。朱音さんは先程の教授の言葉をどう取っているのか。気になるが、それを問うには状況が適してなかった。

「教授。お忙しいところ時間を取らせていただき、ありがとうございました」

丁寧かつ他人行儀な態度で頭を下げる朱音さん。麻里さんが慌ててそれに続いているが、私は先程の動揺を引き摺り、未だ反応出来ずにいた。

「神楽ちゃん」

声をかけられて、ようやく意識が現実の時間にはまりこむ。私はやや慌てつつも、傍らからの催促に従い、頭を下げた。

「あっ、はい……ありがとうございました。よろしくお願いします」

「おぅ、またな」

高倉教授はそうぶっきらぼうに言うと、盆代わりに使っていた本を無造作に開いた。

まだまだ書くことが溜まってることに安堵と絶望が同時にあります。まだ終わんない……。ていうのと、書くことに困らないなぁ……。ていうのが。

なるべく安堵感を意識して書いていこうと思います。

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