レイズの暴走。
アノは目を伏せ、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「その後……私とレイズ様、そしてメルェは――三人で過ごす時間が増えていきました」
時には笑い合い、時には喧嘩をして。
けれど、どんな瞬間もかけがえのないものだった。
「……今でも覚えています。三人で、肖像画を描いてもらった日のことを」
リアノの唇が、少しだけ震える。
「……それは、私にとっても、きっとレイズ様にとっても宝物でした」
けれど――幸せな時間は長くは続かなかった。
「ある時、メルェは……突然姿を消しました」
必死に探し回った。
だが、見つけた時にはもう……彼女は命を落としていた。
「――っ」
堪えきれず、リアノの声が少し震える。
「レイズ様は、その場で大声をあげて泣きました……。
そして……あの方は……絶対に仇を討つと、誓ったのです」
イザベルは息を呑む。
リアノは続けた。
「メルェが亡くなったのは、アルバード家が管理していたある村での出来事でした。
その理不尽な死に……レイズ様は怒りを抑えられず……」
あの日――少年だったレイズは、感情のままに暴れた。
それは子供の我儘などではなく、誰も止められないほどの、どうしようもない激情だった。
リアノの目には、今でもその光景が焼き付いている。
ほどなくして、屋敷の奥からリアノを呼ぶ声が響いた。
「……そろそろ仕事に戻らなくてはなりません」
リアノは深く一礼し、感情を押し隠した顔でその場を後にする。
月明かりの下にひとり残されたイザベルは、胸に手を当てて小さく息を吐いた。
(……メルェの死。レイズくんにとって、どれほどの影響を与えてしまったか……考えるまでもない)
レイズの心を歪めた過去。
彼を縛る傷跡。
それを想像するだけで、イザベルの胸は重く締め付けられた。
――けれど。
同時に、強烈な違和感が彼女の心に芽生えていた。
(……不自然なのよ)
メルェが亡くなった状況。
アルバード家に暮らす者なら、家紋や結界で「誰の庇護下にあるか」は一目でわかる。
「……たとえ魔族だったとしても」
その声は夜に溶けて消える。
「アルバード家に刃を向けるなんて、命知らずな真似をする人間……いえ、この世界でそんな愚か者はほとんどいない」
つまり――。
(メルェは……偶然ではなく、“人の手”で殺された)
そう考えずにはいられなかった。
イザベルは夜空を仰ぎ、眉を寄せる。
「……レイズくん。あなたの過去は、まだ終わっていないのかもしれない」
そう呟く声は、静かな夜風にさらわれていった。




