第2話:『海面下の衝撃(後編)』
ついにタコ文明と人類がぶつかるっ!?
日本近海の荒海を、小型の漁船「第十八代吉丸」がエンジン音を響かせて進んでいた。
この海域は古くから豊かな漁場として知られ、とりわけタコ漁においては世界有数の水揚げ量を誇る場所だった。甲板では、漁労長の男が波しぶきを眺めながら、無線から流れる気象情報をぼんやりと聞いていた。
『――繰り返します。本日未明より、三陸沖を中心とする沿岸部において、原因不明の局地的海流の乱れおよび、通信障害が発生しております……』
「まったく、最近の天気予報は当てにならん。また黒潮の気まぐれかよ」
男は鼻で笑い、灰を海の底へとはたいた。
人間たちは、地球の異変をまだ「異常気象」や「海底火山の活動」の範疇だと信じ込んでいた。自分たちの足元で、日頃から自分たちが大量に捕獲し、食卓に並べているタコたちの本拠地がすぐ直下にあり、その同族たちが牙を剥いているなどとは、微塵も想像していなかったのだ。
だが、その船底のすぐ真下――水深数百メートルの暗闇で、マダラとタコワサが率いる突撃部隊が完璧な包囲陣形を敷いていた。
部隊長であるマダラは、深紅のまだら模様を誇示するようにギラつかせながら、副隊長であるタコワサにシグナルを送る。
『タコワサ、見ろ。あの愚劣な害獣どもが乗る、ちっぽけな浮遊物だ。我々の同族を日々網ですくい上げ、茹で、叩き、食らい続けてきた張本人どもの乗り物だな』
『複雑な奇策など必要ない。我が軍の拠点であるこの海域を汚す者どもへ、純粋な肉体の暴力を見せつけてやれ』
インテリ気味のタコワサは、冷静に周囲の海流の密度を計算し、冷ややかな瞳でうなずいた。
『了解しました、マダラ隊長。……無駄なエネルギーは使わず、一撃で海の底へ沈めます』
タコワサの統率のもと、配下のタコたちが一糸乱れぬ動きで外套膜を大きく広げた。
吸水漏斗に海水が極限まで溜め込まれ、水の密度を利用した圧倒的なエネルギーが充填される。
「おい、親方……なんか、船のまわりが妙に静かじゃねえか?」
若い船員が、操舵室から不安そうに顔を出す。エンジンの回転数が妙に落ち、波のうねりとは違う、不気味な水圧のうねりが船体を包み込んでいた。
「なんだ? 海底のゴミでも引っ掛けたか」
漁労長が足を踏み出した、その瞬間。
海面が突然、激しく盛り上がった。
マダラの号令とともに、タコ部隊の吸水漏斗が一斉に開放される。
ドゴォッ!!
音速に近い水の弾丸――「タコ足水流」による超高圧のジェット砲が、漁船の船底を正確に打ち抜いた。
鉄板が容易く引き裂かれ、凄まじい勢いで海水が吹き込む。爆発音すらない。ただ、物理的な水の暴力が、人類の作った小さな鉄の塊を内側から粉砕したのだ。
「なっ……なんだこれ、底が――っ!」
悲鳴を上げる間もない。
水圧に押し流される船内で、容赦なく伸びたタコたちの腕が船体の骨組みごとすべてを押し潰していく。特別なハッキングも、潜入も必要なかった。ただ純粋な筋肉と水流のパワーだけで、漁船は木端微塵に破壊され、冷たい海中へと引きずり落ちていった。
数秒後。
三陸沖の海面には、わずかな油膜と木くずが浮かぶだけで、そこに「吉丸」の姿は跡形もなく消え失せていた。
海底の暗闇で、マダラとタコワサは静かにその光景を見下ろす。
『排除完了。……日本近海でタコを漁る者どもへの最初の見せしめとしては十分だな』
『各個体へ伝達。これより、本拠地周辺の太平洋沿岸部において、同様の漁船および近海船舶の徹底的な排除(ローカル封鎖)を継続する』
世界中がパニックに陥るにはまだ早い。
人間たちが「最近、地元の漁船の行方不明が妙に多いな……」と、ニュースの片隅で首をかしげているその裏で、日本近海の海中では、タコ帝国による冷徹な「水揚げの復讐」が着々と進められていた。
(第2話・完)
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