生きる楽しさの形
その頃――王城では、束の間の休息の時間が訪れていた。
「ふぅ…………」
カイネルは玉座へ深く腰掛けながら、満足そうに息を吐いた。
なんとも言えない達成感がある。
メモリアルストーンに関する今後の方針を決め、システィーヌをアルバードへ送り出し、それに伴う様々な指示も出した。まだやるべきことはいくらでも残っているが、ひとまず一区切りはついたと言っていいだろう。
だからこそ――。
「少し休憩をするべきだな。あまりに事を急ぎすぎるのも良くない」
カイネルがもっともらしくそう告げると、その場にいた者たちの反応は見事に分かれた。
(いや……一番急ぎすぎているのは陛下では……?)
そう思う者もいれば、
(さすが陛下だ……! 常に先を見据えておられる……!)
と感動する者もいる。
もっとも、カイネルにとってはどちらでもよかった。
自分の言葉一つで周囲が困惑したり、感心したり、慌てたりする。そのすべてが、今のカイネルには妙に心地よかった。
(うむ……なんだか今、最高に王をしている気がするな)
そんな感傷に浸っていた時だった。
「陛下…………」
静かに声をかけてきたのはキュレスだった。
「なんだ? 休憩の時間と言ったであろう」
「いえ、その……申し訳ございません。ただ、一つだけお聞きしておきたいことがございまして」
「ふむ?」
「先ほど、リールという商人にシスティーヌ様を任せておられましたが……あれには、どのような意図があったのでしょうか?」
「ああ、そのことか」
カイネルは何でもないことのように答える。
「単純な話だ。システィーヌは賢い。故に、真実を見る眼に関して言えば余はあれを信用している」
娘だからというだけではない。
システィーヌには、目の前にあるものを自分なりに考え、判断できるだけの知性がある。多少思い込みが強いところはあるが、それも実際に自分の目で見れば変わる可能性がある。
「そしてリールだが、あれはアルバードの異常さも王国の事情も、それなりに理解している。王国の人間でありながらアルバードへ何度も足を運び、レイズとも直接関わってきた。何より、あれが一緒であればアルバードの者たちも妙に構えたりはせんだろう」
システィーヌだけが来た。
その事実を最初から明かしてしまえば、どうしても相手は身構える。
だがリールなら違う。
商人として何度もアルバードを訪れている彼が一緒なら、住民たちも普段に近い姿を見せるはずだ。
「余がシスティーヌに見てほしいのは、余所行きのアルバードではない。あの地の普段の姿だからな」
「なるほど……」
キュレスは納得したように頷いたものの、もう一つ疑問が残っていた。
「では、エルンスト様は……? わざわざ王国の座位騎士を同行させる必要まであったのでしょうか?」
その質問に、カイネルは僅かに眉を上げた。
「それは――余の娘が大切に決まっているからだろう?」
「…………」
あまりにも当たり前の答えだった。
「それは……確かに」
周囲の者たちまで思わず納得する。
だが、カイネルはそれだけでは終わらなかった。
「それにな。エルンストであれば、リールとシスティーヌの間で何かあったとしても、どちらか一方へ肩入れしすぎることなく公平に場を治められる。護衛としての実力も申し分ない。だからこそ、あの三人の組み合わせがちょうどいいのだ」
「なるほど……さすが陛下」
「うむ」
カイネルは満足そうに頷いた。
――知らない。
今頃そのエルンストが、
『エルンスト様。一度、止めていただいてもよろしいでしょうか?』
というリールの言葉を綺麗に無視し、
『エルンスト、止めてください』
というシスティーヌの一言には、
『ハッ』
と即座に従っていたことなど。
カイネルは、何も知らない。
「だからこそ、あの三人ならばバランスが良い。さて、それではそろそろ休憩を――」
カイネルが立ち上がる。
「――終わるとするか」
「陛下!!?」
キュレスが慌てて声を上げた。
「なんだ?」
「まったく休まれておりませんが!?」
「…………何?」
カイネルは心底不思議そうにキュレスを見る。
「話をしていたではありませんか!」
「それがどうした?」
「休憩になっておりません!」
「ハッハッハ!!」
なぜかカイネルは笑った。
「余をあまり甘く見るでない。これでも、ただ血筋だけでこの立場にいるわけではないぞ?」
「そういう問題では――」
「ハッハッハ!! 余はいま、最高に楽しいぞ!」
両手を広げ、豪快に笑う王。
その姿を見て、
(さすが陛下だ……!)
と感動する者もいれば、
(お願いですから休んでください……)
と心の底から願う者もいた。
反応はまちまちだった。
だが、それすらも今のカイネルにとっては愉快だった。
忙しい。
次から次へと問題が起こる。
考えるべきことも、決めるべきことも、山ほどある。
それでも――楽しい。
「…………そうか」
カイネルはふと、自分の中に生まれた感覚に気づいた。
生きるということは、何も命を懸けて戦うことだけではない。
国を動かすことも。
誰かの未来を考えることも。
次に何が起こるのかと胸を躍らせることも。
こうして忙しさに追われながら、それすら面白いと思えることも。
「これもまた……生きる楽しさというものか」
カイネルは小さく笑った。
そして、その視線がある物へ向かう。
そこに置かれていたのは一本の枝だった。
グレサスが持ち帰った網。
その網を分解したことで、ようやく本来の姿へ戻された――セフィロトの枝である。
「ふむ…………」
カイネルはその枝をじっと見つめた。
グレサスが勝手に切り落とし。
勝手に網の柄へと加工し。
ジュラの大地まで持っていった。
本来であれば、今思い出しただけでも頭が痛くなる代物なのだが――。
「…………」
カイネルの口元が、ゆっくりと上がる。
すでに決めていた。
この枝を、次に何へ使うのか。
「ハハハ…………」
また一つ。
やることが増えた。
「本当に忙しいな」
そう呟きながらも、その顔は笑っている。
「だが――それもまた、面白いものだ」
休憩をすると宣言してから、結局一度もまともに休むことなく。
王は再び、次の仕事へと手を伸ばした。




