食事にいきましょう。
メイドの少女はぺこりと頭を下げた。
「レイズ様、食事の用意ができました」
「そ、そうか……」
俺は慌てて取り繕うように返事をする。
まだ危ない。
ここは異世界だ。
そして俺はレイズとして扱われている。
下手なことを言えば怪しまれるかもしれない。
「それで君……いや、その……今日の食事はどんなメニューなんだ?」
少女はきょとんとした顔をした。
「レイズ様……?」
しまった。
名前が分からない。
だが少女はすぐに答えた。
「本日は豚の丸焼きを一頭と、レイズ様のお好きなカウイジュースをご用意しております」
「……豚の丸焼き?」
「はい」
「一頭…?」
「はい!」
「丸ごと?」
「はい!!!」
俺は固まった。
少女は少し首を傾げる。
「それとレイズ様。いつもは私のことをリアナとお呼びくださるのですが……」
少しだけ寂しそうな顔。
あ。やべ……。
「そ、そうだ! リアナ! リアナだった!」
慌てて誤魔化す。
だが次の瞬間。
「って豚の丸焼き一頭!? そんなもん食えるか!!」
思わず叫んでいた。
リアナがびくりと肩を震わせる。
「む、無理無理無理! 腹が破裂するわ! 何考えてんだよ!」
俺の狼狽をよそに、鏡の中のレイズは静かに笑っているように見えた。
――食っていたさ。
いつも通りにな。
そう言われた気がした。
「おい……マジかよ…」
頭を抱える。
つまりこの身体の持ち主は、本当に豚の丸焼きを平然と食べていたということだ。
恐ろしい。
あまりにも恐ろしい。
「その、リアナ………」
「はい」
「俺は豚の丸焼きじゃなくて、野菜とかそういうヘルシーなのがいいんだけど……」
その瞬間だった。
リアナの顔色が変わった。
「な、なにをおっしゃるのですか!?」
「え?」
「レイズ様!?」
まるで天変地異でも起きたような顔だった。
「いつもでしたら『なんで二頭じゃないんだ!』と仰るのに!」
「殺す気かァァァ!!?」
叫び声が廊下に響き渡る。
リアナは本気で驚いていた。
「そ、そんな……」
「そんなじゃねえよ!」
「では作り直しますか……?」
「いや、それは悪いから……とりあえず案内してくれよ…」
こうして俺はリアナに案内され食堂へ向かった。
そして。
見た。
本当にいた。
豚が…丸ごと…一頭。
巨大なテーブルの中央に堂々と鎮座していた。
香ばしい匂いが広がっている。
皮は黄金色。
肉汁はしたたり落ちている。
料理としては間違いなく美味そうだった。
だが。
量がおかしい。
どう考えても十人前以上ある。
「これを……?」
「はい」
「一人でか?」
「はい!」
「俺が?」
「はい!!!」
俺は静かに天井を見上げた。
神様。
俺、何か悪いことしましたか?
椅子に腰掛ける。
広い食堂には俺とリアナしかいない。
異様な光景だった。
とりあえずナイフを入れる。
肉を切る。
口に運ぶ。
そして――。
「……え?」
思わず固まった。
うまい。
めちゃくちゃうまい。
柔らかい。肉汁が溢れる。香辛料も絶妙だ。
「な、なんだこれ……」
二口目。三口目。四口目。
止まらない。
気付けば俺は夢中になって食べていた。
そして。食べ終わった。本当に…全部。
綺麗に
「…………」
俺は皿を見る。豚はいない。完全に消えた。
俺の腹の中だ。
「……マジかよ」
信じられなかった。確かに満腹感はある。
だが。
まだ食べられる。
身体がそう訴えているようだ。
「化け物かよ……おい…」
ぽつりと呟く。
その横でリアナは安心したように微笑んでいた。
「よかったです」
「ん?なにが……」
「いつも通りで安心しました」
「いや………安心するなよ……」
即座にツッコむ。
「その、リアナ……」
「はい」
「次からは半分以下にしてくれ」
「えっ!!」
「あと野菜をつけて!」
「えっ!!?」
「サラダとか」
「えっ!!!!?!?」
リアナの顔がどんどん青くなっていく。
「レイズ様……」
「なんだ?」
「それでは餓死してしまいます!!」
「しねえよ!!」
思わず机を叩いた。
広い食堂に声が響く。
リアナは本気で驚いた顔をしている。
俺は首を傾げた。
なんなんだ。
何もおかしなことは言っていないだろう。
だが。
リアナは違った。
レイズは使用人と雑談しない。
レイズは食事内容を気にしない。
レイズはこんな風に笑わない。
そして何より。
レイズは使用人相手に軽口を叩かない。
今までなら。
「下がれ」
その一言で終わっていた。
だからこそリアナは戸惑っていた。
目の前にいるのは確かにレイズだ。
顔も。声も。身体も。
何一つ変わっていない。
それなのに。
中身だけが別人のようだった。
(やっぱり……おかしい…)
リアナはそっとレイズを見る。
するとレイズは真剣な顔で腹をつついていた。
ぷに。
ぷにぷに。
ぷに。
「やわらかいな…」
「……」
リアナは思わず目を逸らした。
今まで一度も見たことのない光景だった。
だから少しだけ試してみる。
「レイズ様」
「ん?」
「やはり豚を二頭にいたしましょうか?」
「するか!!」
即答だった。しかも全力で。
リアナは危うく吹き出しそうになる。
慌てて口元を押さえた。
演技ではない。
ここまで自然に振る舞えるはずがない。
目の前にいるのは確かにレイズ。
それでも。レイズではない。
そんな矛盾した感覚が胸の中で膨らんでいく。
(本当に……どうされたのでしょう)
怖いはずだった。警戒すべきはずだった。
だが不思議と嫌ではない。
むしろ。少しだけ楽しかった。
そんな感情が芽生えていることに、リアナ自身が戸惑う。
そして当の本人は。
「よし」
真剣な顔で立ち上がった。
「やるべきことは…ダイエットだ」
拳を握る。
決意に満ちた顔だった。
その姿を見ながらリアナは確信に近いものを抱く。
何かが起きた。間違いなく。レイズ様に。
それも、とても大きな何かが。
けれど――。
それが悪い変化ではないことだけは。
なんとなく分かる気がしていた。




