第6話『撤退の横須賀、明かされる絶望(中編)』
暗号化された回線を介した日米首脳による極秘会談。 画面に映るアメリカ合衆国大統領・ジョン大統領の顔には、世界の覇者としての余裕は微塵もなく、ただ冷徹な現実を前にした強い焦燥が張り付いていた。
その傍らで、ペンタゴンを代表して同席するリー将軍が、重々しく資料を掲げる。
『ユデタコ・プライム・ ミニスター。事態を過小評価してもらっては困る。横須賀に撤退した「きりさめ」と「ジョン・ポール・ジョーンズ」の被害状況は深刻だ。軍艦の装甲が内部から引き裂かれ、数名の負傷者が出た。……だが、それ以上に深刻なのは、奴らが我々の戦力を「全滅させようと思えばいつでもできた」という事実だ』
日本側の極秘通信室。 画面のこちら側で、茹蛸総理大臣は冷や汗で濡れた額をハンカチで拭いながら、か細い声を絞り出した。
「な、何を言っているんです、ジョン大統領……! 中国の秘密工作ではなく、タコ……海洋生物が我々の自衛隊艦艇を襲ったというのか? そんな馬鹿な話が、国民や野党に通じるわけがない! もしこれが明るみに出れば、私の支持率は完全に崩壊し、政権が吹っ飛んでしまう!」
茹蛸総理は、党内の派閥抗争の顔色を窺い、常に「世論の批判をどうかわすか」ばかりを考えてきた優柔不断な政治家だった。目の前で世界がひっくり返ろうとしているというのに、彼の脳内を占めているのは依然として「次の選挙と自分の政治生命」の維持だった。
その総理の情けない態度に、画面の向こうでジョン大統領が鋭く眉をひそめた。
『政治的基盤だと? 政権の維持だと……!? ユデタコ、君は目の前で何が起きているか分かっていないのか! 海の底の知性が、人類の生存圏に牙を剥いたのだ。このままでは太平洋の制海権だけでなく、地上のインフラ、エネルギーの輸入路のすべてが奴らに完全に握られる。政治家としてのメンツなど、人類が絶滅すれば何の価値もない!』
大統領の叱責に、茹蛸総理は肩をびくりと震わせた。 だが、その横で、防衛の現場を預かる側近の幕僚や、アメリカ海洋研究所の異端児・スコッチネルが割って入るように通信画面に近づいた。
スコッチネルは白衣のポケットに手を突っ込んだまま、冷ややかな失笑を漏らす。
「大統領の言う通りだ、日本のオフィサー。アンタの保身に付き合っている暇は、地球上の誰にも残されていない。……我がチームが回収した生体組織の断片、そしてさきほどの艦隊戦のデータを見てみろ」
スコッチネルが手元の端末を操作し、日米の首脳が共有するモニターに一つの解析図を映し出した。 そこにあったのは、三陸沖の海底を起点として、日本列島の太平洋側沿岸をすっぽり包み込むような「巨大な赤い包囲網」の予測シミュレーションだった。
「奴らの狙いは一時的な威嚇じゃない。日本の太平洋側、そして北米西海岸に至るまでの全海洋インフラの完全封鎖だ。数日以内に、海上輸送は完全にストップし、エネルギーも食料も輸入できなくなる。……そうなれば、日本という国家は戦闘すらすることなく、内側から干からびて自壊する」
首相官邸の通信室に、鉛のように重い沈黙が落ちた。 茹蛸総理はブルブルと唇を震わせ、自分の足元が音を立てて崩れ去っていくような強烈なめまいに襲われていた。
「そ、そんな……。では、我々はどうすればいいというのだ……。自衛隊を出しても勝てず、隠そうにも隠しきれないというなら……!」
ジョン大統領は険しい表情のまま、リー将軍とアイコンタクトを交わし、極めて重々しく告げた。
『……世界を欺く隠蔽工作はもう不可能だ。だが、パニックを起こす前に、我々は「隠された同盟」を結ばなければならない。アメリカ、そして日本――。この太平洋の防波堤となる両国が手を組み、人類の総力を挙げてこの「深海の覇者」への対抗策を講じる。ヨーロッパやその他の列強をも巻き込むための極秘同盟の草案を、今すぐ作成する』
茹蛸総理は青ざめた顔のまま、目の前の選択肢が「全面降伏」か「絶望的な共同抗戦」の二つに一つしかないことを悟り、震える手でうなずくしかなかった――。
(つづく・後編へ)




