アルバードにいる化物達
「……まずは、おじいさまに聞いてみなくちゃ」
そう小さく呟くと、イザベルもまた月明かりの庭を後にした。
――場面は変わる。
入浴場の湯気が立ち込める中。
静かな水音と、ほのかな湯の香りが広がっていた。
湯船に肩まで浸かり、腕を組むレイズの横にはクリスの姿。
どこか思いつめたように、彼は口を開いた。
「……レイズ様。本当に……私は驚きました」
その声音は、戦いを終えた後の余韻をにじませていた。
レイズは視線を逸らしながらも、心の中で小さくつぶやく。
(……だろうな)
そう思いながら、クリスの言葉に耳を傾けるのだった。
クリスの声音は、静かでありながらも熱を帯びていた。
「……あの技は――初見で見破れるものではありません」
言い切るようなその言葉に、レイズは肩をすくめて苦笑した。
「見破れたかどうかは知らねぇが……結局、負けたのは俺だぞ?」
湯の表面を小さく叩きながら、レイズは淡々と答える。
しかしクリスは首を横に振り、まっすぐにレイズを見つめ返した。
「……いいえ。そういう話ではありません」
彼の瞳は真剣だった。
「レイズ様――あなたは“見破った”のではなく……まるで最初から知っていたかのように、私の技へ対応したように見えたのです」
湯けむりの中で交わされるその視線は、熱さではなく、研ぎ澄まされた剣戟の余韻を帯びていた。
レイズは心の中で舌打ちする。
(――当たり前だろ。あれで何回ゲームオーバーしたと思ってんだよ)
しかし、口に出した言葉は違った。
「……たまたまだよ」
肩をすくめて湯に沈みながら答える。
「避けても、防ごうとしても……無理だって直感で感じた。だから、ああするしかなかっただけだ」
クリスは目を細める。
その声音は静かだが、どこか確信めいた響きを帯びていた。
「……直感、ですか。ですが――レイズ様のあの構え。あれはまるで、私を試しているように感じました」
レイズは返答に詰まり、湯気の向こうで視線を逸らした。
クリスの言葉は図星すぎて、誤魔化す言葉が浮かべながら、
「……試したんじゃない」
レイズは目を細め、低く言葉を落とした。
「それしか、クリスに一太刀入れる方法が思いつかなかっただけだ」
クリスはしばらく沈黙した後、静かに頷く。
「……そうですか。だとしたら――」
湯気の中、その瞳が鋭く光る。
「レイズ様。あなたはとんでもない才能をお持ちです。それは、私ごときが言うまでもありませんが……」
一拍置き、深く息を吐いてから言い切った。
「――当主様、ヴィル様を越える可能性があると感じています」
その言葉に、レイズの肩がびくりと震える。
耳にした瞬間、体の奥まで痺れるような緊張が走った。
「……まさかとは思うけど」
振り向いたレイズの声はわずかに震えていた。
「ヴィルって……そんなに強いのか?」
クリスは目を伏せ、静かに答える。
「……強い、などという言葉では足りません。あのお方は――この国を支える“化け物”です」
湯面に映る自分の顔を見ながら、レイズは思わずごくりと唾を飲み込んだ。
クリスの言葉を聞き、レイズは頭を抱えたくなる。
(……ヴィルが化物なのは、俺だってわかってる。
でも――いま目の前にいる“ウラトス”ですら化物と認めるって……どういうことだよ)
胸の奥で重く呟く。
「……一体どうなってんだよ……」
ゲームの記憶を呼び起こす。
ウラトス、ガイル、グレサス――最強格と呼ばれる存在たち。
その中で一位二位を争う実力者ですら、ヴィルの前では“下”と断じられる。
(やべぇ……。そんな連中が最低でも二人……この屋敷にいるってのか?)
背筋に冷たい汗が伝う。
レイズはたまらず口を開いた。
「……クリス」
「はい」
「……セバスも、強いのか?」
湯気の中、クリスは一瞬だけ目を細めた。
そして静かに、しかし重々しく頷いた。
「……あの方は“裏”のアルバード家を支える影です。
――もし本気を出せば、ヴィル様に次ぐ存在でしょう」
その一言に、レイズは思わず口を半開きにした。
「……マジかよ……俺、化物に囲まれてんじゃねぇか……」
小さく呟く声は、湯気にかき消されていった。




