魔法の使い方。
俺は深く息を吸い、頭を整理してから口を開いた。
「……落ち着いて聞いてくれ。俺は、この世界の人間じゃない。別の世界から来た」
ヴィルの眉がわずかに動く。だが口は挟まず、ただ静かに俺を見つめている。
「俺のいた世界では、この世界の“未来”――少なくとも数十年先が、ある形で解き明かされていた。そして、その未来の中で“死属性”は解明され、とても有用なものだと分かったんだ……」
訓練場に乾いた沈黙が落ちる。
嘘をついているつもりはない。
だが、この話を信じろという方が無理だと分かっていた。
「……だから俺は“使い方”を知らない。理屈は知っている。でも実践がない。だから、もし教えてくれれば……示せるはずだ。死属性の有用性を、証明してみせる!」
必死の言葉。
ヴィルの目が細められる。
「……なるほど。よく回る口だな」
疑念は消えていない。
だが、完全な拒絶でもない。
やがて彼は肩をわずかに落とし、小さく息を吐いた。
「よかろう。魔法の使い方が分かれば――おまえは本当に扱える、ということだな?」
「……ああ。必ず!」
ヴィルは木刀を収め、静かに頷いた。
「ならば教えてやる。基礎からだ。……もっとも、たとえ扱えたとしても――私の敵ではない」
その言葉に背筋が凍る。
警戒は解いていない。
だがそれ以上に、実力差が歴然であることを、彼自身が理解している。
「よく聞け!魔法とは属性を“外へ押し出す”術だ。呼吸と同じだ。力を吸い込み、体内で巡らせ、言葉や動作で形を与える!」
低い声が訓練場に響く。
「炎は熱を。氷は冷を。風は動きを。……死は――存在そのものを“薄くする”」
一拍。
「そしてそれは、この国では“無用”と断じられてきた力だ。」
喉が鳴る。
何だかんだ言いながらも、ヴィルは丁寧だった。
「違う、そこではない! 力を集めるのは胸でも腹でもない! “巡らせる”感覚を掴め!」
「肩に力を入れるな! 流れを止めるな!」
失敗するたびに叱責が飛ぶ。
だがそこに苛立ちはない。導きと、確かな意志だけがあった。
数時間が経つ。
汗で全身が濡れ、喉は焼け、何度も力は霧散した。
それでも――
ふと、体の奥で小さな灯のような感覚が生まれた。
「……これか?」
胸の奥から、じんわりと広がる何か。
熱でも冷でもない。
“薄さ”の感覚。
ヴィルが一瞬だけ、表情を緩める。
「……よくやった」
その声に、思わず目が潤む。
「ありがとう……名前も知らないおじいさん……!」
次の瞬間。
ヴィルの表情が、ぴたりと凍りついた。
「……では、それで“できる”のだろうな?」
鋭い眼差しが俺を射抜く。
空気が一瞬で冷え込む。
「あぁ……やってみる!」
俺は大きく息を吸う。
ふと思い出し、口にした。
「その……おじいさん、名前は?」
ヴィルはわずかに眉をひそめる。
「……私の名はヴィル。この屋敷の執事長を務めている」
「え、執事長!?」
思わず地面に額をこすりつける勢いで頭を下げる。
「ははぁぁーー!」
カツン、と木刀が床を打つ。
「いまはふざけている場合ではない。証明するにはどうすればいい?」
「……じゃあ、俺に属性をまとった攻撃をしてくれ」
「……本当にいいのだな?」
ヴィルの目が細く光る。
俺は全身に汗をかきながら、必死で頷いた。
「は、はいっ!!」
次の瞬間。
木刀に紅蓮の炎がまとわりついた。
空気が歪む。
「――行くぞ」
振り払うように、炎が放たれる。
轟、と爆ぜる衝撃。
「ちょ、どんな火力だよ!!」
思わず叫びながらも、両手を突き出す。
(消えろ……“無”になれ……!)
ふわり。
炎は――跡形もなく消えた。
熱も、焦げ跡も、煙すらない。
最初から存在しなかったかのように。
「……なっ……!」
ヴィルの目が見開かれる。
確かに手加減はした。
だがただでは済まない威力だった。
それが、魔法を覚えたばかりの少年に、あまりにも容易く消された。
「……本当に……」
驚愕が震える。
だが次の瞬間。
ヴィルの眼差しに宿ったのは、敵意ではなかった。
「……ふ、はは……!」
静かな笑み。
やがて、それは抑えきれぬ歓喜へと変わる。
「やはり――“死”は無駄などではなかった!」
その声は、長年押し殺してきた希望の解放だった。
俺は思う。
――ヴィルって、何者なんだよ。
試すにしても、桁が違うだろ。
あの炎の火力……俺じゃなかったら、本当に死んでた。
背筋が、ぞっと冷えた。




