表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
14/14

またなる信行の裏切り

勝利の熱は、まだ城に残っていた。

稲生の戦。

織田信行は敗れ、捕らえられた。

すべてが終わった――

誰もが、そう思った。

 


「どうか……どうかお許しを……!」


 

涙に濡れた声が、広間に響く。

土田御前。

母としての懇願。

その前に立つのは、織田信長。

沈黙。

重い、重い沈黙。

やがて。


 

「……弟だ」


 

短く、それだけ言った。

許し。

決断は、情だった。

空気が緩む。

助かった、と誰かが息を吐く。

――甘い。

私は、ただ静かに目を伏せた。


(再発リスク、100%)


現代で何度も見た。

内部クーデター。

一度起きた組織は、必ず繰り返す。

理由は単純だ。

“成功しかけた”から。

次は、もっと巧妙にやる。

私は信長を見る。

この人は分かっている。

それでも、切れない。

情があるから。

――だからこそ。

私が、やる。

日常は、何事もなかったかのように流れる。

奇妙丸は順調に育っている。

小さな手。

柔らかな頬。

未来そのもの。

その傍らにいるのは、吉乃。

母としての顔。

そして――

次第に強まる、発言力。

当然だ。

嫡男の生母。

この城で、最も“価値”のある立場の一つ。

私はそれを、冷静に見ていた。


(子は政治資源)


感情ではなく、事実。

だからこそ――

守る。

利用するために。

織田家を続かせる為に。


 

「正室様」

 


吉乃が、私を呼ぶ。

その声には、わずかな不安。


 

「最近……城の様子が」


 

気づいている。

空気の変化に。

私は微笑む。


 

「ええ。まだ、終わっておりません」


 

「……え?」


 

私は一歩、近づく。

奇妙丸の寝顔を見下ろす。

 


「この子は、守られねばなりません」


 

吉乃の腕に、力が入る。


 

「もちろんです!私は――」


 

「だからこそ」


 

私は遮る。

静かに、だがはっきりと。


 

「火種は消します」


 

沈黙。

吉乃の目が揺れる。

理解したのだ。


 

「……まさか」


 

「再び、起きます」

 


「そんな……」


 

「起きます」


 

断言する。


 

「次は、もっと近くで」


 

吉乃の顔が、青ざめる。


 

「……奇妙丸様は守ります」


 

私は彼女を見る。

真っ直ぐに。


 

「必ず」


 

一拍。


 

「そのために、あなたにも動いていただきます」


 

「……私が?」


 

「ええ」


 

私は微笑む。


 

「母ですから」


 

その瞬間。

吉乃の中で、何かが変わった。

敵ではなく。

同じ方向を見る者へ。


 

「……分かりました」


 

小さく、だが確かな声。

私は頷く。

これでいい。

駒ではない。

“協力者”だ。


夜。

灯りの下。

報告が並ぶ。

武器の調達、密会の記録、人の流れ。

すべて、繋がる。

中心にいるのは――織田信行。

そして、その背後。

土田御前。


(やはり)


私は紙を置く。

迷いはない。

すべて、想定内。


 

「準備を」


 

静かに命じる。


 

「包囲を完成させます」


 

女中が頷く。

商人が動く。

乳母が耳を運ぶ。

この城の“見えない網”が、締まっていく。

逃げ場は、ない。

そして――信長のもとへ。


 

「胡蝶」


 

彼はすぐに気づく。


 

「顔が違うな」


 

私は答える。


 

「再蜂起の兆しがあります」


 

沈黙。

 


「……まだか」


 

「はい」


 

私は一歩、近づく。


 

「これは家族の問題ではありません」


 

真っ直ぐに言う。


 

「組織の問題です」


 

信長の目が細まる。


 

「次は」


 

私は続ける。


 

「あなたが殺されます」


 

空気が張り詰める。

だが、私は逸らさない。


 

「情は理解します」


 

「ですが」


 

「統治は、感情で行うものではありません」


これでは信長と私あべこべだ。

戦国へきて数年。

私は胡蝶であり、信長の『影』でもあった。

常に信長の隣に立つには、彼を活かし続けるには私が、鬼にならなくてはいけない。

令和を生きていた胡蝶は過去のものだ。

私は"戦国"を生きる胡蝶だ。

信長の沈黙。

長い沈黙。

やがて――

信長が、息を吐く。


 

「……分かっている」


 

低い声。

苦い理解。

それでも。


 

「だが、あれは弟だ」


 

私は頷く。


 

「ええ」


 

そして。


 

「だからこそ、私がやります」


 

その一言で、空気が変わる。

信長が、私を見る。

深く。


 

「……お前は」


 

言いかけて、止まる。

代わりに。

小さく、笑った。


 

「本当に、容赦がないな」


 

「合理的です」


 

即答する。

一瞬の沈黙。

そして――信長は、手を伸ばす。

私の頬に触れる。


 

「それでも」


 

低く。

確かに。


 

「俺は、お前を選ぶ」


 

胸が、揺れる。

この人は。

全部わかっている。

その上で。

それでも、選ぶ。

私は目を閉じる。

ほんの一瞬だけ。

そして、開く。


 

「……では」


 

静かに告げる。


 

「終わらせます」



城は静かだ。

だが、その下では。

すべてが動いている。

網は張られた。

逃げ場はない。

次に火が上がるとき。

それは――完全に、消えるときだ。

戦は、まだ終わらない。

だが――勝ちは、もう決まっている。


火は、消えていなかった。

静かに、だが確実に――くすぶり続けていた。

報せは、夜の奥で届く。


 

「……再び、動いております」


 

名は、言うまでもない。

織田信行。

私は、目を閉じる。


(やはり)


驚きはない。

予測通り。

武器の調達、密会の記録、裏で糸を引く影。

すべて、揃っている。

証拠は十分。

逃げ道は、ない。

――だが。


 

「まだ、決定打が足りない」


 

私は静かに呟く。

信長を、完全に動かすための“理由”。

情を断ち切らせる“何か”。

その答えは――あまりにも早く、訪れた。



「若君が……!」


 

血の気の引いた声が、廊下に響く。


 

「奇妙丸様が、襲われました!」

 


世界が、一瞬止まる。

足が勝手に動く。

奥の間。

そこには――小さな体。

眠っている。

だが、その枕元。

短刀が、深く畳に突き刺さっていた。

一歩、遅れていれば。

息が、止まる。

背後で、誰かが泣き崩れる。

吉乃だ。


 

「そんな……どうして……!」


 

私は、何も言わない。

ただ、短刀を見る。

それが意味するものは、一つ。


(ここまで、来たか)


狙いは、後継。

家を潰す最短の一手。

そして、それを選んだということは――もう、戻れない。

夜。

静まり返った部屋。

織田信長が立っている。

動かない。

ただ、そこに。


 

「……弟を」


 

低い声。


 

「信じたかった」


 

その言葉は、本音だった。

私は、何も言わずに近づく。

彼の前に立つ。


 

「だが」


 

信長の拳が、震える。


 

「守るべきものがある」


 

私は頷く。

そして、静かに言う。


 

「もう“情”では守れません」


 

沈黙。

その言葉は、刃だった。

優しさではなく。

逃げ場を断つための。

信長の目が、揺れる。

だが――逃げない。


 

「……ああ」


 

一歩、前に出る。

その目に、迷いは消えていた。


 

「分かった」


 

その瞬間。

すべてが決まる。

処断は、速かった。

言い訳も、弁明も、許されない。

証拠は揃っている。

逃げ道はない。

引き出されたのは、織田信行。

かつての弟。

今は、敵。


 

「兄上……!」


 

声が響く。

だが、届かない。

信長は、ただ見下ろす。


 

「……なぜだ」


 

絞り出すような声。

信行は笑う。

歪んだ、笑み。


 

「あなたが……強すぎるからだ」


 

沈黙。

それが、すべてだった。

信長は、目を閉じる。

一瞬。

そして――開く。


 

「……そうか」


 

それ以上は、何も言わない。


 

「処せ」


 

短い言葉。

それで終わる。

刃が振り下ろされる。

音は、小さかった。

だが――確実に、“家族”が断ち切られた。

崩れ落ちる声。

土田御前。


 

「信行……信行……!」


 

母の叫び。

だが、誰も止めない。

止められない。

これはもう――戻らない選択。

夜。

すべてが終わった後。

部屋には、二人だけ。

信長が座っている。

力なく。


 

「俺は……弟を殺した」


 

その声は、ひどく静かだった。

私は、彼の前に座る。

そして、言う。


 

「いいえ」

 


一呼吸。


 

「“未来を守った”のです」


 

沈黙。

信長が、ゆっくりと顔を上げる。

私は続ける。


 

「守るべきものを、守った」


 

「それだけです」


 

嘘ではない。

慰めでもない。

ただの、事実。

信長は、しばらく何も言わなかった。

やがて。

小さく息を吐く。

その夜。

私は、静かに奥へ向かう。

奇妙丸は、眠っている。

何も知らずに。

小さな寝息。

穏やかな顔。

私は、その頬に触れる。

温かい。


(この子を守るために)


胸の奥で、何かが沈む。


(私は、情を捨てた)


それでもいい。

それでいい。

この子が生きるなら。

この国が続くなら。

背後から、気配。

振り返る。

信長。

彼は、奇妙丸を見る。

しばらく。

何も言わずに。

やがて、私を見る。


 

「胡蝶」


 

低く。

だが、揺るがない声。


 

「俺が信じるのは、お前だけだ」


 

胸が、静かに満ちる。

私は、頷く。

それだけでいい。

尾張は、完全に掌握された。

内乱の火は、消えた。

誰も、逆らえない。

すべてが、整った。

だが――私は、障子の外を見る。

夜は深い。

静かだ。

あまりにも。

だからこそ、分かる。

これは終わりではない。

私は、静かに呟く。


 

「これで終わりではない」

 


誰にでもなく。


 

「これは、“始まり”」


 

戦は、まだ続く。

だが。

もう迷いはない。

私は、この人の隣で。

すべてを支配する。

未来を守るために。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ