ガイルとレイズ
レイズとガイルは、そのまま応接室へ向かおうとした。
その後ろを見つめていたイザベルは、しばらく迷ったように口を閉ざしていたが、やがて小さく手を上げる。
「ねぇ、レイズくん。私も聞いてたら……駄目かな?」
「ん?」
レイズは足を止めると、隣にいるガイルへ視線を向けた。
「だそうだけど、ガイル。イザベルも交えていいか?」
「…………」
ガイルは一瞬だけイザベルを見たあと、呆れたように眉を寄せる。
「俺にその許可を求めんなよ……」
「あ、それもそうだな」
言われてみれば、この屋敷の当主は自分である。わざわざガイルへ許可を求めることでもなかった。
けれど、レイズがこれからガイルと話そうとしている内容を考えれば、やはり最初から誰かを同席させるのは違うような気がした。
「イザベル、悪いけど……やっぱり最初はガイルと二人で話をさせてくれないか?」
「……どうして?」
「ガイルと二人で話すことが多いんだ。それに、その中にはたぶん……ガイルにとって他の誰かには聞かれたくない話もあると思う」
その言葉だけで、イザベルにはおおよその意味が分かった。
レイズは、この世界の未来を知っている。ならば当然、ガイルという男についても知っているはずなのだ。ガイルがこの先どのような道を歩み、何をして、そしてどうなってしまうのか。それだけではなく、そこへ至るまでに何があったのかも、きっとレイズは知っている。
だからこそ、この二人が話せば、いずれガイルの過去を掘り起こすことになる。
本当なら、イザベルにだって聞きたいことは山ほどあった。ヴィルのことも、セバスのことも、あの戦いで何があったのかも、ガイル自身が何を考えていたのかも、その口から直接聞いてみたい。
それでも、今ここで自分が同席すれば、ガイルはきっと本心を話さない。ヴィルの孫である自分を前にして、何もかもさらけ出せるとは思えなかった。
ならば今必要なのは、自分の疑問を晴らすことではない。ガイルの事情を知っているレイズが、まず真正面からこの男と向き合うことなのだ。
そこまで考えたイザベルは、少し寂しそうにしながらも笑った。
「そっか……じゃあ私、待ってるから」
「ああ。悪いな」
「ううん。ちゃんと話してきて」
そう言い残し、イザベルはその場を離れていく。
ガイルは何も言わず、その背中をじっと見つめていた。イザベルの祖父であるヴィルが死ぬことになった理由には、自分たちの起こした戦いが大きく関わっている。本当なら聞きたいことも、責めたいことも、山ほどあるはずなのだ。
それなのに、イザベルは何も言わずに引いた。
「……てめぇもだけどよ」
ガイルがぼそりと呟く。
「?」
「理解できねぇ……な。アルバードの奴らは。俺はここに来る前、もう少しくらい責められるって覚悟してたつもりだったんだけどな」
その言葉に、レイズは少しだけ苦笑した。
「ああ……でも、それだけだと感情をぶつけるだけになるからな」
「…………」
「ガイル。とりあえず座ってくれよ」
そう言って応接室へ入ろうとしたレイズを、ガイルは改めて眺めた。
どうやらどこかへ長く出かけていたらしい。アルバードの当主だと聞いていたから、もう少し綺麗な格好をしているものだと思っていたのだが、目の前の少年の服には汚れが残り、髪にも土埃が付いている。
ガイルは何も言わず、片手に光と水の魔力を宿した。
「え?」
次の瞬間、その魔力がレイズの身体を包み込む。
「アクアヴェール」
淡い水の膜が全身を流れるように包み、二日間の野宿で付いた汚れや汗を綺麗に落としていく。
レイズは何が起きたのか分からず、自分の服や腕を見下ろした。
「え……俺、やっぱ臭かったか……?」
「んなこと気にしてねぇだろ!?」
「そ、そうか……」
大切な話をしようとしている相手があまりにも汚れていたから綺麗にしただけなのか、それとも単純にガイルがそういうところを気にする性格なのか。どちらなのかは分からない。
それでも。
「ありがとう、ガイル」
「礼なんて言う必要ねぇだろ……」
「いや、それとこれとは違うだろ。やってもらったんだから礼くらい言うよ」
「…………」
ガイルはまた少しだけ妙な顔をした。
「じゃあ、ガイルも座ってくれ」
「ああ」
ガイルは向かい側の椅子へどさりと腰を下ろす。
こうして二人きりで真正面から向き合ってみると、ガイルは改めてレイズという少年を細かく観察した。
見た目だけなら、どう見ても子供だ。身体も小さく、反応には年相応の幼ささえある。それなのに、先ほどから芯だけはまったくぶれない。自分が何者なのかを知ってなお怯えず、ディアナを殺しかけたと聞いても感情だけで突っ走らず、まず話そうとしている。
見た目と中身がどうにも噛み合わない。
そして、ふとレイズの耳を見て、ガイルは納得したように声を漏らした。
「あぁ……そういうことか」
「え?」
「見た目のまんまってわけじゃねぇのな」
「何が?」
「お前、エルフの血が混じってんだろ?」
「ああ、これか?」
レイズは自分の耳へ触れる。
「実感は全くないけどな」
「クハハ……じゃあ、てめぇもそれなりに長生きできるじゃねぇか。良かったな。エルフの血が少しでも混じってんなら、人間よりは長く生きる可能性がある。その分、身体の成長も少し遅く出ることはあるがな」
「へぇ……」
レイズは自分の身体を見下ろしたあと、ふと顔を上げた。
「それを言ったら、お前だって人なのになんでそんな若いんだよ。ディアブロから聞いたぞ。百は余裕で越えてるんだろ……?」
「ぁあ?」
ガイルの眉が上がる。
「ディアブロがそんなことまでてめぇに教えたのかよ?」
「っていうより、ティグルで初めてディアブロに会った時に、あいつが言ってたんだよ。ガイル以外でここまで来る奴は俺が初めてだってさ」
「クハハ!!」
ガイルが豪快に笑う。
「それで、てめぇは死属性ってやつを使ってディアブロをボコったんだってな!?」
「いや、ボコったって……違う違う。俺はミスリルが必要だっただけなんだよ。でもディアブロがどんどん俺に興味持ち始めてさ。好奇心っていうのか……容赦なく魔法ぶつけてくるから。マジで死属性がなければ絶対殺されてたぞ、あれ……」
「当たり前だろ」
ガイルは笑いながらも、どこか誇らしげだった。
「普通は誰も勝てねぇんだよ。てめぇのその訳分からねぇ力がなければ……あの戦いだって、ディアブロは誰にも負けねぇ」
「……分かってるよ。本当に強いからな、ディアブロ」
かつて化物の戦いとまで呼ばれた、あの戦場。ヴィル、セバス、ディアブロ、ガイル、そしてグレサス。誰もが一人で戦況を変えてしまうほどの存在だった。
けれどレイズは知っている。
もし何の制限もなく、全員が本来の力を完全に発揮できるという条件だけで考えるなら、当時もっとも勝利に近かったのはディアブロだろう。
ゲームにおいても、ディアブロはメインストーリーの攻略に必須となる敵ではなかった。ティグルの洞窟という特殊な場所に存在する、いわば隠された強敵に近い存在であり、そもそも正面から攻略すること自体が想定されているのか疑わしいほど強い。
レイズが戦えたのは、自分の死属性がディアブロに対してあまりにも致命的に噛み合っていたからだ。
「単純に全部の条件を考えたら、ディアブロが一番強かったと思う。俺と相性が悪すぎただけだよ」
その答えを聞いたガイルは、満足そうに口角を上げた。
「てめぇ……分かってんだな。てっきりヴィルが最強だったとか言い出すかと思ってたぜ」
「いや、それは違うだろ。ヴィルが強かったのは知ってる。でも、それとディアブロの強さは別の話だ」
「クハハハ!! 悪くねぇな、てめぇ!! ちゃんと分かってやがる! そうだ!! ディアブロは最強だ! 俺様の相棒だからな!!」
「相棒……」
その言葉を聞いた瞬間、レイズは以前から気になっていた疑問を思い出した。
「それだよ。俺、本当にびっくりしたんだ」
「ぁあ?」
「なんでディアブロとガイル……お前たちは、いきなり王国を襲ったんだ?」
「あー……」
ガイルは少しだけ考え、やがて悪びれる様子もなく言った。
「そうか。てめぇ知らねぇのか。それ、全部レイズ――てめぇのせいだぞ?」
「…………は?」
レイズの思考が止まった。
「俺の……?」
「クハハハ! てめぇがディアブロと戦って勝ったんだろうがよ。死属性を使って魔力を消して、魔法を消して、それでディアブロに傷までつけた」
「…………」
「ディアブロに傷がつく。少なくともそんな異常、俺は百二十年以上生きてて見たことも聞いたこともねぇ。だからだ。ディアブロはてめぇを脅威として見た。このまま放っておけば、人間側にとんでもねぇ力が生まれるかもしれねぇ。だから俺と手を組むことになったんだよ。その力でてめぇら人間の勢力がこれ以上でかくなる前に、王国とアルバードを争わせる。そのために、まず王国を攻めた」
そこまで聞いて、レイズはようやく意味を理解した。
ガイルとディアブロが王国を襲えば、当然ながら王国側に犠牲者が出る。そうなれば王国は怒り、魔族領へ攻め込もうとするが、それをアルバードは絶対に許さない。当時のヴィルたちが魔族領への侵攻を認めるはずがないからだ。
そうなれば王国とアルバードが衝突し、人間同士で争うことになる。そして双方が削れたところを、ガイルとディアブロがまとめて潰す。
「…………マジかよ」
レイズは頭を抱えた。
「あれ……俺のせいだったの……?」
自分がティグルへミスリルを取りに行き、そこでディアブロと戦った。ただそれだけのことが、巡り巡ってあの大戦へ繋がっていた。
「じゃあ……」
「勘違いすんなよ」
ガイルが遮る。
「ディアブロがそうしなくても、遅かれ早かれだ。俺はどのみち人間を殺してたぜ? 特に王国の連中には容赦しねぇ」
レイズは、その理由を知っていた。ガイルがなぜ人間を、そして王国をここまで憎んでいるのか。王国が彼から何を奪ったのかも。
「確かに……王国のやり方は、あまりにも間違ってたよな」
その言葉を聞いた瞬間、ガイルの顔に笑みが浮かんだ。
「だろぉ!? てめぇ、やっぱ話が分かるじゃねぇかよ! そうだ! 王国は間違ってやがる! だから王国は消さなきゃいけねぇ。あいつらは少し力がついたからってよ、調子に乗りすぎた。それに……」
そこで、ガイルの言葉が止まった。
レイズは、その先を知っていた。だからこそ、静かに一つの名前を口にする。
「……ルイガス、か?」
その瞬間、ガイルの瞳から先ほどまでの笑みが消えた。
「…………ぁあ?」
空気が変わる。
「てめぇ……なんでルイガスのことを知ってる」
「誤解しないでくれよ。ルイガスって存在を知ってるだけだ。それに、俺の婆ちゃんはダークエルフのレイっていうんだけど……たぶんガイルよりずっと長く生きてる。それだけでも、昔のことを知る機会があるのは分かるだろ?」
ガイルはしばらくレイズを見つめたあと、ようやく納得したように息を吐いた。
「あぁ、そういうことか。じゃあそいつから聞いたのかよ」
実際には、レイから聞いたわけではない。けれど、この世界で生きるレイズには、過去について知ることのできる経路がいくつも存在する。
「レイから直接聞いたってわけじゃないけどさ。俺、ダークエルフたちとも交流があるし、知ろうと思えばヴェルたちに聞くこともできる。昔のことを知る機会そのものは結構あるんだよ」
「ヴェル……? なんだよ、ヴィルみてぇな呼び方しやがって」
「ああ、悪い。ヴェルビェイヌァイに勝手にあだ名つけて、ヴェルって呼んでるんだ。……確かにヴィルに似てるな」
「そんなことはどうでもいい!」
ガイルは再び身を乗り出した。
「そう、それだぜ! レイズ、てめぇ! 魔族と盟約まで結んでやがる。それってつまり、王国と戦うって決めたってことだろ? だったら俺様も手を貸してやる。俺様と一緒に王国を――」
「ガイル」
レイズが静かに遮った。
「……そうじゃないんだよ」
「ぁ? なんだと?」
レイズはすぐに答えず、少しだけ考えてから別の問いを投げた。
「そういえば、一つ聞きたいことがあった」
「なんだよ」
「ディアナを殺しかけたって言ってたよな。それは……どうしてなんだ?」
ガイルは露骨に嫌そうな顔をした。
「ぁあ……このタイミングで聞くのかよ、それ」
「大事なことだからな。もし本当にディアナを殺してたら……それこそ全部が狂うところだった」
その言葉に、ガイルは妙なほど実感があった。
もしあの時ディアナを殺していたら、間違いなくクリスは止まらなかった。認めたくはないが、あの男は強かった。自分を本当に殺せるだけの力を持っていた。
「……ぁあ。それは……悪かった、な」
ガイルは少しだけ視線を逸らした。
「アルバードの奴として生きてるあいつに手ぇ出すつもりはなかったんだぜ?」
その一言だけで、レイズにはだいたいの事情が分かった。
「……ああ。分かった。つまりディアナが、自分から王国の座位騎士だったって名乗ったんだな?」
「…………まあな」
ガイルは否定しなかった。
「言い訳するつもりはねぇぜ? だがな、元とはいえ俺様の前で王国の騎士を名乗った。それを聞いて容赦するつもりはねぇ。女だろうが、そいつ自身が俺様に何もしてなかろうが関係ねぇ。ルイガスの件だけは絶対に許さねぇ。この怒りは……これからもずっと忘れるつもりはねぇ」
レイズには、その怒りが理解できた。
だからといって、ディアナを殺そうとしたことを正しいとは思わないし、認めることもできない。それでも、なぜガイルがそこまでの行動に出たのか、その理由だけは理解できる。
「そっか……ガイルからしたら、そうなるのか……」
「…………はぁ?」
ガイルが理解できないものを見るような顔をした。
「てめぇ、仲間が殺されかけたんだぞ? なんだよ、その反応」
「怒ってないわけじゃない」
レイズははっきりと言った。
「それをした理由を認めたわけでもない。ディアナを殺していい理由なんてない。でも、ガイル。お前の怒りそのものは、俺も少し分かるんだよ」
「てめぇに何が――」
「メルェって魔族を知ってるか?」
「…………メルェ?」
ガイルは眉を寄せた。
「聞いたことがあるような、ないような……だな」
「メルェイェイラ」
その名を聞いた瞬間、ガイルの目に力がこもった。
「……イェイラ? イェイラの生き残りってことかよ……」
「ああ。イェイラについては知ってるんだな?」
「当たり前だろぉがよ! てめぇ、イェイラが何なのか分かってねぇのか? イェイラはルイガスの側近だった奴らの一族だぞ。ルィエイェイラとビェイイェイラ……恐らくだが、メルェって奴はそいつらの子孫だったんじゃねぇか? まあ、俺様にはどうだっていいけどな。イェイラと俺様じゃ、思想が完全に割れてたからよ」
「……そっか」
レイズは少しだけ目を伏せた。
「そのメルェっていう魔族の少女が、アルバードにいたんだ。俺が守るって決めて、アルバードで一緒に暮らしてた。俺とメルェは……大切な仲間だったんだよ。もう、何年も前のことだけどな」
過去形だった。
それが何を意味しているのか、ガイルにはすぐ分かった。
「……そうかよ。もう、そいつもいねぇんだろ?」
「ああ」
レイズは小さく頷いた。
「王国の……レオナルディオって奴に、罠に嵌められたんだ」
その瞬間、ガイルの瞳がぎらりと光った。
「なら分かるだろ!? それが王国って奴だ! てめぇの大事な仲間まで殺されたんだろ!? だったらやっぱり殺すしかねぇだろ!!」
レイズは首を横に振った。
「メルェは、それを望んでない」
「ぁあ!?」
「いや……俺もだ。俺も、人と魔族が争うことを望んでないんだよ、ガイル」
「…………」
「もちろん俺だって王国を許せなかった。メルェを守れなかった。俺の大切な仲間を奪われた。だから憎かったよ」
レイズは一度だけ拳を握った。
「だけど、だからこそだ」
「……何がだよ」
「だからこそ……復讐だけを選んだら、今度は何も守れなくなるって分かったんだ」
「はぁ!? 王国ぶっ殺せばそんなもん解決だろうがよ!?」
「そうじゃないんだよ、ガイル。もし俺が王国への復讐だけを選んでいたら、今ここにあるアルバードそのものが存在してなかったかもしれない」
「はぁぁぁ!? てめぇ何言ってんだ! だったら魔族を使えよ! そのために手を結んだんだろぉがよ!?」
「違う」
レイズは即座に否定した。
「俺が魔族と手を結んだのは、これ以上メルェと同じ魔族であるヴェルたちにも死んでほしくなかったからだ。王国と戦えば、人間だけが死ぬわけじゃない。魔族も死ぬ。アルバードの奴らも死ぬ。それで争って死んだ魔族たちを見て、メルェが喜ぶと思うか?」
「…………」
「俺は、喜ばないって分かったんだよ」
ガイルは何も言わなかった。
イェイラ。その一族が何を受け継いでいたのかを、ガイルは知っている。人間と魔族が共に生きる道を探したルイガス。その思想を色濃く受け継いだ者たちと、ガイルは決して同じ道を歩めなかった。
だからこそ、今のレイズの言葉が何を意味しているのかも分かってしまう。
「……わけ分かんねぇよな」
ガイルがぽつりと呟いた。先ほどまでの勢いは、少しだけ消えていた。
「王国はルイガスを……戦いですらねぇ、卑怯な手で殺したってのによ……」
ガイルにとってルイガスは、ただの魔族ではなかった。父のような存在であり、師であり、自分を育ててくれた恩人だった。
人間だった自分を殺すことなく受け入れ、強く育て、生き方まで教えてくれた。ガイルはそんなルイガスを心の底から慕っていたし、ルイガス自身が人間との共存を願っていたことも、どちらを選ぶのかは自分で決めればいいと、そう言ってくれたことも覚えている。
それでも、その手を取ろうとした人間たちがルイガスを裏切り、正面から戦うことすらなく、その命を奪った。
だからこそガイルには、どうしても認めることができなかった。
ルイガスが信じたものも、ルイガスが望んだ未来も、それを裏切った人間たちも。
百年以上という長い時間を生きてもなお消えることのなかった憎しみが、ガイルの中には今も残り続けていた。
そんなガイルを見つめながら、レイズはすぐには何も言わなかった。王国を憎むことは間違っている、復讐などやめろ――そんな簡単な言葉で片付けることだけは、どうしてもできなかったからだ。
「……ガイル」
「ぁあ?」
「このことについて、俺はお前を否定できない」
ガイルがわずかに眉を動かした。
「もちろん、ディアナを殺そうとしたことまで認めるつもりはない。それは駄目だ。でも……お前が王国を憎んでること、その怒りまで俺が間違ってるって言うことはできない。それに俺は、メルェが受け継いでいたイェイラの在り方だって否定するつもりはない。人と魔族が一緒に生きられる道を選ぶなら、俺はむしろそっち側だと思う」
ガイルは黙ってレイズを見ていた。
妙な少年だった。
自分の仲間を殺されかけたというのに、自分の怒りを理解しようとする。王国と手を結んでいるくせに王国が正しかったとも言わず、人と魔族の共存を望みながら、それを選ばない自分を頭ごなしに否定することもしない。
どちらか一方を正しいと決めるのではなく、その間に立ったまま、こちらを見ている。
だからこそレイズは、もう一つだけ聞いてみたいと思った。
ゲームの中で知った情報ではない。歴史として残された言葉でもない。
目の前にいる、この男だからこそ答えられることを。
「だからさ、ガイル。俺……知りたいことがあるんだ」
「なんだよ」
レイズは少しだけ間を置いた。
「ルイガス」
その名前を口にすると、やはりガイルの瞳がわずかに揺れる。
「ルイガスって……どんな魔族だったんだ?」
「…………」
ガイルは答えなかった。
「俺もルイガスについて知ってることはある。でも、それじゃなくてさ。ガイルが知ってるルイガスを、聞いてみたい」
その言葉に、ガイルの表情がほんの少しだけ変わった。
王国がルイガスに何をしたのか。ルイガスがどんな思想を持っていたのか。そんなことを尋ねられるのだと思っていた。
だが、レイズが聞いたのは違った。
――どんな魔族だったのか。
まるで、亡くなった大切な人について尋ねるような問いだった。
「…………はぁぁ」
ガイルは深く息を吐くと、椅子へ身体を預けた。
「詳しく言うつもりはねぇぜ」
「ああ。それでいいよ」
しばらく沈黙が続いたが、それでもレイズは急かさなかった。
やがてガイルは視線を落とし、遠い昔を思い出すように、ゆっくりと口を開いた。
「ルイガスは…………」
ガイルの中だけに残り続けていた記憶。
王国を憎む理由としてではなく、歴史に名を残した魔族としてでもなく、ガイルという一人の人間が、父のように、師のように慕っていた――ルイガスという一人の魔族について。
その記憶が今、ようやくガイル自身の口から語られようとしていた。




