様々な事実の錯誤
レイズはしばらく黙り込んでいた。
胸の奥へ、重たい霧のようなものが静かに広がっていく。
(……そうか。)
(レイズはきっと、親を若くして失ったから……。)
(だから、あんなにも心が荒んでいったんだな……。)
自分なりに答えへ辿り着こうとした、その時だった。
ヴィルが静かに口を開く。
「……そうですね。」
「セシルさんとリヴェルは、レイズが物心つく前に亡くなりました。」
その言葉に、イザベルも悲しそうに目を伏せる。
ヴィルはゆっくりと言葉を続けた。
「だからこそ。レイズには、ご両親との記憶はほとんど残っていないでしょう。」
「…………。」
俺は思わず息を呑んだ。
(……違う。)
(俺が考えていた理由じゃない。)
(物心がつく前に亡くなったなら……。)
(じゃあ、なんでレイズはあんなにも荒れていたんだ……?)
胸の奥へ、新たな疑問が生まれる。
答えは見えない。
いや。
今は、その答えを聞くことが少し怖かった。
(……まだ、聞けない。)
聞いてしまえば。
もう後戻りできない気がした。
ただ、一つだけ分かったことがある。
アルバード家。
そして。
リヴェルという人物は、ヴィルの実の息子だったということ。
食卓へ静かな沈黙が流れる。
やがてヴィルは、小さく目を閉じた。
「……昔のことです。」
短い一言だった。
それ以上、語るつもりはない。
語れば。
きっと皆が苦しくなる。
だからこそ。
ヴィルは、その話を静かに終わらせた。
俺も、それ以上は何も聞かなかった。
そんな空気を変えるように、イザベルがぱっと顔を上げる。
「…あっ!」
先ほどまでの暗い表情が嘘だったかのように笑顔を浮かべた。
「そうだ、レイズ君!」
「今日から私、この屋敷に住むことになったの!」
どこか弾むような声だった。
きっと。
わざと話題を変えてくれたのだろう。
「……あぁ。」
「そうなんだ。」
俺はそれだけ答える。
頭の中は、まださっきの話でいっぱいだった。
イザベルは少しだけ頬を膨らませる。
「なんか反応薄くない?」
「もっと『えぇ!?』とか驚いてくれてもいいじゃない。」
「いや……。」
苦笑するしかない。
「今日は色々ありすぎてさ。」
「それもそっかぁ…」
イザベルも苦笑し、それ以上は何も言わなかった。
少しだけ空気が和らぐ。
けれど。
俺の胸には、もう一つだけ引っ掛かっていることがあった。
(……そうだ。)
(一番大事なことを聞いてない。)
俺はヴィルを見つめる。
「もう一つだけ。」
ヴィルも静かに視線を返す。
「なんでしょう。」
俺はゆっくり息を吸った。
「どうして……。」
「俺が当主なんですか?」
その瞬間だった。
食堂の空気が変わる。
イザベルの笑みが静かに消える。
ヴィルもまた、静かに目を閉じた。
誰も、すぐには答えない。
長い沈黙だけが流れる。
やがてヴィルは、小さく息を吐いた。
「……それは。」
低く、重い声だった。
その一言だけで。
食堂の空気は張り詰める。
そして。
アルバード家の本当の過去が、静かに語られようとしていた。




