第6話『撤退の横須賀、明かされる絶望(後編)』
すみません
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暗号回線越しに行われたアメリカ大統領との極秘会談から数時間後。 東京・永田町の首相官邸、その最奥にある総理執務室の空気は、鉛のように重く冷え切っていた。
「……隠す。隠し通すしかないんだ!」
茹蛸総理大臣は、血走った目を剥き出しにしながら、側近の官房長官と防衛省の幹部たちに向かって声を荒らげた。彼の額には、冷や汗が滝のように流れ落ちている。
「君たち、考えてもみろ! 『三陸沖で日本の護衛艦がタコの大軍に襲われ、ボコボコにされて逃げ帰ってきました』などと発表したら、野党やマスコミがどう飛びつくか! 『政府の危機管理能力ゼロ』『総理の頭が茹でダコになったか』と大合唱が起き、私の支持率は一瞬でゼロ%に叩き落とされる! 党内の次の総裁選の椅子なんて、影も形も残らんのだ!」
官房長官は青ざめた顔のまま、ペンタゴンから送られてきた戦慄の被害データと、スコッチネルの警告書が挟まれたバインダーを震える手で抑えた。
「しかし総理……! アメリカ側は『もはや世界的な情報隠蔽は不可能であり、欧州諸国とも極秘同盟を組むべきだ』と強く主張しています。それに、横須賀に撤退した『きりさめ』の乗組員や米軍関係者だけでも数百人がこの事実を目撃しているのです。いつまでも口裏合わせで蓋ができる規模ではありません!」
「できる! やるんだよ!」 茹蛸総理はテーブルに両手を叩きつけ、必死の形相で言い張った。 「アメリカには『共同で一時的な情報統制を行う』と約束させた! 表向きの発表はこうだ――『三陸沖における謎の地殻変動および、中国軍による新型電磁パルス兵器の海上実験の疑いがあるため、安全確保として同海域への全船舶の無期限・無条件の航行禁止令を発令する』……これでいけ!」
総理の頭の中にあるのは、国家の存亡よりも「来週の支持率調査」と「党内派閥からの突き上げをどうかわすか」という保身の二文字しかなかった。 どれだけアメリカが脅しをかけようとも、目の前の政治的危機(自分の失脚)のほうが、彼にとってはよほどリアリティのある恐怖だったのだ。
その総理の情けない姿を、防衛の現場を背負うベテラン・海洋護の連絡を受けて同席していた自衛隊の幕僚たちは、冷ややかな、そして絶望的な目で見つめていた。
(……この期に及んでまだ政治の保身か。現場の隊員たちは命がけで海の底の怪物の爪牙を耐え抜いてきたというのに、最高司令官がこれとはな……)
幕僚が怒りを押し殺すように拳を握り締めたその時、官邸の廊下から、慌ただしい足音が響いてきた。
「と、総理……大変です……!」
息を切らした別の側近が、青白い顔のまま執務室に飛び込んできた。
「なんだ、見苦しい! 報告なら後にしてくれ、今まさに我が国の安全保障の――」 「ち、違います! 外務省のホットラインに、フランスの大使館から緊急の連絡が入りました……! パリのエリゼ宮から直接、日本の外務大臣宛てに……」
茹蛸総理の動きがピタリと止まった。 「……フランスから? なぜだ」
側近は震える声で、タブレット端末を総理の目の前に突き出した。 そこには、フランスの最高権力者である女傑・マリーネの鋭い眼光を捉えた、緊急外交特使の画面が映し出されていた。
『――ユデタコ・プライム・ミニスター。そちらの三陸沖で何が起きているのか、我が国の情報機関(DGSE)はすでに全容を掴んでいる。隠蔽工作など無駄だ』
パリから突きつけられた冷徹な一撃に、茹蛸総理は言葉を失い、その場に崩れ落ちるように椅子へと腰掛けた。 日本国内だけの隠蔽など、最初から世界の情報網の前には何の意味もなさなかったのだ。
地球の海を揺るがす「深海の覇者」の脅威は、ついに隠しきれない破局となって、ヨーロッパの列強をも巻き込み始めた。
(第6話・完)
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