裸の付き合い。
レイズはついに――
「一人での入浴権」
という偉大なる権利を勝ち取った。
胸を張りながら湯殿へ向かい、体を洗い流す。
そして湯船へ足を入れようとした、その時だった。
ぞわり。
背筋に嫌な予感が走る。
(やばい……)
レイズの表情が固まる。
(この流れ……絶対あれだろ)
脳裏によぎる嫌な未来。
『お背中をお流しいたします』
『当主様のお世話は当然です』
『お気になさらず』
(来る……絶対来る……!)
レイズは湯船へ身を沈めながら、ちらちらと入口へ視線を向ける。
心臓が妙に騒がしい。
やがて――
静かに人影が差し込んだ。
(き、きたぁぁぁぁぁ!!)
レイズの脳内で警報が鳴り響く。
(ど、どうする!?)
(見ない!)
(絶対見ないぞ!!)
固く決意する。
しかし人影はゆっくりと近づき、
落ち着いた声で告げた。
「……お背中をお流ししてもよろしいでしょうか」
その声に恐る恐る振り返る。
そして視界へ飛び込んできたのは――
完璧な立ち姿。
整った顔立ち。
隙のない所作。
正真正銘の超絶イケメン執事。
クリスだった。
レイズは思わず叫ぶ。
「おまえかい!!」
浴場にツッコミが響き渡った。
クリスは首を傾げる。
「……はい?」
本気で意味が分かっていない顔だった。
「何かおかしなことを申しましたでしょうか?」
レイズは心の中で全力絶叫する。
(いやいやいやいや!!)
(おかしいのはそっちだろ!?)
(なんで当主が風呂入ってるところへ普通に入ってくるんだよ!?)
(この屋敷どうなってんだよ…)
だが。
相手はクリスである。
あまりにも真面目だ。
そして何故か妙に格好良い。
そんな相手に本音をぶつけるのも負けた気がした。
レイズは咳払いをする。
「……ふっ」
無意味に格好をつける。
「よく来たな」
クリスは安心したように微笑んだ。
「ありがとうございます」
その返事にレイズは少し後悔した。
実はクリスがここへ来たのには理由があった。
少し前――
ヴィルとクリスの間で交わされた会話。
「……それではクリス」
「はい」
「レイズは入浴へ向かったようだな」
「そのようです」
ヴィルは深く頷く。
「ならば君も行きなさい」
「……はい?」
珍しくクリスが固まった。
だがヴィルは真面目だった。
「相談役として距離を縮めるには、ああいう場の方が心を開きやすい」
「し、しかし……」
「問題ない」
即答だった。
「むしろ効果的だ」
ヴィルはそう言い切ったのである。
そして現在。
クリスはその教えを忠実に実行していた。
湯気の中。
クリスは一歩下がり、静かに頭を下げる。
ヴィルの言葉を思い出していた。
(……流石はヴィル様)
尊敬の念が深まる。
(全て見抜いておられたのですね)
そして真っ直ぐにレイズを見つめた。
「やはりヴィル様のお考えは正しかったようです」
「ん?」
レイズは嫌な予感しかしなかった。
クリスは感慨深そうに続ける。
「レイズ様は私を待っていてくださったのですね」
「…………」
「このようにご一緒させていただけること、誠に感謝いたします」
レイズの脳内で大爆発が起きた。
(待ってねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!)
(一秒たりとも待ってない!!)
(むしろ来るなと思ってた!!)
だが。
外面だけは必死に取り繕う。
「あ、あぁ……」
引きつった笑顔。
「まぁ……そういうことだな」
クリスはほっと胸を撫で下ろした。
「ありがとうございます」
その笑顔は実に爽やかだった。
レイズは遠い目をする。
なお。
レイズは決してがっかりしていたわけではない。
決して。
がっかりしていたわけではないのである。
そしてクリスは――
レイズとの距離が縮まったと心から喜ぶのだった。




