↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
2/21

第2話 誰に使うつもり?

(恋愛感情……)


『対象者の恋情の有無を問わず発動可能。

 付与される恋情の強度は、術者が注ぐ魔力量に応じて変化する。

 過剰な魔力の注入には注意すること』


 詠唱文は古代言語であるアルコ語だ。

 絵とも記号ともつかない独特な文字を使う難解な言語で、私は大の苦手だった。


(これは……数字の「一」、かしら)


 紙面に顔を近づけ、擦れた文字に目を凝らす。


 アルコ語の「一」は、一本の枝を象ったもの。

 けれど、縦に伸びた線の先は、わずかに二股へ分かれているようにも見える。

 二は、二枚の葉をつけた夜草樹の枝が語源だったはずだ。


 記述は活字ではなく、著者である魔術師の直筆だった。

 癖のある筆跡のため、微妙なインクの滲みと跳ね具合が、解読を難しくしている。

 実際に行使するつもりは毛頭ないが、詠唱は一音間違えるだけでも効果が出ないため、しっかり確認しておく必要があるのだ。


 しばらく文字と睨み合っていたが、


(……やっぱり、「二」ね)


 そう結論づけ、声を漏らさぬよう口の中で詠唱をなぞる。

 

(またあとで読み返そう)


 私は項目の横に小さく切った紙片をそっと挟んだ。

 そのまま欄外に視線を這わせると、そこにはそれぞれの禁術の解術方法が細かく記されていた。


 薬草に頭を乗せて一晩過ごす。

 黒猫の毛を三日間梳き続ける。

 満月を眺めながら一時間歌う。


 奇妙な方法ばかりがずらりと並び、思わず苦笑する。


(恋情操作術の解術方法は……)


 その時だった。


「ローデン。こんなところにいた」


 突然、背後から聞き覚えのある声に名前を呼ばれ、はっとして顔を上げた。

 振り返ると、すぐ近くの本棚に肩を預けるようにしてクレイが立っていた。

 彼は不機嫌さを隠そうともせず、私を観察するように見つめていた。


 背後の柱時計に目を向けると、寮の夕食の時間はとっくに過ぎ、消灯時間が近付いていることに気づいた。


「学食にいないから、探してたんだよ」

「わざわざ呼びに来てくれたの?」

「みんなが気にしてたからね」

「そう、ありがとう。片付けたらすぐに行くわ」

「……」


 用件が済んだのなら、てっきりそのまま立ち去るものだと思っていた。

 けれど、クレイは呆れたように息をつくと、私の予想に反して歩み寄って来た。


 さっと血の気が引いた。


 慌てて、開きっぱなしになっていた禁書のページを両手で覆い隠したが、露骨に怪しい私の挙動を見て、クレイの表情が強張る。


「なにを隠したの」

 

 鋭い声に、ぎくりとする。


「なんでもないわ」

 

 愛想笑いで取り繕ったものの、クレイの表情は一切動かない。

 すぐ傍に立ち、訝しげに私を見下ろす。


 身を固くしていると、彼は短く詠唱をした。


 すると、私の両手の下にあった禁書がするりと抜け出し、ふわりと宙に浮かんでクレイの手元へ収まった。

 あっ、と声を上げた時には遅く、彼はすでに紙面の文字を追っていた。


「恋情操作術?」


 項目を読み上げながら、クレイの眉間に深い皺が寄る。

 隠していた趣味を暴かれた恥ずかしさと情けなさで、途端に頬が熱くなり、いたたまれなくて顔を伏せる。


「こんなものを読んで、どうするつもりだったの?」

「どうするもなにも……」

「術をかけたい相手がいるってこと?」


 弾かれたように顔を上げ、首を大きく横に振った。


「違うわ!」


 けれどクレイは苛立ったように片手を腰に当て、姿勢を変える。

 禁書を握りしめる指先には、白くなるほど力が込められていた。


 他人に知られたら引かれることは覚悟していたが、まさかこれほど怒られるとは思っていなかった。

 特に規律を重んじるクレイにとっては、許しがたい行為なのかもしれない。


「パーティの欠席理由って、これと関係があるの?」

「ないといえば嘘になるけど……」


 クレイが息を呑む気配が伝わり、私はますます身を縮こませた。


「正直に言いなよ」


 徐々に鋭さを増す声音に、肩が跳ねた。

 まともな言い訳ひとつ頭に浮かんでこない。


「……クレイには関係ないじゃない」


 苦し紛れに呟いてから、恐る恐る彼の顔を窺う。

 私と目が合っても、クレイは不満を隠そうともせず、幼く唇を尖らせていた。


「あっそ」


 クレイはふっと目を伏せると、再び禁書へと視線を滑らせた。

 細い指先が、背表紙の縁を神経質にトントンと叩く。

 その最中、彼の瞳がかすかに揺れた。

 短い沈黙のあと、彼は何かを思案するように口元にそっと手を添え、唇を指先でゆっくりとなぞった。


 ほんの一瞬だけ、その目元が緩んだように見えた。


 彼が何を考えているのかは分からない。

 けれど、直感的にあまりいい予感はしなかった。


 生きた心地もせずに見守っていると、クレイの視線がふいに私を捉える。

 すぐに表情を引き締めたクレイは、静かに禁書を閉じた。


 一体何を言われるのだろうと身構えていると、


「僕は級長として、生徒の不穏な動きは教師に報告する義務がある」


 彼は胸を張り、明瞭な声で言い切った。


「私が禁術を使うとでも思ってる?」

「……」


 答えないクレイに、私は咄嗟に腰を浮かせた。

 しかし、彼は澄ました表情を崩さないまま淡々と続ける。


「君が禁術を使おうが使わなかろうが、学院にこんな書物があることが問題だ」

「!」


 その言葉を聞いた途端、心臓が強く脈打った。

 

「ま、待ってよ。先生に知られたら、全部処分されちゃうわ」

「そもそも、処分対象の本だろ」

「それはそうだけど!」


 本棚に並んだ背表紙を振り返り、首を振る。


 私一人が規律違反で叱られるのは構わない。

 だが、ここにある禁書群は、老司書が我が子のように大切に保管していたものであり、私にとってもかけがえのない宝物だ。


(私のせいで取り返しのつかないことになったら……)


 最悪の想像が脳内を駆け、全身が強張った。

 縋る思いでクレイに向き直ると、彼の瞳が一瞬だけ迷うように揺れ動く。

 しかし、彼はふいと顔を背け、息をつく。

 

「ごめん」

「待って、クレイ!」


 私の切実な制止も聞かず、背を向けて淡々と歩き出してしまう。

 その腕には禁書がしっかり抱えられており、行き先は――考えるまでもなかった。


(どうしよう!)


 目眩がして、よろりと身体が傾く。

  

 ――『恋情操作術』


 さっき暗記したばかりの禁術の構文が、鮮明に浮かび上がった。

 

(いや、だめ)

 

 でも、このまま黙って行かせたら、大切な本が――!

 遠ざかっていくクレイの背中に視線を注ぎながら、強く唇を噛み締めた。


 すると、唐突にクレイが足を止めて振り返る。

 月明かりの中で、まるで私を品定めするような彼の視線とぶつかる。

 

「僕が君にもう少し甘ければ、黙っていたかもしれないけどね」

 

 どきりとした。


(……甘(・)け(・)れ(・)ば(・))

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ニヨニヨ……ニヨニヨが止まりません……(ニヨニヨニヨニヨ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。