ともにゆくぞ!
大書斎へたどり着いたレイズは、先ほどまでの威厳ある当主の顔をどこかへ置き忘れていた。
「すっげぇぇぇぇぇ!!」
目を輝かせながら声を上げる。
高い天井。
壁一面を埋め尽くす本棚。
そこに収められた膨大な書物の数々。
知識の海。
まさに異世界ファンタジーに登場する理想の大図書館だった。
少年の心が躍らないはずがない。
「やばい……やばいぞ……」
きょろきょろと辺りを見回す。
「これ全部読めるのか……?」
感動していた。
純粋に感動していた。
そんなレイズを見ながら、リアナは一歩前へ出る。
「それでは当主様」
丁寧に頭を下げる。
「中にはイザベル様がお待ちですので、私はここで失礼いたします」
「え?」
レイズは振り返る。
「一緒に入らないの?」
その問いにリアナは静かに首を横へ振った。
「私には許可がございませんので」
「ふむ」
レイズは腕を組む。
そして数秒考えた後。
堂々と胸を張った。
「ならば!」
びしっと指を突きつける。
「このレイズ・アルバードが許可する!」
どや顔だった。
実にどや顔だった。
「さぁ!」
勢いよく腕を広げる。
「共に行くぞリアナ!!」
その声は大書斎の重厚な扉すら突き抜け、中へ響いていった。
◇◇◇
その頃。
大書斎の奥。
窓際に腰掛けていたイザベルは思わず吹き出していた。
「ふふっ……」
肩を震わせる。
「なんだか雰囲気がガラリと変わっちゃったな」
かつてのレイズとはまるで違う。
けれど。
不思議と嫌ではなかった。むしろ。
その姿を見ていると胸が温かくなる。
イザベルは小さく微笑んだ。
「でも……」
柔らかな声が漏れる。
「そんなレイズ君も好きだなぁ」
窓から差し込む光が桃色の髪を優しく照らしていた。
◇◇◇
しかし。
レイズの勧誘は断られてしまう。
リアナは困ったように微笑んだ。
「ですが私には、やらなければならない仕事がございますので」
「むぅ……」
露骨に残念そうな顔になるレイズ。
リアナはそんな姿に少しだけ頬を緩めた。
「ですが……」
小さく言葉を続ける。
「とても嬉しかったです」
「え?」
レイズが顔を上げる。
リアナは照れたように笑った。
「お誘いいただき、ありがとうございました」
そして深く一礼する。
「どうか行ってらっしゃいませ。当主様」
その笑顔はどこまでも優しかった。
そうしてリアナは静かに去っていく。
残されたレイズはその背中を見送った。
(なんだよぉ……)
少しだけ寂しい。
(せっかく一緒に行こうと思ったのに)
だが。
すぐに頭を振る。
今から向かうのは魔法の先生のところだ。
気を引き締めなければならない。
大きく深呼吸する。
「よし」
重厚な扉へ手をかける。
その姿はまるで――
魔王城へ乗り込む勇者のようだった。
なお本人に自覚はない。
◇◇◇
ゆっくりと扉が開く。
大書斎の中は静寂に包まれていた。
並ぶ本棚。
差し込む木漏れ日のような光。
そして。一人の少女。
窓際で本を読んでいた彼女の桃色の髪が光を受けて輝く。
長い睫毛。整った横顔。
柔らかな雰囲気。
どこか儚さすら感じさせる美しさ。
レイズの心臓が大きく跳ねた。
(か、かわいい……)
どくん。
どくん。
心臓がうるさい。非常にうるさい。
当主モードが一瞬で吹き飛ぶ。
(やばい)
(思ったよりかわいい)
(いや、かなりかわいい)
(というかすごくかわいい)
完全に男子だった。
そんなレイズに気づくことなく、少女は本を閉じる。
ぱたり。
静かな音が響く。
そして微笑んだ。
「いらっしゃい、レイズ君」
優しい声だった。
それだけでさらに心臓が暴れる。
「そ、その……」
声が裏返りそうになる。
「イ、イザベルさん……ですか?」
情けないほどぎこちない。
だがイザベルは気にした様子もない。
「うん」
微笑む。
「久しぶりだね」
その言葉にレイズはさらに混乱した。
(久しぶり!?)
(いや俺は初対面なんだけど!?)
だがそんなことは言えない。
必死に背筋を伸ばした。
「そ、それでは!!」
勢いよく頭を下げる。
「魔法のご教授をよろしくお願いします!!」
完璧だった。
たぶん。
きっと。そう思った。
しかし。
「…………」
沈黙。
「…………」
長い。非常に長い。
イザベルは何も言わない。
ただ。じっと。じーっと。
レイズを見つめていた。
(な、なんで!?)
レイズの内心が悲鳴を上げる。
(ちょっと待って!?)
(ヴィル!?)
(こういう時は横でフォローするんじゃないの!?)
(なんでいないの!?)
助けを求める。
もちろん届かない。
そんなレイズを見ながら。
イザベルはふっと微笑んだ。
「レイズ君」
「は、はい!」
「たくましくなったね」
優しい声だった。
からかいではない。
お世辞でもない。
本当にそう思っている声だった。
レイズは目をぱちぱちと瞬かせる。
「え……」
予想していた言葉ではなかった。
「そ、その……」
顔が熱くなる。努力を見ていてくれた。
それだけで嬉しくなる。
そんな自分が少しだけ恥ずかしかった。
◇◇◇
イザベルは静かにレイズを見つめていた。
まるで懐かしいものを見るように。
けれど。
どこか違う。目の前にいるのはレイズ。
間違いなくレイズなのだ。
だが。
昔とは何かが違う。
話し方。表情。仕草。空気。
全てが少しずつ違う。なのに。
なぜだろう…。
以前よりもずっと…温かい?
以前よりもずっと…優しくなった…。
そんな不思議な感覚があった。
一方でレイズは。
(な、なんでそんなに見てくるんだ!?)
完全にパニックだった。視線を逸らしたい。
でも逸らしたら負けな気がする。
だから頑張る。見つめ返す。
一秒。
二秒。
三秒。
(むりぃぃぃぃぃぃ!!!!)
レイズの精神は限界を迎えていた。




