↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
12/21

第9話(後編)ミリのわがまま

 強い夜風が吹いて、私たちの髪を揺らした。

 前髪の下から覗くクレイの瞳には、どこか切実なものが宿っているように見える。


 私は視線を下げて、無理やり微笑んだ。


「だって……第一隊と第十隊よ。もうすれ違う機会すらないわ」

「そうだよ。離れちゃうんだよ、僕たちは」


 クレイは苛立ったように、声を荒らげた。

 滅多に感情を見せない彼の昂ぶりに、私は何も口にすることができない。


 すると彼は焦れたように、空いている私の手も取った。

 私の手を包む指先が、かすかに震えている。

 寒さのせいだけではないことは、すぐに分かった。


「ミリ、聞いて。僕は本気で君が好きだ。ずっと一緒にいたい。結婚だって考えてる」

「結婚!?」

 

 あまりにも突拍子のない言葉に、思わず声が裏返ってしまった。


「夫婦になれれば、君も第一隊の宿舎に移れるし」

「クレイ」

「近くには魔術医療の研究施設もあって、優秀な魔術医も集まっている。君なら、きっと学べることが多いはずだ」

「ちょっと待って」

「すぐにとは言わない。まずは必要な手続きや準備だけ先に――」

 

 畳み掛けるようなクレイの熱量に圧倒され、言葉を失う。

 私は禁術のことも忘れて、握られた手を振りほどこうとした。

 けれど、必死な表情を浮かべるクレイと目が合って、寸前で思いとどまる。


 そんな私の様子に、クレイはようやくはっとしたように口をつぐんだ。


「お、落ち着いて、クレイ。術が効きすぎて、話が飛躍しているわ」

 

 クレイは言い返そうとしたものの、すぐに思い直したように唇を引き締めた。

 それでも、私を見据えるブラウンの瞳には熱が宿ったままだ。

 その視線を受けているだけで、全身が火照っていく。

 

(本当に、ちゃんと解けるのよね?)


 解術どころか、どんどん悪化しているような気がする。

 クレイが、ゆるりと私の手から片手を離す。

 その手がしばらく宙を彷徨ったが、やがて自分の膝の上で拳を握った。


「……ごめん」


 消え入りそうな声で呟くクレイに、私は黙ったまま小さく頷いた。

 風に煽られた髪を空いた手で梳きながら、乱れた息を整える。

 クレイのほうを見ることもできず、ただ身を硬くして縮こまった。


(結婚……)


 クレイの口から、まさかそんな言葉を聞くことになるなんて。

 なぜか、胸の奥を針の先で突かれたような痛みを覚える。


 一瞬だけ、第一隊の宿舎でクレイの隣に立つ自分の姿を想像した。

 すぐに頭を振ってかき消す。


 幼稚舎での約束を覚えていてくれただけだ。

 それなのに、私は何を考えて……期待したのか。


「ミリ。大丈夫?」


 隣からクレイの心配そうな声がして、私は顔を上げた。


「さっきから、ふらふらしてるよ」


 クレイに指摘されて、ようやく自分の異変に気づいた。

 ふっと視界が歪み、目眩がさらに強くなる。

 全身から、一気に力が抜けた。


「う……」


 片手で目元を押さえて呻くと、クレイが不安そうに身体を寄せてきた。

 

「……大丈夫。暁醒薬の効力が切れたみたい」

 

 説明する自分の声すら間延びして、勝手に欠伸が漏れる。

 意識の輪郭が滲んでいき、吐き気にも似た怠さが込み上げてくる。


 不意に、がくんと身体が傾いた。

 咄嗟にクレイが腕を掴んでくれなければ、そのままベンチからずり落ちていたかもしれない。

 支えてくれるクレイに身体を預けていると、妙に安心して、ふうっと息が漏れた。


「……ひとつだけ、わがままを言ってもいい?」

「もちろん。なんでも言って」

「肩を枕にさせてくれない?」

「…………えっ?」

 

 クレイの許可を得る前に、私は彼の肩に頭を乗せた。

 

「……枕がないと、首が痛くなっちゃって」

「ちょっと待って。僕も、一応男なんだけど」

「それが何なの」

「……」


 沈黙を承諾と受け取って、遠慮なく使わせてもらった。


(うん、首がとても楽だ)


 静寂の中、頬を撫でていく夜風に、ますます眠気が深くなる。


「……ねえ」


 遠ざかる意識の中で、頭上からクレイの声が落ちてきた。


「寝る前に、ひとつ教えて」

「……なーに」


 わずかな間のあと、彼は少し硬い声で言った。


「ミリは、僕のことをどう思ってる?」

「……それ、いわなきゃだめ?」

「だめ」

「……」


 せっかく気持ちよく眠りかけているのに。


(どう思ってる……って)


 ……ともだち。


 ではないか。


 ……おさななじみ。


 なれなれしいかしら。


 ……すき?


 いやいや……。


 私はただの同級生……。


「……クラスメイトかな」

 

 直後、クレイが息を呑む気配がした。

 肩が強張り、私の指を握る力も強くなった。


 それでも思考はすっかり霧の中に溶け落ちてしまい、自分がどこまで口走ったのかもわからない。


 まどろむ意識の境界で、繋がった手のぬくもりだけが、ただ――心地良かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
あぁ……クレイくん切ないのぉ……(´;ω;`)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。