第5話:『白衣の異端児と自衛隊の戸惑い(中編)』
第5話:『白衣の異端児と自衛隊の戸惑い(中編)』
三陸沖の荒海を切り裂くように進む海上自衛隊の護衛艦「きりさめ」。そのすぐ斜め後方を追うように、米海軍の最新鋭アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦「ジョン・ポール・ジョーンズ」が重厚な巨体を滑らせていた。
日米合同による「海洋調査および沿岸警戒」の表向きの布陣。だが、その実態は、ペンタゴンが派遣した異端の研究者スコッチネルを護衛し、三陸沖の連続消失海域を徹底的にスキャンするための特命艦隊だった。
「きりさめ」の艦橋で、海上自衛隊のベテラン・海洋護は、窓の外を並走する米軍駆逐艦の威容を横目に見ながら、小さく息を吐いた。
「……やれやれ。まさか米軍の最新鋭艦まで引き連れての共同調査になるとはな。総理は『中国の秘密工作を牽制するための外交カードだ』と息巻いていたが、現場の我々からすれば、アメリカの変わり者科学者を一人乗せただけでこの大騒ぎだ」
護の隣で、若い幕僚が恐縮したようにタブレットを操作しながら報告する。 「ですが護さん、あの米国人の学者……スコッチネルとか言った男の持ち込んだ機材、艦艇のソナー網とは完全に独立しているんですが、どうも妙なデータを拾っているようです」
「妙なデータだと? 自衛隊のイージスシステムや艦底ソナーには、この海域は『異常なし』と出ていたはずだが」
「はい。軍用のソナーやレーダーは、海底の岩肌や魚群、通常の船舶以外の反射を捉えない仕様――あるいは何らかの高度な隠密性の前には完全に無力で、画面上は何も映っていません。ですが、スコッチネルが持ち込んだ旧式の電磁パルス・水温観測センサーだけが……」
その時、艦橋の自動ドアが再びけたたましく開き、当のスコッチネルが白衣を無造作に翻しながらズカズカと入り込んできた。その後ろには、アメリカ軍の通信士官が青ざめた顔でついてきている。
「おい、日本の司令官! のんびり外の景色を眺めている暇があったら、全艦に回避の準備をさせろ!」
スコッチネルは護の目の前まで歩み寄り、手元の古いモニター画面を叩きつけるように突きつけた。そこには、視覚的な生物の姿など一切なく、ただ不気味に跳ね上がる異常な数値グラフと熱量の波形だけが映し出されていた。
「アンタたちの自慢のイージス艦のモニターを見てみろ。どこもかしこも『異常なし』の平和な海原だろ? だが、私の手製センサーが拾ったこの熱量とエネルギー消費の数値を見てみろ――この海域の底で、人間の作り出したいかなる機械の出力をも凌駕する『巨大な質量』が、信じられない数で一点へ向かって移動している!」
護はそのグラフの跳ね上がり方と、スコッチネルのただならぬ焦燥感を見つめた。 政治家たちは「中国の新型潜水艦による海上封鎖」だと信じ込み、自衛隊の軍用ソナーも「安全」を告げ続けている。だが、このアメリカの変人が持ち込んだ不安定な観測機器だけが、人間の目に見えない深海の底で、すでに「取り返しのつかない何者か」が動き出していることを告げていた。
「……姿形は見えんのだな。それが本当に中国の潜水艦ではないという証拠がどこにある?」
護の鋭い問いかけに、スコッチネルは血の気のない顔で鼻を鳴らした。
「バカを言うな。潜水艦のスクリュー音も、魚雷の推進音も一切しない。だが、数千、数万の単位の何者かが、完璧に統率された運動エネルギーを伴いながら、この艦の真下へと這い上がってきている……! 人間じゃない。海の底の住人どもが、俺たちの真下で牙を研いでやがるんだ!」
その言葉が落ちた瞬間、艦橋の足元で、ゴウン、と不気味な地鳴りのような低周波の振動が轟いた。
(つづく・後編へ)




