レイズの親は。
どうやらヴィルは、俺が“この世界のレイズではない”ことをイザベルへ話してしまったと思っているらしかった。
慌てて俺は口を開く。
「いや、ヴィル!」
「相談役を寄越すって……イザベルのことじゃなかったのか?」
ヴィルは一瞬だけ目を伏せ、小さく息を吐いた。
「……ええ。」
「これは私の誤算でした。」
「ですが、いずれ話す時が来るとは思っていたのです。」
その声には、珍しく申し訳なさが滲んでいた。
すると隣でイザベルが呆れたようにため息をつく。
「もう……。」
「おじいさまが悪いのよ?」
「ひとりで勝手に決めちゃうんだから。」
イザベルは肩をすくめながら俺を見る。
「ねぇ、レイズ君だって困るでしょ?」
「えっと……。」
俺は思わず聞き返した。
「お、おじいさま……?」
その呼び方が妙に引っ掛かった。
今まで自然すぎて気付かなかった。
ヴィルとイザベルの距離感。
遠慮のない会話。
家族だからこその空気。
「……あ。」
ようやく一つの答えへ辿り着く。
「まさか……。
俺は二人を交互に見た。
「二人って……。」
「祖父と孫なのか!?」
イザベルは照れくさそうに笑う。
「そうだよ。やっと気付いたの?」
「いやいやいや!」
俺は思わず立ち上がりそうになる。
「今まで誰も言わなかったじゃん!」
ヴィルは静かに頷いた。
「ええ。」
「ですので、この場でお話ししておく必要があります。」
その声音が、少しだけ重くなる。
「イザベルは確かに私の孫です。」
一拍置き。
ヴィルは真っ直ぐ俺を見た。
「――ですが。」
「レイズ。」
「おまえもまた、私の大切な孫なのです。」
「…………は?」
頭が止まる。
理解が追い付かない。
混乱したまま俺は皿へ視線を落とし――
気付けば。
ガブリッ。
目の前の肉へ勢いよくかぶりついていた。
「……。」
「……。」
静まり返る食卓。
イザベルが呆れたように呟く。
「なんで今、お肉かじるのよ……。」
「し、仕方ないだろ!」
俺は肉を咀嚼しながら必死に弁解する。
「驚きすぎて!」
「口が勝手に動いたんだ!」
ヴィルは堪えきれなかったのか、小さく笑みを浮かべた。
「ふふ……。」
その笑顔を見て、イザベルまで吹き出してしまう。
「もう、レイズ君らしいね…。」
少し笑いが落ち着いたところで、イザベルが優しく言った。
「だからね。」
「レイズ君と私は従兄妹なの…。」
「従兄妹……?」
俺は首を傾げる。
「あぁ……つまり親同士が兄妹ってことか。」
「そういうこと。」
イザベルは頷いた。
だが、その瞬間。
俺の頭へ新たな疑問が浮かぶ。
「……そういえば。」
「俺の親って、どこにいるんだ?」
「一度も会ったことないんだけど…」
その一言だった。
空気が変わる。
さっきまで笑っていたイザベルの表情が固まる。
ヴィルも静かに目を閉じた。
数秒の沈黙。
そして。
ヴィルが静かに口を開く。
「……亡くなりました。」
短い言葉だった。
だが、その重さは何よりも大きい。
胸の奥へ、ずしりと沈んでいく。
「…………。」
俺は何も言えなかった。
イザベルも俯いたまま黙っている。
その表情を見るだけで分かった。
二人にとっても、決して軽い話ではないのだと。
俺は小さく息を吐き、話題を変えるように口を開いた。
「……そうだ。」
「もう一つ聞いていいか…?」
ヴィルは静かに頷く。
「なんでしょう?」
「なんで執事長なんて名乗ってたんだ?」
「あんた、本当はアルバード家の当主だったんだろ?」
ヴィルは少しだけ苦笑した。
「ええ。」
「それが、一番手っ取り早かったからです。」
「いやいやいや!」
俺は思わず机へ身を乗り出す。
「そのあと本当のことを言う機会、いくらでもあったよね!?」
「そうですね。」
ヴィルはあっさり認めた。
「ですが、レイズ。」
「私は、おまえを当主として認めています。」
「……。」
真っ直ぐな瞳だった。
そこには一切の迷いがない。
その隣で、イザベルも少し照れながら小さく呟く。
「……わたしも。」
「レイズ君のこと、ちゃんと当主だって思ってるから。」
「いや、認めんなよぉぉぉ!?」
俺は頭を抱えた。
「最初に言えよ!」
「俺だけ何も知らなかったじゃん!」
「申し訳ありません。」
ヴィルは素直に頭を下げる。
イザベルは思わず吹き出した。
「ふふっ。」
食卓へ、再び小さな笑いが戻る。
けれど
その笑いは長くは続かなかった。
俺の頭には、さっきの言葉が残っていた。
『亡くなりました』
その事実だけは消えない。
俺は二人の表情を見る。
ヴィルも。
イザベルも。
笑っているようで、どこか悲しそうだった。
(……しまった。)
聞かなきゃよかった。
そう思った。
「……いや。」
俺は首を横へ振る。
「なんでもない……」
それ以上、その話を続けることはできなかった。




