第7話(前編)さっきぶり
身支度を終えた私は、セナと一緒に賑やかな学食で朝食を食べ終え、そのまま連れ立って登校した。
今日は通常のホームルームはなく、朝から広い実習室での授業が予定されている。
セナとは専攻が異なるため、途中の廊下で「またあとでね」と別れ、一人で実習室へと足を進めた。
実習室の内部は広々としており、中央の教壇を囲むようにして、椅子と机が階段状にずらりと並んでいる。
すでにちらほらと生徒たちが集まり、席につき始めていた。
重たい教科書の入った鞄をしっかりと抱えたまま、私は目立ちにくい最奥の端の席へと腰を下ろした。
目立たない席のためか、両隣は空いていた。
ノートを取り出しながら、手持ち無沙汰な時間を過ごしていると、周りの生徒たちの弾んだ声が耳に入ってきた。
「どんなドレスを着ていく?」
「何時からだっけ」
「ねえ、思い切ってダンスに誘ってみなよ」
「楽しみだわ」
これまでもきっと、同じような華やかな会話が何度も交わされていたのだろう。
けれど、禁書のことで頭がいっぱいだった私には、まるで聞こえていなかった。
私は頬杖をつきながら、楽しそうに語り合い、笑い合う生徒たちの様子を遠い世界の出来事のようにぼんやりと眺めた。
それでも、やはり貴重な本を読める機会を失いたくはないと思ってしまう。
鞄から禁書を取り出して読みたい誘惑に駆られたが、ぐっと思いとどまる。
(そういえば、クレイはどこだろ)
彼はいつも、誰よりも早く教室に来て席についているはずだ。
視線だけでさりげなく室内を探してみたが、どこにもいない。
そわそわと落ち着かないまま席に座っていると、やがて予鈴が鳴った。
(もう授業が始まっちゃう)
すると、鳴り終わるギリギリのタイミングで実習室の扉が開き、クレイが滑り込んできた。
彼が現れた途端、それまで思い思いに喋っていた生徒たちが一斉に彼を振り返った。
先ほどまで騒然としていた室内の空気が、まるで水を打ったようにすっと静まり返る。
⠀クレイがいるだけで、ひやりとした緊張感が走った。
当の本人も、それを理解しているようだ。
遅刻寸前だったにも関わらず、いつものように隙かない。
彼は何かを探すように周囲を見回すと、席に座る私と真っ直ぐに目が合った。
ただ視線が交差しただけだというのに、心臓がどきりと跳ね上がった。
しかしクレイは一切の表情を変えず、さも気まぐれであるかのような澄ました態度で、まっすぐこちらへ歩み寄ってくる。
そしてごく自然な動作で私の隣の椅子を引くと、そこに腰を下ろした。
周囲の目が気になって、私は声を発することもできない。
けれど生徒たちはクレイが淡々と教科書を取り出すのを見ると、何事もなかったかのように会話へと戻っていった。
彼の横顔はどこまでも冷ややかだ。
横目でちらちらと様子を窺っていると、
「さっきぶり」
クレイは他の誰にも聞こえないような小さな声で囁き、ゆっくりと私を振り返った。
別にやましいことはしていないというのに……いや、正確には十分しているんだけれども――私はクレイを直視することが出来なかった。
逃げるように顔を伏せ、手元のノートに視線を落とす。
「……どうも」
自分でもぶっきらぼうな声が出てしまった。
なぜか机の上に置かれたクレイの指先が視界に入るだけで、胸が苦しくなってくる。
クレイは固まっている私を、面白そうに覗き込んでくる。
「どうして、こっち見ないの?」
「いえ、別に……」
「もしかして、僕のこと好きになった?」
彼の軽やかな問いかけに、大きくため息をつく。
平然とそんな甘い言葉を口にできるあたり、術の効力は健在だ。
「……しっかりかかったままね」
けれど、クレイの返事はない。
彼はふいと顔を逸らすと、いつもの真面目な級長の表情へと戻っていった。




