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【悪役転生 レイズの過去を知る 】―俺だけが知る結末を…。―(現在物語を大幅にリライト中)  作者: くりょ
新たな始まり

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解散

 レアリスがディアを連れて地の底へと消えてから、しばらくの間、誰も言葉を発することができなかった。


 先ほどまで激しく揺れ動いていた森には、不気味なほどの静けさが戻りつつある。レイズのアイスフィアーによって凍りついた木々や地面は未だ白く染まり、ところどころから冷気が立ち昇っていた。砕けた木々、抉れた大地、そしてグレサスが吹き飛ばされた際にできた一直線の破壊跡。そのすべてが、つい先ほどまでここで何が起きていたのかを物語っている。


 レイズは、ディアが消えていった地面を見つめたまま、ゆっくりとメーレへ顔を向けた。


「なぁ、メーレ……。ディアは……それにレアリスも……これで終わりってわけじゃないよな……?」


 メーレも同じ場所を見つめていたが、やがて静かに首を振った。


「それは我にも分からぬ。何しろ……このようなことは我にとっても初めてだ。レアリスが自らディアを迎えに来るなど、我も見たことがない」


「そう……だよな……」


 安心できる答えが欲しかったわけではない。それでも、メーレなら何か知っているのではないかと期待していたレイズは、小さく息を吐いた。


 だが、その会話へ割って入るように、デュランが静かに声を上げた。


「申し訳ありませんが、私は先ほどから話についていけていません」


「……ですよね」


「ですので、順序を決めましょう。確認したいことが多すぎます」


 デュランは一度周囲を見渡した。神獣と呼ばれた巨大な白い存在――メーレ。先ほど現れ、グレサスすら吹き飛ばした異形の白い巨木。そして、その存在に連れ去られた小さな白い生き物。さらには、本来ここにいるはずのないレイズ・アルバードまでいる。


 どこから聞けばいいのかすら迷う状況だったが、デュランは一つずつ整理するようにレイズへ視線を向けた。


「まず初めに、レイズ・アルバード。なぜ貴方がここにいるのです?」


「……やっぱり、そこから聞くよな」


「当然です。貴方と陛下の間で協定が結ばれ、現在アルバードが王国の明確な敵ではないことは承知しています。しかし、だからといって陛下がジュラへの立ち入りを認めたわけではありません。ジュラは王国領です。本来であれば、勝手に入ってよい場所ではない」


「いや……それは分かってる。勝手に来たのは悪かったよ。でも、俺だって遊びに来たわけじゃないんだ。ここには探し物を取りに来ただけで……」


「探し物?」


 デュランの眉が僅かに上がる。


「それは?」


「…………」


 レイズは答えようとして、言葉に詰まった。


 世界樹の種。


 果たして、それをデュランへ簡単に教えていいものなのだろうか。つい先ほどメーレから、自分が知識を持ちすぎていること、その知識を無闇に広めることの危険性を聞かされたばかりだ。以前の自分なら何も考えずに答えていたかもしれないが、今はさすがに躊躇する。


「そ、それは……」


「レイズは世界樹の種を探しに来たのだ」


「え!?」


 あまりにもあっさりと答えたメーレへ、レイズが勢いよく振り返った。


「メーレ!? それ言っていいの!?」


「我が言ったのだ。問題ない」


「いや、さっきまで知識がどうとか責任がどうとか言ってたじゃん!?」


「それとこれとは別だ」


「基準が分かんねぇよ……」


 レイズが頭を抱える一方、デュランは驚いたように目を細めていた。


「世界樹の種……。それは、アストリアに存在する世界樹と同じものですか? エルフ達が暮らしている、あの世界樹の?」


「…………え?」


 今度はレイズが固まった。


 アストリア。


 エルフ達。


 そんな名前は、自分が持っているゲームの知識には存在しない。


 世界樹については知っている。だが、それがアストリアという場所やエルフ達と繋がっているなど聞いたこともなかった。


「そ、そうなんだよ!?」


「なぜ貴方が疑問形なのですか?」


「いや! まぁ……そこを話すと長くなるんだよ! と、とりあえず聞いてくれ。俺には父と母がいたんだ。……過去形だけど」


「誰にでも父と母はいますが?」


「最後まで聞いてくれよ!」


「どうぞ」


「ったく……。それで、俺の母親はセシルって名前なんだけど……ダークエルフと人間の間に生まれたんだ。だから俺の母さんは……ダークハーフエルフって言えばいいのか?」


 レイズは自信がなくなり、メーレを見る。


「我に聞かれても知らぬ」


「だよな……」


 一方で、デュランはその名をよく知っていた。


「セシル・アルバードについては存じています」


「知ってるのか?」


「ええ」


 それ以上、デュランは詳しく口にしなかった。セシルという存在が、王国とアルバードの関係を大きく変えることになった一つの要因であることも、デュランは当然知っている。しかし今ここで掘り返すべき話ではない。


 レイズもそこへ深く触れることなく続けた。


「それで、ダークエルフ達の中には俺の婆ちゃん……レイもいる。それに今回の王国との件では、ダークエルフ達にものすごく助けてもらったんだ。だから俺は恩を返したかった。世界樹はダークエルフにとって、すごく大切なものだから」


「なるほど……」


 そこまで聞けば、デュランにもレイズの意図は理解できる。


「つまり、ダークエルフへの恩返しとして世界樹の種を探し、そのためにジュラへ入ったと?」


「そういうこと」


「ですが、それならなおさら陛下へ許可を求めるべきだったのでは? ジュラは王国の領土です。本来ならばアルバードも――」


「いやいや、だから最後まで聞いてくれって!」


 再び話を切られそうになったレイズが慌てて続ける。


「俺が王国の学院へ入学することはもう決まってるだろ? だから、その前にこの件を終わらせたかったんだよ。学院へ入ったら自由に動ける時間がどれだけあるか分からないし、ダークエルフ達にもいつまでも待ってもらうわけにはいかない。だから急いでた。勝手にジュラへ入ったことが悪いのは分かってるよ。でも……時間が足りなかったんだ」


「……そうですか」


 デュランは少し考え込んだ後、それ以上は責めなかった。


「事情については理解しました。ですが……世界樹の種などというものが、本当にジュラに存在するのですか?」


「ああ、あるな」


 答えたのは再びメーレだった。


「ただし、我以外の者が見つけることはほとんど不可能に近い」


「そう! だからメーレにお願いしに来たんだよ! 世界樹の種がある場所を教えてほしいって!」


「なるほど……。いくつか疑問は残りますが、貴方がここへ来た理由については理解しました」


 デュランはそこで一度話を区切り、今度は先ほどディアが消えていった地面へ視線を向けた。


「では、次です。先ほどのディアという存在について。それから……レアリス、でしたか。あれはいったい何なのです?」


「…………」


 今度こそレイズはすぐには答えなかった。


 ちらり、ちらりとメーレを見る。


 ――これ、言っていいの?


 声には出していないが、その視線だけで言いたいことは十分に伝わったらしい。


 メーレは少し考えてから口を開いた。


「ディアについては、ある日突然ジュラへ芽生えた存在だ。我もそれ以上のことは知らぬ。そしてレアリスについてだが……先ほどおまえ達も見たはずだ。この森を――いや、神獣である我らすら総べる存在。それだけ伝えておこう」


「神獣すら総べる存在……」


 デュランは僅かに眉を寄せる。


「そのような存在について、私は一度も聞いたことがありませんが……今はいいでしょう。では、もう一つ。そこまでの存在であるならば、なぜ貴方はレアリスから逃げようとしたのです?」


「…………」


 メーレが僅かに言い淀んだ。


 だが、隠し続けることもできないと判断したのか、静かに答える。


「我らを総べる存在だからといって、我らの仲間というわけではない。レアリスは、世界の魔力が大きく乱れ、調和が崩れた時に現れる。そして今回、先ほどのものが目覚めた原因を挙げるならば――」


 メーレの視線がゆっくりと動いた。


「そこで未だに地面を眺めている人間。おまえの仕業とも言える」


「…………」


 デュランもゆっくりと同じ方向を見る。


 そこにはグレサスがいた。


 先ほどから一言も発していない。砕けたハクライを身に残したまま、ディアが消えていった地面をただじっと見つめている。


 デュランは僅かに目を細めた。


 長い付き合いの中でも初めて見る姿だった。


 あのグレサスが、ここまで分かりやすく落ち込んでいる。


「グレサスのせい……とは?」


「我が作り出した迷宮には、膨大な魔力を封じ込めている。それをあの男が無理矢理こじ開けたことで、ほんの僅かな時間ではあるが、内部の魔力が外へ漏れ出した。その僅かな乱れだけでレアリスの一部が目覚めたのだ」


「……一部?」


「ああ。ただし、我が感じた限りでは目覚めたのは先ほどの一つだけだ。そしてあれもディアを迎え入れ、地の奥深くへ戻った。今頃は再び眠りについている……はずだ」


「待ってください。分体ということですか? 先ほどのあれがレアリスそのものではないと?」


 その問いには、レイズが答えた。


「正確には、あれもレアリスなんだ。ただ……レアリスのすべてじゃない。さっきのは『三女の木霊』って呼ばれてる」


「三女……?」


「ああ。でも三番目の娘って意味じゃないぞ。見ただろ? あの木に三人の女の姿があったの。祈ってる女、笑ってる女、怒ってる女。あの三人を含めた木霊全体で一つなんだ。三人の女――だから三女の木霊」


「…………なるほど」


「それで……レアリスっていう存在そのものは、そもそも一つの場所に身体を持って存在しているようなものじゃない。世界のいろんな場所に存在していて、条件が揃えば、さっきの三女の木霊みたいなレアリスビーストとして実体化する。だから……分身って言い方が一番近いのかな」


 レイズはそこまで言ってから、少し声を落とした。


「そして、本当にレアリスが完全に目覚めたら……あんなものが一体だけじゃない。少なくとも、何体も現れる」


 その瞬間だった。


 それまで黙っていたグレサスが、僅かに顔を上げる。


「あれが……何体も……か」


「…………」


 レイズは思わずグレサスを見た。


 さすがのグレサスでも、先ほどの存在が何体も現れると聞けば恐ろしいのだろう。ハクライを破壊され、自分自身もまともに吹き飛ばされた相手なのだ。当然と言えば当然――


「ならば、すべて私が狩り尽くしてくれる。すぐに起こせ!!」


「なんでそうなるんだよ!!」


「いえ、それはさすがに駄目です、グレサス」


 デュランまで即座に止める。


「先ほどの一体だけでも、貴方一人では相当に手強い相手だと私は判断しています。それが何体も同時に現れるなど……王国どころか、周辺諸国すべてを巻き込む混乱になりかねません」


「だが!! ディアは!! やつに連れ去られた!」


「迎えに来たって言ってんだろ!?」


「同じことだ!」


「全然違うわ!!」


 再び騒ぎ始めそうな二人を見て、デュランが深いため息を吐く。


「……それで、そのレアリスを完全に目覚めさせた場合、具体的には何が起こるのです?」


「…………メーレ」


 レイズは今度こそ慎重に尋ねた。


「ここまで……伝えていいか?」


 メーレはデュランを見て、それからグレサスを見る。しばらく考えた末、諦めたように息を吐いた。


「仕方あるまい。伝えなければ、そこの人間も、この人間も納得して帰らぬであろう」


「だよな……」


 レイズは小さく頷いた。


「じゃあ、俺が知ってる範囲だけ話す。レアリスビーストはジュラにだけ現れる存在じゃない。もしレアリスが完全に目覚めれば、世界のあちこちに、ほぼ同時に現れる」


「世界各地に……?」


「ああ。そして、そいつらがやることは――無差別な破壊だ。手の届く範囲にあるものなら、人間だろうが魔族だろうが国だろうが関係ない。あっという間に破壊していく」


 デュランの表情が険しくなる。


「無差別な破壊を正当化できる理由など存在するとは思えませんが……一応、続きを聞きましょう」


「俺だって人間だから、そう思うよ。でもレアリスにとっては違う。レアリスは……たぶん、調和そのものに近い存在なんだ。そして、絶対に殺すことはできない。仮に現れたレアリスビーストを全部倒せたとしても、それでレアリスが死ぬわけじゃない。ただ再び眠るだけだ」


「調和……」


「そう。世界の魔力が増えすぎることを防いでる。魔力が偏ったり、増えすぎたりして世界そのもののバランスが崩れそうになった時、それを強制的に戻すために現れる。だから人間から見れば無差別破壊でも、レアリスからすれば世界を元に戻してるだけなんだ」


「世界の……バランスですか」


 デュランは腕を組み、考え込む。


「しかし、魔力が増え続けること自体に、それほどの問題があるということですか?」


「ある」


 レイズの声が低くなった。


「それを放っておいたら……レアリスよりもっと恐ろしいものが待ってる」


「もっと……?」


「アビスホールって言葉、聞いたことないか?」


 その瞬間、デュランの表情が変わった。


「…………アビスホール」


「知ってるのか?」


「伝説程度ですが」


 デュランは静かに答える。


「世界各地に残る古代遺跡。その中には、現在の文明では到底再現できないほど高度な技術によって作られたものが存在しています。そして、その文明がなぜ滅びたのかを調べる際、たびたび記録の中に現れる言葉がある。それが――アビスホールです」


「やっぱり、この世界にも記録が残ってるのか……」


「巨大な黒い穴が突如として現れ、あらゆるものを飲み込み、最後には世界そのものを終わらせる……。ですが、数千年以上も前の出来事だと考えられているため、現在では伝説か、あるいは当時の人々が残した比喩表現ではないかと考える者も多い」


「比喩じゃない」


 レイズははっきりと言った。


「それが起こるのを防ぐために、レアリスが存在してる。そして……神獣達もな」


 デュランがゆっくりとメーレを見る。


「つまり、神獣は……」


「そういうことだよ。レアリスを目覚めさせないようにしてるって意味では正しい。メーレが作った迷宮だってそうだ。あそこへ大量の魔力を貯めて、それを少しずつジュラへ還元することで、世界の魔力が急激に偏らないようにしてる。他の神獣達も、それぞれ別の場所で似たような役割を担ってる」


 レイズはそこで一度言葉を止め、メーレを見上げた。


「だから神獣は……絶対にむやみに倒したり、捕まえたりしちゃいけないんだ。結果として、人間も魔族も、いろんな生き物も守られてる。だからこそ……神獣なんだろ?」


「別に、人や魔族がどうなろうと知ったことではない」


「そこ否定するのかよ」


「我らも我らで生き残るために、レアリスが目覚めることを望まぬだけだ。それに我らとて、言ってしまえばレアリスによって生み出された存在のようなものだからな」


「…………」


 デュランはしばらく考え込み、やがてゆっくりとグレサスへ顔を向けた。


「今の話、聞きましたね? グレサス」


「聞いていた」


「神獣は捕まえてはいけませんよ?」


「どうでもいいことだ……」


「どうでもよくありません」


 本当にどうでもよさそうに答えるグレサスへ、デュランの眉間に皺が寄る。


 だがグレサスにとって、神獣という言葉が意味するものはすでに一つしかなかった。


 ディア。


 あの白く、小さく、言葉を話し、魔力まで食らう不思議な生き物。それこそがグレサスにとっての神獣であり、目の前にいるメーレについては、もはや魔物と大した違いを感じていない。


 そして先ほど僅かに手を合わせたことで、グレサスはすでに理解していた。


 メーレは強い。


 だが、自分が剣を抜いて本気で倒そうとすれば、決して不可能な相手ではない。


 少なくとも、先ほど自分を真正面から吹き飛ばし、ハクライすら破壊したあのレアリスビーストほど、胸を躍らせる存在ではなかった。


 グレサスは小さく息を吐く。


「デュラン。帰るぞ」


「……ええ。私もそれがよろしいかと。ですが――」


「そうだな」


 グレサスはそこでレイズを見る。


「レイズ。せめておまえを王国へ連れていくとするか」


「なんで!?」


「俺達は陛下へ約束している。神獣を連れて帰るとな」


「いえ、そのような約束は一切していませんよ」


 即座にデュランが訂正する。


「故にだ。手ぶらで戻るのもつまらん。土産におまえはちょうどいい」


「何が『故に』なんだよ!? 全然繋がってねぇだろ! っていうか俺、どのみち王国の学院へ通うんだぞ!? 俺を連れて帰ってどうすんだよ!」


「……それは確かにそうですね」


「デュランまで考えるなよ!」


 だがデュランは冗談を言っているわけではなかった。周囲へ目を向け、回収した魔力石の数を思い浮かべながら、何とも言えない表情になる。


「しかし……これだけの騒動を起こして得られた成果としては、いささか足りないのも事実です。魔力石も想定していたほど集められませんでしたし……グレサスがセフィロトの枝を切った件、それにハクライまでこの有様ですからね」


「ならば残りの魔物も駆逐していくか。憂さ晴らしにはちょうどいいだろう」


「よせ」


 それまで静かに聞いていたメーレが、低い声で制した。


「ジュラの魔物を狩るなとは言わぬ。だが、数を減らしすぎることは認められん。魔物には魔物の役割がある。むやみに殺すな」


「しかし、このままでは――」


 デュランが言いかけたところで、メーレは小さく息を吐いた。


「採算とやらがどれほどのものかは知らぬが……ここで待っていろ」


「……?」


 レイズ達が首を傾げる中、メーレは大きな身体を揺らしながら、ノシノシと森の奥へ歩いていった。


 そして少しして戻ってきたメーレが口元へ咥えていたものを見た瞬間、レイズの目が大きく見開かれる。


「え!? メーレ!? それ……!」


 淡く輝く結晶。


 魔力の結晶だった。


 その生成理由を知っているレイズだからこそ、簡単に人間へ渡してよいものではないことも分かっている。だがメーレはそんなレイズを一度だけ横目で見ると、何食わぬ顔でデュラン達の前へ五つの結晶を置いた。


「どうだ。価値はあるだろう? ここジュラでも、ごく稀にしか集めることのできぬものだ」


「…………」


 レイズは何も言えなかった。


 つい先ほどまでディアが飴玉のように食べ、さらに自分がエクリプスでいくつ消したのかも分からない代物である。


 しかも、メーレがその気になれば生成できることもレイズは知っている。


 ――メーレ……めちゃくちゃ嘘ついてるじゃん。


 しかし当然、デュランもグレサスもそんな事情は知らない。


 デュランは地面へ置かれた結晶を慎重に拾い上げ、様々な角度から眺めた。


「これは……初めて見ますね」


「ふん」


 グレサスも一つを覗き込んだが、すぐに興味を失った。


「ただのキラキラ光る石ころではないか」


「違う!!」


 思わずレイズが横から叫ぶ。


「これは普通の魔力石とは全然違う! 完全な上位互換みたいなものなんだ! 王国で作ってるメモリアルストーンにも、とんでもなく役に立つ! ものすごく希少なんだぞ! アルバードにだって一つもない!」


「……アルバードにすら存在しないものを、なぜ貴方は知っているのですか?」


「…………あ」


 デュランの冷静な指摘に、レイズの動きが止まる。


 ――やべ。


「い、いや! それより見てくれ!」


 誤魔化すように鞄からメモリアルストーンを取り出す。その中から水を生み出す術式が刻まれたものを選び、魔力の結晶へ重ねた。


 次の瞬間だった。


 ゴポッ。


 ゴポゴポゴポッ――。


 何もなかった場所から水が生まれ、途切れることなく地面へ流れ落ちていく。


「…………」


 デュランの目が僅かに見開かれた。


 一方、グレサスはまったく理解していない。


「なんだ。ただ水が湧き出ているだけではないか。何が違う?」


「いや、これすごいことなんだって!」


 だがデュランには、その意味が正確に理解できていた。


 メモリアルストーンへ通常の魔力石を組み合わせた場合、火や光のように実体を必要としない術式ならば発動させることができる。しかし水や土のように、現実へ明確な質量を生み出す魔法となれば話は別だ。通常の魔力石では、安定した発動を維持するだけの魔力を供給できない。


 だというのに、目の前では水が流れ続けている。


 デュランは驚きを表へ出さず、静かに尋ねた。


「……これは、どれほど持続するのです?」


「ちゃんと計ったことはないけど……一月くらいは持つと思うぞ?」


「…………」


 今度こそ、デュランから言葉が消えた。


「だから、たかが水だろう?」


 グレサスはそう言いながら掌を上へ向け、何の苦もなく水を生み出してみせる。


 グレサスにとって、水など自分で出せばいい。


 ただそれだけの話だった。


 しかしデュランにとっては違う。いや、王国にとって違う。


 術者が存在しなくても、一月もの間、安定して水を生み出し続けられる道具。


 飲料水。農業。治療。遠征。災害。街の整備。


 利用法を考え始めれば、いくらでも思いつく。


 そして、その魔力の結晶が今、目の前に五つもある。


 デュランは五つの結晶を丁寧に回収すると、すぐに立ち上がった。


「グレサス」


「なんだ?」


「今すぐ帰りましょう」


「急だな」


「陛下もきっと喜ばれます。これほどのものを持ち帰ることができるのであれば……セフィロトの件についても、お許しをいただけるかもしれません」


「別に怒られるようなことはしていないがな」


「その認識から改めていただきたいのですが……」


 デュランは頭を抱えそうになったが、グレサスはもう興味を失ったように周囲を見渡した。


 そして突然、身体を僅かに震わせる。


「……しかし、いい加減寒いな」


「…………」


 レイズがゆっくりとグレサスを見る。


 レアリスの一撃によってハクライの上半身部分はほとんど砕け、現在のグレサスは上半身を守るものがほぼ残っていない。そして周囲は、先ほどレイズが放ったアイスフィアーによって未だ一面の氷に覆われている。


 寒くて当然だった。


 当然なのだが――。


「いや、今さらだろ!?!?」


 あまりにも遅すぎる感想に、レイズの声が森へ響いた。


 こうしてグレサスとデュランは、ようやく王国へ戻ることになった。デュランは魔力の結晶を大切にしまい込み、グレサスは砕けたハクライの残骸を身につけたまま歩き始める。


 だが森の奥へ消える直前、デュランがふと思い出したように足を止め、レイズへ振り返った。


「それにしても……」


「ん?」


「まさかコカトリスを素手で倒すとは。以前より、また随分と腕を上げたようですね」


「…………え?」


 それだけ言い残し、デュランは何事もなかったかのようにグレサスの後を追っていった。


 残されたレイズはしばらく動かなかった。


「…………なんで知ってんの?」


 誰も答えない。


「え? ちょっと待って。なんで知ってんの!?」


 焚き火の跡。


 食べ残した肉。


 水を使った痕跡。


 そしてコカトリス。


 デュランがどこまで自分の行動を推測していたのか、レイズには分からない。


 それが余計に怖かった。


「…………なんか寒くなってきた」


「おまえの場合は別の意味であろう」


 メーレの冷静な指摘に、レイズは身体を震わせる。


 しばらくしてグレサスとデュランの気配が完全に遠ざかったところで、レイズはふと先ほどの魔力の結晶を思い出した。


「なぁ、メーレ」


「なんだ?」


「あの魔力の結晶……本当にあげてよかったのか?」


「構わぬ」


「でも、あれって……」


 メーレは僅かに笑った。


「そもそも迷宮へ、とてつもない量の魔力を残していったのはあやつだ。我はその余剰を集め、結晶へ変えただけにすぎぬ」


「…………え?」


「故に、あやつらへ渡した五つの結晶も、元を辿ればほとんどがあの人間の魔力だ」


「…………」


 レイズの顔が何とも言えないものになる。


「じゃあ……グレサスが迷宮でめちゃくちゃ魔力を使って……」


「ああ」


「メーレがそれを回収して……」


「ああ」


「石にして……」


「ああ」


「グレサス達に返しただけ?」


「そういうことだ」


「そ……そっか……」


 あれだけ大騒ぎして、セフィロトの枝を切り、ハクライを砕かれ、ディアの捕獲にも失敗し、最終的に手に入れた大きな成果が、自分で撒き散らした魔力を固めた石。


 その事実をデュランが知ったら、いったいどんな顔をするのだろう。


 レイズは少しだけ考えたが、知らない方が幸せなこともあるのだろうと、そっと考えるのをやめた。


「では、行くぞ」


「え?」


 メーレが何事もなかったかのように歩き始める。


「どこに?」


 その問いに、メーレは足を止めて振り返った。


「おまえ……目的を忘れたのか?」


「目的?」


「世界樹の種だ。場所を知りたくて我のところへ来たのであろう?」


「…………」


 レイズの目が大きく見開かれた。


 グレサスとデュランが現れ、迷宮が荒らされ、ディアが捕まり、レアリスビーストが目覚め、森が凍りつき、グレサスの鎧が砕け、最後には王国へ魔力の結晶まで渡すことになった。


 あまりにもいろいろなことが起こりすぎて――。


 完全に忘れていた。


「それとも……もう要らぬのか?」


 メーレがそう尋ねた瞬間、レイズの目に一気に光が戻る。


「いる!!」


 勢いよく立ち上がった。


「欲しい!! めちゃくちゃ欲しい!! 教えてくれ!!」


「ならばついてこい」


「うん!!」


 先ほどまでの疲れなどどこへ行ったのか。レイズは急いでメーレの後を追い、二人はジュラのさらに奥深くへ向かって歩き始める。


 こうして、グレサスとデュランによって散々掻き回され、レアリスビーストまで目覚めるという想定外にもほどがある騒動を経て――。


 レイズはようやく。


 本来の目的である、世界樹の種が眠る場所へと向かうのだった。

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たくさんの方に読んでいただき、本当にありがとうございます。 完結済の長編です。レイズたちの物語をぜひ最初から。
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