劣った力。
俺は咄嗟に思い出していた。
ゲームで見た、レイズのフルネーム。
そして焦るまま、自分の名前と属性を口にした。
「アルバード……レイズだ!! 氷属性と……死属性を扱う!!」
ほとんどやけくそだった。
自分がレイズであることを証明したい。その一心で、知っている情報を吐き出したにすぎない。
だが。
その瞬間。
ヴィルの眼が、すっと細くなった。
「…………アルバード……レイズ?」
低い声。
ほんの一瞬。
ヴィルの中で、はっきりとした疑問が生まれた。
なぜ――アルバードが先に来る。
それだけなら、ただの言い間違いと考えることもできたかもしれない。
だが。
続けて口にした言葉。
――死属性。
その二つが重なった瞬間。
ヴィルの中で、違和感は確信へ変わった。
低い声が、訓練場へ落ちる。
「――やはり、おまえはレイズではない」
「…………え?」
木刀の切っ先が、ほんの僅かに俺へ傾いた。
空気が変わる。
「問う」
ヴィルの眼は、先ほどまでとは比べものにならないほど鋭かった。
「なぜ“死属性”を知っている?」
一気に空気が張りつめる。
死属性。
それは、アルバード家が外へ出していない事実だった。
別に、禁じられているわけではない。
持っているだけで罪になるわけでもない。
だが。
名乗った瞬間。
人はその者を劣っていると断じる。
家は侮られ。
縁を切られ。
騎士団から門前払いされることすらある。
それほどまでに、死属性は古くから忌避されるものだった。
だからこそ。
ヴィルも。
アルバード家も。
その事実を徹底して隠してきた。
「死属性は悪徳でも禁忌でもない」
ヴィルの声は静かだった。
だが。
その静けさが、かえって恐ろしい。
「だが、この国では“劣印”だ」
その言葉が、砂塵よりも重く胸へ沈んだ。
「知る者は限られる。屋敷の者ですら、軽々しく口にすることは許されん。ましてや本人が自ら名乗るなど……本来ならばあり得ぬ」
木刀の影が、俺の足元へ長く伸びる。
「答えろ」
一歩。
ヴィルが近づく。
「誰に聞いた?」
さらに。
「――おまえは何者だ?」
喉が焼けるほど乾いた。
言い訳を探すより早く、冷たい汗が背中を伝う。
そのとき。
俺の指先が、僅かに白んだ。
氷。
そう思った。
だが。
違う。
冷たくない。
熱くもない。
影が滲むように。
何かがそこから失われていくような。
奇妙な“空白”が、皮膚の下で蠢いている。
ヴィルの眉が、僅かに動いた。
「……やはり反応するか」
俺は無意識に一歩後ずさった。
この世界では。
ただ名乗るだけで、自分から“下”へ転げ落ちるような烙印。
それを俺は。
何の覚悟もなく。
あまりにも簡単に口へ出してしまった。
ヴィルは木刀を肩へ載せ、静かに告げる。
「ここで嘘を重ねれば、おまえは守れない」
「…………」
「レイズも。この家もだ」
心臓が強く跳ねた。
――どうする。
“俺”を言うのか。
それとも。
ここから先も“レイズ”を演じ続けるのか。
砂塵が、音もなく地面へ落ちていく。
やけに澄んだ空気の中。
俺は耐えきれず、叫んだ。
「……俺は、死……死属性の使い方を知ってる!! だから殺気を向けるのはやめてくれないか!?」
必死だった。
(ムリムリムリ……! 本当に怖いって! この人、マジで強すぎるだろ! ゲームでもこんな強キャラ知らないぞ!?)
ヴィルの眼が、さらに鋭くなる。
「死属性の“有効性”を知っている、だと?」
声は重く、冷たい。
「……そんなものは、誰にも解明されていない」
「…………」
「歴史上、死属性を持つ者が存在しなかったわけではない。だが、それを明確な力として扱った記録など、私の知る限り存在しない」
ヴィルは俺を見据える。
「それを、おまえは知っていると言う」
さらに。
「なぜ嘘を重ねる?」
「ほ、ほんとに!! 本当に知ってるんだ!」
俺は必死に首を振った。
「証明だってできる! ただ……!」
「ただ?」
「今は……使い方が分からない」
「…………」
長い沈黙。
怖い。
ものすごく怖い。
「だから……教えてくれ!」
俺はもう、頭を下げる勢いだった。
「魔力の使い方を! 身体の中でどう動かせばいいのか、それを教えてもらえれば証明する! ちゃんと使ってみせるから! だから……殺すのは待ってくれ!」
ヴィルは何も言わなかった。
長い。
長い沈黙。
やがて。
木刀が、ゆっくりと下がる。
「……示せるのか?」
「お、教えてもらえれば……! 必ず!」
また沈黙。
そして。
ヴィルは静かに息を吐いた。
「……いいだろう」
「ほ、ほんとに!?」
思わず顔を上げる。
だが。
ヴィルの表情に甘さはなかった。
「ただし、覚えておけ」
「…………」
「これから行うことは“修練”ではない」
ヴィルは木刀を地面へ立てる。
「生まれ持った属性を、どう扱うのか。その可能性を探るだけだ」
「…………」
「死属性が本当に力として扱えるというのなら」
その瞳が鋭くなる。
「ここで、初めて証明される」
その言葉は冷静で。
容赦がなかった。
彼にとって。
これはゲームではない。
チュートリアルでもない。
失敗しても、やり直せる世界ではない。
あるのは。
生まれ持った属性。
それを扱う者。
そして。
その力に向き合う覚悟だけだった。
そうして。
ヴィルは、ふと思い出したように俺を見る。
「……それと」
「え?」
木刀の柄で、地面を軽く叩く。
コツン。
「名を違えるな」
「…………え?」
ヴィルは俺を真っ直ぐ見た。
「重大な間違いをしている」
「何が……?」
「アルバード・レイズではない」
一拍。
「――レイズ・アルバードだ」
「…………」
重い沈黙が落ちる。
それは。
単なる名前の訂正ではなかった。
この家に生きる者として。
アルバードの名を背負う者として。
その在り方そのものを、突きつけられたような気がした。
けれど。
俺には、まだ分からない。
俺がゲームの中で知っていた。
――アルバードレイズ。
その言葉が。
ただ家名と名前を並べたものではないことを。
それが、本来のレイズの過去に起因する呼び名であることを。
この時の俺は――まだ、知らなかった。




