第5話『白衣の異端児と自衛隊の戸惑い(前編)』
第5話:『白衣の異端児と自衛隊の戸惑い(前編)』
三陸沖の荒々しい海原を見下ろすように、海上自衛隊の最新鋭護衛艦「きりさめ」の甲板に冷たい潮風が吹き抜けていた。 艦橋の作戦司令室では、防衛の現場を一身に背負うベテラン・海洋護が、腕を組んで険しい表情でモニターを凝視していた。
「……で、米国側から派遣されたというその『極秘合同調査チーム』とやらは、一体どこにいるんだ」
護の低い問いかけに、隣に立った若い幕僚が冷や汗を拭いながらタブレット端末を差し出した。 「はっ。ペンタゴン直属の正式な協力要請という名目ですが……その、実態は米国の海洋研究所(NOAA)に所属する民間の変わり者研究者が主体とのことです。すでに先ほど、横須賀基地を経由して本艦へヘリで到着しておりますが……」
幕僚が言い淀んだその瞬間、司令室の自動ドアが乱暴に開いた。
「おい、日本の軍人さんたち! いつまでこんなのんびりした護衛艦でコーヒーをすするつもりだ? 我々の時間的猶予はそんなに長くないぞ」
そこに現れたのは、軍の厳格な制服組とは似ても似つかない、白衣を無造作に羽織り、両手をポケットに突っ込んだ男――アメリカ海洋研究所の切れ者研究者、スコッチネルだった。その後ろには、武装したアメリカ軍の特殊調査部隊が数名、重々しい機材ケースを引きずりながら無表情で続いている。
護は思わず眉間に深いシワを寄せた。 「……あなたが、ペンタゴンから送り込まれたという主任研究員か。聞いていた話と違うな。もっとこう、屈強な米軍の特務部隊が来るものとばかり思っていたが……まさか、民間人の研究者がわざわざ日本の前線まで乗り込んでくるとは」
スコッチネルはふんと鼻を鳴らし、護の目の前まで歩み寄ると、冷徹な光を放つ瞳でジロリと見据えた。
「民間人だからこそ意味があるのさ。アンタたち日本政府は『中国の新型潜水艦の隠密行動だ』なんておめでたいお花畑の仮説を本気で信じ込んでいるがね。そんな政治的な茶番に付き合っている暇があったら、私の持ち込んだ観測ポッドをこの海域の底に沈めるべきだ」
「なっ……!」 護の背後に控えていた自衛隊の幕僚たちが、一斉に気色ばんだ。 一国の国防を預かる自衛隊の重鎮に対して、このアメリカ人の学者崩れは何たる物言いだ――そんな怒りの空気が司令室を満たす。
だが、護はピクリとも動じず、ただ静かに目を細めてスコッチネルを見据えた。
「……ほう。我が国の警戒態勢を『お花畑』と一蹴するだけの根拠が、あなたにはあるというわけか」
「根拠なんて生易しいものじゃない。事実だ」 スコッチネルは不敵に笑い、ポケットから無造作に取り出した古い手帳をペラペラとめくった。
「中国の軍事工作でもなければ、事故でもない。あの海域で船舶を粉砕しているのは――もっと別の、この地球上で最も頭が良くて、そして最も人間を憎悪している『厄介な連中』の仕業なのだからな。……もっとも、アンタたちの自慢のイージス艦のソナーには、やつらの姿も気配も、今のところ一片たりとも映らんがね」
護は映し出された波形やスコッチネルの不気味な笑みを見比べ、ごくりと唾を飲み込んだ。 日本側はまだ「どこかの国家による秘密裏の海上封鎖」だとのんきに構えているというのに、このアメリカの変人は、軍の最新鋭機器がすべて「異常なし」と弾くその裏で、確信に満ちた恐怖の足音を聞き取っている――。
(つづく・中編へ)




