ゲームに登場しない彼らは
草原へ足を踏み入れると、柔らかな風が二人を包み込んだ。
青空の下。草花が静かに揺れ、心地よい風が頬を撫でていく。
イザベルは目を細め、嬉しそうに微笑んだ。
「風が気持ちいいね」
レイズも風を受けながら頷く。
「ああ、そうだな」
そう答えたものの、その意識はどこか遠くにあった。
(……おかしいんだ)
風景を眺めながら考える。
(ゲームには、こんな人たちは存在しなかった)
アルバードの使用人たち。
誰もが確かに生きている。
笑い、悩み、働き、未来を夢見ている。
それなのに。ゲームの中では、彼らの名前は語られなかった。
存在すら知られていなかった。
(じゃあ、本来の歴史ではどうなったんだ……?)
胸の奥が少しだけ痛む。
(消えたのか?)
(存在しなかったことになったのか)
(それとも――)
考えれば考えるほど答えは出ない。
だが一つだけ確かなことがある。
彼らは背景ではない。物語を彩るためだけの存在でもない。
確かにここで生きている。
それを知ってしまったからこそ、レイズの心はざわついていた。
風が吹く。草花が揺れる。
レイズは遠くを見つめたまま、深い思索へと沈んでいく。
そして――
「もしもーし!」
声がした。
「レイズくーん!」
耳元で。至近距離で。
「うわぁっ!!」
レイズは飛び上がった。
慌てて振り向く。
そこには満面の笑みを浮かべたイザベルの顔があった。
「お、おいっ!」
イザベルは堪えきれずに笑い出す。
「ふふっ、ごめんごめん」
肩を震わせながら笑う。
「全然返事してくれないんだもん」
そして少し身を乗り出した。
「なに考えてたのか、お姉さんに言ってごん?」
無邪気な笑顔。
悪意など欠片もない。
レイズはしばらくその顔を見つめた。
そして思う。
(……やっぱり子供だな)
先ほどまで感じていた緊張も動揺もどこかへ消えていた。
年齢だけなら自分の方が子供だ。
だが精神年齢なら話は別である。
自然と落ち着きを取り戻していた。
「そうだな……」
レイズは空を見上げる。
「今から何年も先」
そして静かに続ける。
「いや、何十年も先のことを考えていた」
イザベルは目をぱちくりとさせた。
数秒後。
にこりと笑う。
「わぁ」
感心したような声。
「なんだかすごく偉い人みたいだね」
レイズは得意げに胸を張った。
「当たり前だろ」
ふん、と鼻を鳴らす。
「俺は当主だぞ!」
堂々たる宣言。その瞬間。
草原へ明るい笑い声が響いた。
イザベルは堪えきれずに笑っている。
だが――
レイズは決して冗談で言ったわけではなかった。
本当に未来を見ていたのだ。
誰も知らない未来を。
ゲームの中の未来を。
そこにいたレイズは中年となり、小太りの身体を揺らしていた。
今の幼い姿とは似ても似つかない。
だがそれは確かに存在した未来。
十数年後の姿。
この世界が本来辿るはずだった歴史の一端である。
だからこそレイズは考える。
この先、何が起きるのか。
誰が生き残り。
誰が消えていくのか。
そして――
今、隣で笑っているイザベルは。
その未来で、一体どこにいるのだろうか。




