表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
15/26

天下布武開始

信行が死んだ夜。

 城は静まり返っていた。

 誰もが知っている。

 織田家の内乱は終わったのだと。

 だが――

 私は知っていた。

 本当の戦は、ここから始まる。

 月明かりが差し込む天守の一室。

 私は一人、夜風に当たっていた。

 足音がする。

 振り返らなくても分かる。

 信長だ。

 彼は私の隣に立った。

 しばらく何も言わない。

 風だけが吹く。

 やがて。


 

「胡蝶」


 

 静かな声。


 

「人はなぜ戦うと思う」


 

 私は少し考えた。


 

「欲しいものがあるから」


 

「違う」


 

 信長は即座に否定した。

 その目は、遠くを見ている。


 

「持っているものを守るためだ」


 

 私は黙る。

 信長は続けた。


 

「国を守る。家を守る。家族を守る……皆そう言って戦う」



 その声には、どこか疲れが滲んでいた。

 信行との戦。

 母との決別。

 弟の処刑。

 それら全てを経た男の声だった。


 

「だがな」


 

 信長は拳を握る。


 

「守ろうとするから争いが起きる」


 

 私は目を細めた。

 その先を察したからだ。


 

「胡蝶」


 

 信長が私を見る。

 真っ直ぐに。

 狂気すら感じるほど真っ直ぐに。


 

「俺は」


 

 一拍。


 

「戦を終わらせる」

 


 その言葉に、思わず息を呑んだ。

 戦国武将が。

 天下人を目指す男が。

 戦を終わらせると言った。

 普通なら理想論だ。

 笑われる。

 夢物語だ。

 だが、この男は違う。


 

「どうやって?」


 

 私は問う。

 信長は迷わなかった。


 

「全てを制圧する」


 

 静かな答え。

 しかし、その内容は恐ろしい。


 

「小国が乱立しているから争いが起きる」


 

「皆が力を持つから戦になる」


 

「ならば一つにすればいい」


 

 私は思わず笑ってしまった。

 あまりにも現代的だったからだ。

 国家統一。

 中央集権。

 武力による秩序形成。

 戦国時代の人間が考えるには、あまりにも先を行きすぎている。

 信長は怪訝そうな顔をした。


 

「何がおかしい」


 

「いえ」


 

 私は肩を竦める。


 

「まるで現代国家の発想です」


 

「げんだいこっか?」


 

「あ」


 

 しまった。

 信長は首を傾げる。

 私は誤魔化すように笑った。


 

「つまり、国を国として運営する考え方です」


 

「そうか」


 

 信長は頷く。


 

「ならば俺の考えは正しいな」

 


 その自信に、思わず吹き出しそうになる。

 本当にこの人は。

 自分が正しいと思ったら一直線だ。

 だが、私は知っている。

 この発想は間違っていない。

 少なくとも五百年後の世界では。

 国家統一こそが安定を生む。

 戦国というシステムそのものが、争いを再生産しているのだから。


 

「なら」


 

 私は信長を見る。


 

「最初の敵は誰ですか」


 

 信長は即答した。

 


「美濃」

 


 その名に、夜風が強く吹いた気がした。

 美濃。

 隣国。

 難攻不落。

 そして。

 私の生家があった国。

 かつての父。

 今の当主。

 複雑な思いが胸をよぎる。

 だが私は首を振った。

 感傷は不要だ。


 

「その前に」


 

 私は指を一本立てる。


 

「尾張です」

 


 信長が目を細める。


 

「まだ足りぬか」


 

「足りません」


 

 即答した。


 

「信行派残党、寺社勢力、地方豪族、兵站管理、徴税制度に情報伝達」


 

 次々と挙げる。


 

「統一国家を作るなら、まず国内整備です」


 

「内政なくして外征なし」


 

 信長は腕を組んだ。

 そして。

 少しだけ笑う。

 


「やはりお前は面白いな」


 

「褒め言葉として受け取ります」


 

「褒めている」


 

 月明かりの下。

 信長の顔が柔らかくなる。

 戦場では見せない顔。

 私だけが知る顔。


 

「胡蝶」


 

 低い声。


 

「俺は天下を取る」


 

「はい」


 

「戦を終わらせる」


 

「はい」


 

「そのために」


 

 一歩近づく。

 


「お前が必要だ」


 

 胸が熱くなる。

 戦略家としてではない。

 正室としてでもない。

 一人の女として。

 必要だと言われる。

 それは何よりも嬉しかった。

 私は小さく笑う。


 

「断ると言ったら?」


 

 信長は即答した。


 

「さらう」


 

 あまりにも迷いがない。


 

「犯罪ですよ」


 

「なら天下を取ってからやる」


 

「権力の使い方を間違えています」


 

 私が呆れると。

 信長は珍しく声を上げて笑った。

 夜空に響く笑い声。

 それを聞いて。

 私は思う。

 この人は、本当に変わった。

 うつけと呼ばれた青年は。

 今や時代そのものを変えようとしている。

 そして私は。

 その隣にいる。

 信長は再び夜空を見る。

 その視線の先には、まだ見ぬ未来がある。


 

「尾張を固める」


 

「そして美濃」


 

「その先は?」


 

 私が尋ねると。

 信長は静かに答えた。


 

「全部だ」

 


 その一言に。

 戦国武将の野心と。

 革命家の狂気が宿っていた。

 尾張を越え。

 美濃を越え。

 畿内を越え。

 やがて日本全土へ。

 戦を終わらせるために。

 誰よりも戦う。

 矛盾した願い。

 だが、それを本気で実現できる男がいるとしたら。

 きっと、この人だ。

 私は信長の隣に立つ。

 肩が触れるほど近く。

 未来を見上げる。

 尾張統一は終わった。

 内乱も終わった。

 だが。

 本当の物語は、今始まる。

 天下布武。

 戦国という時代そのものに喧嘩を売る、前代未聞の国家改革計画。

 その最初の敵は――

 美濃。

 そして、その先に待つ天下だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ