劣った力。
「レイズ・アルバード! 氷属性と……死属性を使う!」
俺がやけくそ気味に名乗った瞬間、ヴィルの眼が細く鋭くなる。
「――やはり、おまえはレイズではないな」
低い声が訓練場に落ちた。次いで、木刀の切っ先がほんのわずかに俺へ傾く。
「問う。なぜ“死属性”を知っている?」
空気が張りつめる。
死属性――それはアルバード家が外へ出さない“事実”だ。禁じられているからではない。そう名乗った瞬間、人はおまえを劣等と断じる。家は侮られ、縁は切れ、騎士団も門戸を閉ざす。だからこそ、徹底して隠す。
「死属性は悪徳でも禁忌でもない。だが、この国では“劣印”だ。」
ヴィルの声は静かだったが、砂塵より重く胸に沈む。
「知る者は限られる。屋敷の者ですら、上の許しなくしては口にしない。……にもかかわらず、おまえは自ら名乗った。」
木刀の影が、俺の足元に伸びる。
「答えろ。誰に聞いた。――おまえは何者だ。」
喉が焼けるほど乾く。言い訳の言葉を探すより早く、背中を冷たさが走った。
指先が、かすかに白む。氷の気配――いや、違う。影が滲むように、熱でも冷でもない“空白”が皮膚の下で蠢いた。
ヴィルの眉がわずかに動く。
「……やはり反応するか。」
俺は一歩、無意識に後ずさる。
この世界では、ただ名乗るだけで“下”に転がり落ちる烙印。
それを俺は、なんの覚悟もなく口にしたのだ。
ヴィルが木刀を肩に載せ、静かに告げる。
「ここで嘘を重ねれば、おまえは守れない。レイズも、家もだ。」
心臓が、ひとつ強く跳ねた。
――どうする。
俺は、“俺”を言うのか。
それとも、“レイズ”を演じ切るのか。
砂塵が、音もなく落ちる。訓練場の空気だけが、やけに澄んでいる。
「……俺は、死……死属性の使い方を知っている! だから殺気を向けるのはやめてくれ!」
必死に叫んだ。心臓が爆発しそうだ。
(ムリムリ……ほんと怖い! この人、マジで強いよ! ゲームでもこんな強キャラいなかったのに……!)
ヴィルの眼がさらに鋭くなる。
「死属性の“有効性”を知っている、だと?」
その声は重く、冷たい。
「……そんなことは、誰にも解明できていない。この世に“扱える者”など存在しないはずだ。なぜ嘘を重ねる?」
「ほ、ほんとに! ほんとに知ってるんだ!」
必死に首を振る。
「証明だってできる! ただ……今は使い方が分からない。だから……教えてくれ! 教えてもらえれば示すから! だから殺すのは待ってくれ!」
ヴィルは木刀をゆっくり下ろし、俺を見据えた。
「……示せるのか?」
「お、教えてもらえれば……! 必ず!」
長い沈黙が流れる。
やがてヴィルは目を細め、吐息を漏らした。
「……いいだろう」
「ほ、ほんとに!?」
「だが覚えておけ。これは“修練”ではない。生まれ持った属性を、どう生かすかを探るだけだ。……死属性が本当に使えるというのなら、ここで初めて証明される」
ヴィルの言葉は冷静だった。
彼にとってこれは“現実”だ。
ゲームもチュートリアルも存在しない。あるのはただ、生まれ持った属性と、それを使う覚悟だけ。




