すれ違いも加速する
その頃――王城では。
カイネルが玉座に腰掛けながら、ふと窓の外へ視線を向けていた。
「…………今頃、到着した頃か?」
その呟きを聞き、傍に控えていた者がわずかに不安そうな表情を浮かべる。
「陛下……本当に、大丈夫でしょうか」
「問題ないはずだ」
カイネルは迷うことなく答えた。
システィーヌをアルバードへ向かわせたことに、後悔などない。むしろ、あの二人だからこそ直接会わせる必要があると考えていた。
「ゆっくりでいい。互いをゆっくりと知り、互いの考えを理解し、そして認め合えばいい。レイズとシスティーヌならば、それを必ず成し遂げるだろう」
カイネルの口元に、穏やかな笑みが浮かぶ。
王国とは、今ある形を永遠に守り続けるだけのものではない。次の世代には次の世代の考え方があり、その者たちが新たな道を作っていく。
レイズとシスティーヌ。
二人が互いを知り、互いの考えを認め合うことができれば、それはきっと次代の王国にとって大きな意味を持つ。
「故に――次代の王国は、また一つ大きな成長を遂げることができる」
「…………なるほど」
その言葉には確かな自信があった。
何も急ぐ必要はない。
まずは会う。
話をする。
互いを知る。
そこから少しずつ関係を築いていけばいいのだ。
少なくともカイネルは――そう考えていた。
「父上ぇぇぇぇぇ!!」
バァンッ!!
突然、玉座の間へ続く扉が勢いよく開いた。
「…………む?」
カイネルがそちらへ顔を向ける。
そこには肩で大きく息をしながら、こちらへ駆け寄ってくるリオネルの姿があった。
「はぁ……はぁ……父上!!」
「どうしたのだ、リオネル。そのように慌てて」
「聞きました!!」
リオネルは息を整える間も惜しむように、父へ詰め寄った。
「システィーヌを、もうアルバードへ向かわせたと!!」
「なんだ、その話か」
「その話か、ではありません!!」
カイネルは息子の剣幕にも動じることなく、ゆったりと玉座へ身体を預ける。
「少し予定を先送りしただけの話だ。なに、何も心配することはない。システィーヌはお前と同じく優秀なのだから、案ずる必要など――」
「システィーは!!」
リオネルの声が玉座の間へ響いた。
「…………む?」
「システィーは確かに優秀です! 頭も良い! 物事を見る目もあります! ですが――あまりにも純粋なのですよ!?」
「…………」
「お迎えに向かわせるだけなら、まだ分かります! ですが、アルバードに数か月も滞在させるなど……父上、本気なのですか!? 学院でもすでに騒ぎになっています!!」
リオネルの顔には、本気の焦りが浮かんでいた。
自分の妹が優秀であることなど、誰よりも理解している。だからこそ心配なのだ。
システィーヌは賢い。
けれど同時に、自分が正しいと思ったことへ一直線に進んでしまうところがある。
ましてや今回向かった先は、あのアルバードなのだ。
「私が迎えに行きます!」
「ならん」
「まだ最後まで言っておりません!!」
「言わずとも分かる」
カイネルは即答した。
「学院をしばらく休ませてください! 私自身がアルバードへ向かい、システィーヌを――」
「ならんと言っている」
「父上!!」
カイネルは先ほどまでの穏やかな表情を少しだけ引き締めると、真っ直ぐに息子を見つめた。
「リオネル。お前には、お前のやるべきことがある」
「ですが――」
「私の次は、お前なのだ」
「…………!」
その言葉に、リオネルが一瞬だけ黙った。
カイネルは続ける。
「お前がこの国を導かなくてはならん。学院で学べる時間を、妹が心配だからという理由で投げ出すことを余が認めると思うか?」
「それは……」
「システィーヌにはシスティーヌの役目がある。そして、お前にはお前の役目がある。妹を信じてやることも兄の務めではないのか?」
「ぐっ……!」
正論だった。
あまりにも正論だった。
そして何より。
『私の次は、お前なのだ』
その言葉は、リオネルにとってずっと望んでいたものでもあった。
父から次代の王として正式に認められている。
嬉しくないはずがない。
むしろ、心の底から嬉しい。
だが――。
今はそれとこれとは別なのだ。
「ほら。分かったのなら、さっさと学院へ戻らぬか!」
「ち、父上!? いや、しかしシスティーが――!」
「連れ出せ!」
「ハッ!失礼します!リオネル様!」
「ち、違う!! 待て!! 私は父上に認めていただけたことが嬉しくないわけではない!! むしろ嬉しい!! ですが今はそういう話ではなくてですね!!」
左右から腕を取られ、リオネルの身体がずるずると扉の方へ運ばれていく。
「父上!! 話を!! せめて私の話を最後まで聞いてください!!」
「学院へ戻れ!」
「ち、父上ぇぇぇぇぇぇ!!」
その叫び声は、扉の向こうへ消えていった。
玉座の間に静けさが戻る。
カイネルは満足そうに一つ頷いた。
「まったく。心配性な兄だ……あやつは……」
だが、その表情はどこか嬉しそうでもあった。
自分の後を継ぐ息子が妹を大切に思っている。それ自体は、決して悪いことではない。
ただ――。
カイネルは知らない。
つい先ほど、自分が、
『ゆっくりでいい。互いをゆっくりと知り、認め合えばいい』
そう語っていた、その頃。
アルバードでは。
システィーヌとレイズが、ようやく初めて顔を合わせ――。
そして
会話らしい会話すら始まる前に。
「私と婚約してください」
すでに、そこまで話が進んでいたことを。
もちろん。
リオネルも知らない。
もし知っていたのなら――。
おそらく今頃、学院へ連れ戻す者たちを振り切ってでも、アルバードへ向かおうとしていただろう。




