様々な事実の錯誤
レイズはしばらく黙り込んでいた。
胸の奥に、重たい霧のようなものが広がっていく。
(……そうか。レイズはきっと、親を若くして失ったから……だから心が荒んでいったんだな)
自分なりの答えを出しかけた、その時だった。
ヴィルの低い声が静かに続く。
「……そうですね。セシルさんとリヴェルは……レイズが物心つく前に亡くなりました」
イザベルが悲しそうに目を伏せる。
ヴィルは厳かに言葉を重ねた。
「だからこそ、レイズには“両親の記憶”などほとんど残っていないでしょう」
――衝撃。
レイズは思わず息を呑んだ。
(……違うのか。俺が想像していた理由じゃない。じゃあ……なぜレイズは、あんなにも荒んでいたんだ……?)
その答えはまだ見えなかった。
レイズは唇を噛んだ。
(……怖い。今、この理由を聞くのは……俺にはできない)
ただひとつだけ理解できた。
――ここがアルバード家であること。
――そしてリヴェルが、ヴィルの実の息子だったということ。
「……」
俺は沈黙し、ヴィルが口を開くのを待った。
ヴィルは表情をいっさい変えず、静かに告げる。
「……昔のことです」
その言葉で全てを断ち切るように、ヴィルは話を終えた。
レイズの胸には、新たな疑問だけが重たくのしかかる。
イザベルがぱっと顔を明るくして口を開いた。
「それでね、レイズくん。私、今日からこの屋敷に住むことにしたの」
どこか弾むような声色だった。
重い話を続けた直後のその一言に、レイズは一瞬返事に困る。
「……ぁあ、そうなのか」
ただそれだけしか言えなかった。
イザベルは首をかしげる。
「なんか反応が薄いなぁ……」
だがレイズの頭には、別の疑問が渦巻いていた。
(……なんで俺が“当主”なんだ?)
そして、思わず口にしてしまう。
「……なぁ、どうして俺が当主なんですか?」
その言葉に、場の空気が一瞬で張り詰める。
ヴィルの瞳が鋭く光り、食堂の空気を重く支配するのだった。




