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第8話(後編)君のものになりたい

 私はふうっと息を整えた。


 鞄から取り出した懐中時計で時間を確認すると、二十二時になろうとしている。

 詠唱すると、昨夜のように互いの魔力の循環が始まった。


 身体を巡る温かさを感じているうちに、とろりとした眠気がやってきて、無意識に欠伸が出てしまう。

 

「眠そうだね」


 話しかけれて、ぎくりとした。

 振り向くと、心配そうに私を見つめるクレイと目が合う。


「暁醒薬(ルーシド)を飲んだから、昼間は大丈夫だったんだけどね。……もうすぐ効力が切れるかも」


 クレイの眉間に、浅い皺が寄る。


「あんな強い薬を? 眠れたんじゃなかったんだ?」

「ええ……まあ。だから、突然落ちたらごめんね」

「わかった。そうなったら寝かせておくよ」

 

 そんな取り留めのない会話を交わしながらも、身体はどんどん気怠さを増していく。

 瞼が重くなり、頭も重い。

 クレイの手を握ったまま、ベンチの背もたれに力なく背中を預ける。


 すると、再び夜風が吹き抜ける。

 肌寒さに肩をすくめ、私は空いた手で自分の腕をさすった。

 

「冷える?」


 尋ねてきたクレイは、厚手のカーディガンを羽織っているために平然としている。


「魔術で暖を取ってあげたいけど、灯りで気づかれたらまずいしなあ」

「寒さのことまで、考えが及ばなかったわ」

「じゃあ、僕のを……」


 クレイは言いながら立ち上がろうとしたが、繋いだ手に気づいて動きを止めた。


「ごめん。これじゃあ、上着が抜けないね」

「ううん、いいのよ。気持ちだけ受け取っておくわ」

「じゃあ、せめてもっと近くに来たら?」

 

 直後、クレイが私の手を強く引き寄せた。


 その拍子に、互いの肩がぶつかった。

 至近距離で視線が絡んで、はっとして息を呑む。 


 月明かりに淡く照らされたクレイの滑らかな肌。

 高い鼻梁に、影を落とす長い睫毛。形の良い輪郭線に、目を奪われる。


 私は瞬きも忘れて、彼の顔に見入ってしまった。

 すると、クレイは照れたように口元を緩め、わずかに赤らんだ自分の耳たぶに指をやった。


「……クレイって、いい人よね」

「そう?」

「みんながあなたを欲しがるのも、分かる気がするわ」


 つい思ったまま口にすると、クレイはすっと笑みを消した。


「僕はミリのものになりたいけどね」


 茶色の瞳に真っ直ぐ見据えられ、息をするのすら苦しくなった。

 思わず後退りしようとしたが、彼は不満そうに唇を歪めた。


「なんで離れるの。寒いでしょ」

「……あのね、クレイ。私だって女の子なの。さっきから、どきどきして倒れそうになってるのよ」

「つまり意識してくれてるってこと?」

「そりゃあ……」

「……良かった」

 

 あまりにも素直な反応に、居たたまれなくなって俯いた。

 

(本当にどうしよう……)

 

 禁術が解けたら――この三日間を、クレイはどう振り返るのだろうか。


(完全に、思い出すのも嫌な過去になるはずよね)

 

 私は彼の心を術で弄んだ、最低なクラスメイトとして記憶に残ってしまうのか。


 (それは……嫌だな)

 

 指先にぎゅっと力を込める。

 私が黙ったからか、クレイはふいっと横を向く。


「月が明るいうちに、本を読んでおいたほうがいいんじゃない? 今夜は灯りを出せないから」

「……」


 傍らに置いた鞄に視線を向けた。

 肩紐を掴んで引き寄せようとしたが、思い直して押しのける。


「やめておくわ」

「ん?」


 クレイが首を傾げて、再びこちらを振り向く。


「卒業したら、二度と会えなくなるでしょ? せめて悪印象への上書きをさせて」

「上書き?」

「ごめんなさい、つい本音が」

 

 クレイは私の意図を上手く掴めていないらしく、瞬きを繰り返す。

 気まずくなってきて、私は誤魔化すようにコホンと咳払いした。

 

「つまり……えっと……二人で楽しくお喋りがしたいの」

 

 すると彼は一瞬だけ目を丸く見開いたあと、ぱっと顔を明るくした。

 

「嬉しい。僕も、ミリと話がしたかった」

 

 夜風が吹いて、クレイの前髪が舞う。

 ふわりと石鹸の匂いが香り、また心臓がトクンと高鳴った。


(……とはいえ)


 同年代の男の子と、何を話題にすればいいのか見当もつかない。


(考えてみれば……今までクレイとしっかり話したことなんて、ほとんどなかったな)


「……」


 よし、と心の中で意を決して口を開く。


「ご趣味は」

「言うと思った」

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