真実を見てる。
イザベルは笑っていた。
先ほどまで涙が出るほど笑っていたはずなのに、今はもう違う。
確かに笑っている。
けれどその心の奥では、別の感情が静かに渦を巻いていた。
(あの魔法……)
レイズが発動しようとしていた魔法。
結局は発動しなかった。
だが、それでもイザベルは見逃していない。
あれは間違いなく自分の知らない魔法だった。
少なくともアルバード家に伝わる氷魔法ではない。
見たことがない。
聞いたこともない。
それなのに、レイズは当然のようにそれを扱おうとしていた。
魔法とは理解だ。
火属性持ちの人々は火を理解するから火を生み出せる。
水を理解するから水を操れる。
そして理解とは経験によって深まる。
自ら研究するか。誰かから学ぶか。
あるいは実際に目にするか。
その積み重ねによって魔法は形になる。
だからこそ違和感があった。
氷属性は希少だ。
世界全体を探しても使い手は少ない。
その中でも高度な魔法となればさらに限られる。
もし誰かがレイズへ教えたのだとすれば。
可能性があるのはクリスだけだろう。
だが。
イザベルは首を横に振った。
違う。
クリスではない。
クリスは強いし魔法の適正が段違いなのは……よく知っていた。
だが、あの魔法は知らないはず
そもそも扱えるかどうかすら怪しい。
それなのにレイズ君は知っている…?
当然のように…?
まるで最初から知識として持っているかのように。
(レイズ君……あなた、一体何を知っているの?)
胸の奥に小さな違和感が生まれる。
だがそれは嫌な感情ではなかった。
むしろ興味に近い。そして同時に。
少しだけ寂しかった。
目の前にいるレイズを見ていると、昔とは違う何かを感じる。意地を張る姿。
負けず嫌いなところ。
真剣に努力しているところ。
昔なら全部同じはずなのに。
どこか違う。
(なんだろう……)
イザベルはレイズを見る。
魔力を練りながら必死に集中している。
その横顔が妙に大人びて見えた。
(なんか前よりずっと……大人になったみたい…)
胸がざわつく。不思議だった。
昔は自分が引っ張っていたはずなのに。
いつの間にか追いかける側になっている気がした。魔法の知識だけは自信はあった。
そんな感覚があった。
イザベルは表情を整える。
そして教師のような口調で言った。
「じゃあ次は簡単な魔力トレーニングだね?」
レイズが顔を上げる。
「魔力を錬成したまま私と会話するの。途切れたら最初からやり直し…だから集中してね?」
「わかった」
素直な返事。
以前なら面倒そうな顔をしていたはずだ。
そんなことを思いながらイザベルは微笑んだ。
「じゃあ始めようか?」
レイズは目を閉じる。
ゆっくりと魔力を練る。
青白い魔力が身体の内側で循環しているのが感じられた。
まだ不安定だ。
だが確実に成長している。
イザベルはそんなレイズを見つめながら質問を投げる。
「ねぇレイズ君」
「ん?」
「どうしてダイエットなんか始めたの?」
レイズは黙った。
そして自分の腹を見る。
ぷるん。
再びイザベルを見る。
ぷるん。
さらに腹を見る。
ぷるん。
「……」
「……」
イザベルは吹き出した。
「ふふっあははっ」
肩が震える。
「ご、ごめん」
笑いを堪えながら首を振った。
「ううん。理由はよく分かった」
レイズは真剣な顔で頷く。
イザベルはまた笑った。
本当に変わった。
以前なら絶対に見せなかった表情だ。
「そんなに気にしなくてもいいと思うけどなぁ?」
そう言うとレイズは全力で首を横に振る。
イザベルはまた吹き出した。
そして少しだけ真面目な顔になる。
「じゃあ次の質問」
風が草原を揺らした。
「昔、この草原で遊んだこと覚えてる?」
レイズの動きが止まる。
少し考えた後。
静かに首を横に振った。
「……そう」
イザベルは小さく呟く。
「じゃあ私たちが初めて会った日のことは?」
再び沈黙。
レイズは困ったような顔をした。
そして首を横に振る。
イザベルの胸が少しだけ痛んだ。
忘れるはずがない。
あの日のことを。
少なくとも以前のレイズなら。
「じゃあ……」
イザベルは空を見上げた。
青空が広がっている。
「約束も覚えてない?」
レイズが目を瞬かせる。
心当たりがない。そんな顔だった。
そして。
また首を横に振る。
イザベルは微笑んだ。
悲しそうに。寂しそうに。それでも優しく。
「そっかぁ……」
短い言葉。
だがそこには様々な感情が込められていた。
レイズは気付いていない。
けれどイザベルは気付き始めていた。
魔法。記憶。考え方。話し方。仕草。
あまりにも違う。
まるで別人だ。
それなのに。
目の前にいる少年は間違いなくレイズだった。
顔も。声も。魔力も。全部レイズ。
だからこそ分からない。
だからこそ怖い。
そして――だからこそ目が離せなかった。
イザベルは静かにレイズを見る。
真っ直ぐに。優しく。愛おしむように。
「ねぇ、レイズ君」
「ん?」
「もしもね」
イザベルは微笑む。
「別人になっちゃったとしても」
その瞬間。
レイズの肩が僅かに震えた。
本当に僅かだった。
だがイザベルは見逃さない。
「私はきっと見つけられると思うな…」
レイズの魔力が乱れる。
ほんの一瞬。
本当に一瞬だけ。
張り詰めていた集中が揺らいだ。
イザベルは何も言わない。
ただ微笑んでいた。
まるで。
もう答えを知っているかのように。
そして核心を付いたように。
「ねぇ…貴方は本当にレイズくん…?」
レイズの魔力錬成は完全に途絶えたのだった。
それはそのまま答えであるかのように。




