産みの親
そうして、夜が明ける頃。
レイズの朝は、いつだって早い。
――とはいえ、辺りはまだ真っ暗だった。本来であれば、東の空がほんのわずかに白み始めてもおかしくない時間帯だというのに、ここはジュラ。天を覆い尽くすほど巨大な木々が空から降り注ぐはずの光をことごとく奪い去り、朝が近づいていることすら忘れてしまいそうなほど深い闇が森を包み込んでいる。
静かだった。
あまりにも、静かすぎた。
虫の羽音もなければ、獣の鳴き声もない。木々が風に揺れる音すら聞こえず、自分の呼吸だけが妙に大きく耳へ届く。
「…………」
レイズは荷物の中へ手を伸ばした。
ひとまずメモリアルストーンに光を灯そう。それから今日の行動を――そう考えた、その瞬間。
手が止まった。
「…………え?」
見られている。
一つや二つではない。
暗闇の中、四方八方に浮かぶ二つ一組の光。それが右にも、左にも、木々の隙間にも、茂みの奥にもある。高さも違えば大きさも違う。それでもすべてに共通していることが一つだけあった。
こちらを見ている。
じぃぃぃ……っと。
「いやいやいや……」
レイズはゆっくりと立ち上がった。
怖い。
――いや、違う。
普通なら怖い。
これだけの数の魔物らしき存在に夜明け前の森で囲まれているのだ。一般人なら悲鳴を上げてもおかしくないし、冒険者であっても即座に撤退を考えるだろう。
だが、レイズの胸の中に最初に湧き上がった感情は恐怖ではなかった。
(……来た)
エクリプスアイ。
瞳に魔力を集め、暗闇の向こうに存在するものを探る。すると、レイズの表情が変わった。
理解した。
これほど多くの魔物が、偶然同じ場所へ集まるはずがない。そして自分を食らうためだけなら、とっくに襲いかかってきている。
つまり――。
「メーレ!!」
静寂をぶち壊すようにレイズの声が森へ響いた。
「森の番人メーレ! いるんだろ!? 話したいことがある! 頼みたいことがあるんだ!!」
返事はない。
代わりに。
ザッ……。
暗闇の中で何かが動いた。
ザザッ……ザッ……。
一つではない。
四方八方に浮かんでいた光が、一斉にこちらへ近づき始める。
「…………」
レイズは無言でメモリアルストーンを荷物へ押し込んだ。
嫌な予感がした。
そして次の瞬間には、走り出していた。
「こっちだろ!!」
木々の間を抜け、根を飛び越え、枝を払いながらひたすら進む。背後から無数の気配が追いかけてくる。右からも左からも来ている。姿はまだ見えない。だが確実にいる。何十、何百という魔物が、レイズ一人を追うように森の中を移動していた。
それでもレイズは止まらない。
迷わない。
右。
左。
巨大な木の根を越え、その先をさらに右へ。
道など存在しないはずのジュラを、まるで何度も歩いたことがあるかのように進んでいく。
そして、そんなレイズの顔には――。
「やっとだ……!」
笑みが浮かんでいた。
怖い。
恐ろしい。
そんな感情など、今のレイズは抱いてすらいなかった。
ようやく会える。
ずっと探していた存在に。
このジュラの秘密を知り、そしてダークエルフ達を救うために必要なものへ繋がる存在に。
――メーレに。
やがて森が開けた。
レイズは足を止める。
一見すれば、行き止まり。
だが――違う。
「……ここだ」
水源から流れ出した澄んだ水。その中に、古びた石畳がいくつも立ち並んでいる。石と石の隙間を縫うように水が流れ、そこかしこから小さな植物が顔を出し、長い年月を物語るように緑色の苔が石肌を覆っている。
ジュラの迷宮。
その本当のゴールは、ここではない。
だがレイズにとって、迷宮の踏破など最初から目的ではなかった。
必要なのは――この場所。
水に囲まれた石畳を渡る。
その先には、まるで祭壇のような巨大な石造りの広間があった。
レイズは、その中心へ立つ。
そして大きく息を吸った。
「メーレ!!!」
返事はない。
「メーレ・ラ・スリア!!!」
フルネームで呼びつけた。
その瞬間。
ゴゴゴゴゴゴ……。
「……っ!」
石畳が震えた。
水面に幾重もの波紋が広がり、周囲の木々から鳥のような何かが一斉に飛び去る。
そして。
ノシ……。
ノシ……。
巨大な何かが歩く音。
一歩。
また一歩。
やがて――音が止まった。
「…………?」
レイズが周囲を見渡す。
いない。
その瞬間だった。
頭上から、巨大な影が落ちた。
「うおっ!?」
――ドガァァァァン!!!
途轍もない巨体が、空から石畳へ飛び降りた。
衝撃が周囲を駆け抜け、水面が激しく揺れる。
にもかかわらず。
石畳には――ひび一つ入っていない。
レイズが顔を上げる。
そこにいた。
ジュラの理を守る存在。
メーレ。
そしてメーレは、明らかに機嫌が悪かった。
「何度も何度も我の名を呼ぶな!!」
「…………」
「聞こえている!!」
「あ、はい」
怒っていた。
結構怒っていた。
だが、レイズが何か言うよりも早く、メーレはその巨体をわずかに前へ出した。
「それよりも――お前は何なのだ」
先ほどまでの怒声とは違う。
低い声だった。
「なぜ我の名を知っている?」
空気が変わる。
「なぜこの場所を知っている?」
レイズの周囲に、無数の気配が集まってくる。
「そして――」
メーレの瞳が細められた。
「なぜ、ジュラの理を理解している!すべてを答えろ!!」
ザザザザザッ――。
その言葉と同時に、先ほどまで闇の中からレイズを追っていた魔物達が次々と姿を現した。
犬型の魔物――デッドガルゥ。
巨大な蟻の姿をしたグリーンアント。
花弁を不気味に開閉するデスフラワー。
さらには、石畳の隙間から植物そのものまで蠢き始める。
そして。
「コケェ!! コココココッ!!」
コカトリス。
「…………」
レイズは思わずそちらを見た。
「いや、お前だけ鳴き声が鶏すぎるだろ」
「コケェ!!」
「なんで怒った!?」
だが、そんな冗談を言っている場合ではない。
魔物達はメーレを守るように並び、レイズが一歩でも近づけば襲いかかると言わんばかりに唸り声を上げている。
ギチギチ。
グルルルル。
葉が擦れ合う音。
牙。
爪。
毒。
魔力。
すべてがレイズ一人へ向けられていた。
それでもレイズは、一歩だけ前へ出た。
「メーレ、聞いてくれ。俺は――」
その瞬間。
魔物達が一斉に攻撃した。
「え?」
デッドガルゥの口から巨大な炎が放たれる。
グリーンアントは毒素を混ぜ込んだ水球を射出し、デスフラワーは吸い込んだ者の身体へ強烈な負荷を与える粉を大量に撒き散らした。
そして最後に。
「コケェェェェェ!!」
コカトリス。
銀色の霧。
触れたものを石へ変える石化の息が、真正面からレイズへ襲いかかった。
「いや待て待て待て!!」
炎。
水。
毒。
粉。
石化。
それらが全部混ざった。
視界が消える。
「…………」
メーレは黙って、その光景を見つめていた。
すると。
風に流されたデスフラワーの粉が、隣にいたコカトリスの顔へ直撃した。
「コケッ!?」
コカトリスが固まる。
「…………」
デスフラワーを見る。
「コケェェェェェェ!!!」
ぶち切れた。
デスフラワーへ突進し、猛烈な勢いで花弁をつつき始める。
お前、なんでこっちに粉を飛ばしたんだ。
アホか。
そう言わんばかりの勢いである。
「…………」
メーレの眉間に皺が寄った。
やがて煙が晴れていく。
毒霧が薄れる。
銀色の石化霧も消えていく。
その中心。
「…………おい」
レイズは立っていた。
傷一つない。
「おいおいおい!! 話を聞けよ!? 今まさに質問に答えるところだったよね!?」
魔物達が再び身構える。
「俺フルコースで攻撃された後だからな!?」
ダンッ!!
メーレが前脚を石畳へ叩きつけた。
その瞬間。
すべての魔物が止まった。
デスフラワーをつついていたコカトリスも止まる。
口元にはデスフラワーの花弁が一枚付いていた。
「…………」
「いや、止めるの遅いよ………?」
レイズが突っ込む。
「どうせ効かぬのだろう?」
「そういう問題じゃないだろ!?」
メーレは答えない。
ただレイズを見ていた。
先ほどの攻撃。
炎も、水も、毒も、石化も。
確かにレイズへ届いた。
だが――消えた。
まるで最初からそこに存在していなかったかのように。
「その力も気になるな……」
メーレの視線がレイズの荷物へ移る。
「そして、お前が持っていた石も」
メモリアルストーン。
「すべてだ」
メーレが低く告げる。
「一つ一つ答えろ」
そのときだった。
メーレの足元から――。
ひょこ。
白い何かが顔を出した。
「……ん?」
小さい。
白い。
もふもふしている。
その存在は、メーレの巨体の陰からレイズをじっと見つめていた。
いや。
正確には――レイズそのものを見ているのではない。
レイズの魔力を。
そして今、魔物達の攻撃を消し去った――あの属性を。
見つめている。
白い存在はゆっくりとメーレの足元から出てきた。
トコ。
トコトコ。
「ディア……?」
メーレが呼ぶ。
だが止まらない。
白い存在――ディアは、そのままレイズのところまで歩いていく。
レイズは首を傾げた。
(こんな魔物……ゲームにいたっけ?)
少なくとも記憶にはない。
だが敵意は感じない。
「えっと……」
レイズはディアを見下ろしながら、メーレへ話を戻した。
「俺の名前はレイズ・アルバードだ」
メーレが黙って聞く。
「メーレ。俺はお前の名前だけを知っているわけじゃない。ジュラの秘密も、ここで守ろうとしているものも――全部知っている」
「ほう……」
メーレは答えながらも、レイズではなくディアを見ていた。
ディアがレイズの足元まで来る。
そして。
「レイズ……?」
「…………え?」
レイズが固まった。
ディアは顔を上げる。
「レイズ!!」
「な……」
言葉を話した。
しかも。
自分の名前を呼んでいる。
「お前……喋れるのか?」
ディアの顔が明るくなる。
「もしかしてメーレの子供とか……?」
その瞬間。
メーレの目が細められた。
「我のことを知り、ジュラのことまで知りながら――ディアは知らぬか」
「ディア……?」
レイズが名前を繰り返す。
するとディアは嬉しそうに身体を揺らした。
「レイズ!」
そして。
「……ウンダ!」
「…………」
「アリガトウ!!」
「…………は?」
レイズの表情が完全に止まった。
「産んだ……?」
ディアが嬉しそうにレイズの足へ身体を擦りつける。
「いや待って。俺が?」
メーレも固まっていた。
「どういうことだ」
メーレの視線が鋭くなる。
「ディア。お前はレイズが連れてきたというのか?」
だが、それならおかしい。
ディアはある日突然――ジュラに存在し始めた。
誰かが連れてきた痕跡などない。
レアリスが呼んだのか。
あるいは――。
だが次のレイズの言葉で、その可能性も消える。
「えっと……ディアっていうのか?」
レイズは困ったように頭を掻いた。
「悪い。俺は君のことを知らない」
「…………」
メーレがレイズを凝視する。
嘘ではない。
少なくとも、そう見える。
それでもディアはレイズから離れない。
「レイズ!」
「はいはい……」
レイズはしゃがみ込んだ。
そして。
「まあ……でも」
優しく頭へ手を置く。
白い毛が指の間へ沈む。
「生まれてよかったな」
「…………!」
ディアが嬉しそうに目を細めた。
警戒など微塵もない。
メーレは黙って二人を見ていた。
そして一つだけ理解する。
違う。
この男がディアをここへ連れてきたわけではない。
この男が意図的にディアを呼んだわけでもない。
だが。
「レイズ」
「ん?」
「ディアは、ある時突然ジュラへ存在し始めた」
レイズの手が止まる。
「我にも理由は分からぬ。何が原因で、何をきっかけとして生まれたのかもな」
「…………」
「だが」
メーレの瞳が、レイズを捉える。
「おそらく――お前だ」
「俺?」
「お前が何かをした」
「いや、何かって……」
「それを我が聞いている」
「俺も知らないんだけど!?」
しばらく沈黙が続いた。
やがて。
ダンッ。
メーレが再び石畳を叩く。
それを合図に、集まっていた魔物達が一斉に散っていく。
デッドガルゥが森へ消え、グリーンアントが石の隙間へ潜り、デスフラワーもゆっくりと姿を消す。
コカトリスだけが最後までデスフラワーを睨んでいた。
「コケェ……」
「お前はもういいから帰れ」
レイズが言うと。
「コケッ!」
なぜか怒って帰っていった。
「……メーレ?」
レイズが顔を上げる。
警戒を解いてくれた。
そう判断した。
「なんか……悪かったな。いきなり来て、名前まで呼びまくって。そりゃ怒るよな」
だがメーレは謝罪には答えない。
「続きだ」
「え?」
「ジュラの何を知っている」
メーレの声から、先ほどまでの怒りが消えている。
代わりにあるのは――興味。
「レイズ。貴様の口から述べてみよ」
「…………ああ」
レイズは立ち上がる。
そしてメーレを真正面から見た。
「まず――メーレ」
一呼吸。
「お前は正確には、ジュラの番人じゃない」
メーレの瞳が僅かに動く。
「レアリスの番人だ」
「…………」
「でも、それはレアリスを守っているって意味じゃない」
水の流れる音だけが響く。
「逆だ」
レイズは言った。
「お前達は――レアリスから世界を守ってるんだろ?」
沈黙。
長い。
先ほどまでとはまるで違う静寂だった。
「…………続けろ」
低い声。
レイズは続ける。
「他の神獣達も知ってる。ジュラの裏側――海へ繋がる海域にはリヴィアがいる。海からの侵入を防ぎ、同時に向こう側から何かが出ていくことも防いでいる」
メーレは何も言わない。
「さらにジュラの迷宮を越えた先。山岳地帯には、空と山を守る神獣――ドラーグ」
「…………」
「全部繋がってる」
レイズはメーレから視線を逸らさない。
「メーレ。リヴィア。ドラーグ。そしてジュラそのもの。それら全部が――レアリスに関係している」
空気が重くなる。
レイズは静かに息を吐いた。
「だから勘違いしないでくれ」
「…………」
「俺はレアリスを起こすためにここへ来たんじゃない」
メーレはレイズを凝視した。
今度は魔力ではない。
容姿。
髪。
目。
そして――耳。
「…………」
ほんの僅か。
人間だけでは説明できない特徴。
エルフ。
その血が薄く混じっている。
「それで……」
レイズは少し言いづらそうに頭を掻いた。
「世界樹の種が必要なんだ」
メーレの目が動く。
「俺が欲しいんじゃない」
「…………」
「ダークエルフ達に必要なんだ」
その言葉で、メーレの中で一つの筋道が出来上がった。
この男には、僅かながらエルフの血が流れてる。
それゆえ世界樹へ惹かれた。
あるいはダークエルフとの繋がりから、この森について調べ上げた。
そうしてジュラの理へ辿り着き、自分達神獣の存在理由にまで到達した。
不可解な点はいくらでも残る。
だが少なくとも――。
この男はレアリスを求めているわけではない。
「だから」
レイズが頭を下げる。
「メーレ。協力してほしい」
「…………」
「世界樹の種を探すのを手伝ってくれ」
しばらく沈黙が続いた。
そして。
「ふふ……」
メーレが笑った。
「……?」
「ふふふふ……」
レイズが少し期待した顔になる。
「レイズ、といったな」
「ああ」
「お前は本当に面白い」
「じゃあ――」
「だが断る」
「なんでだよ!?」
即答だった。
「メーレ!? それさえ見つけたら俺はすぐここから立ち去る! ジュラを荒らしたりもしない!」
レイズは慌てて荷物を漁った。
「そうだ! これ!」
メモリアルストーンを取り出す。
一つ。
二つ。
三つ。
「これもやる! 光を出せるし、水も出せる! こっちは――」
「いらぬ」
「まだ説明途中なんだけど!?」
メーレはメモリアルストーンを見た。
何なのかは、おおよそ理解している。
興味がないわけでもない。
だが――。
「違う」
「え?」
「レイズ。お前に世界樹の種を渡すことを拒んでいるのではない」
レイズの手が止まった。
「…………じゃあ何だよ」
メーレが森の奥へ顔を向ける。
「まだいるのだ。」
「何が?」
「ジュラを荒らす者が」
レイズの表情から笑みが消えた。
「お前だけではない」
メーレは目を閉じる。
森そのものへ意識を伸ばすように。
「もう一つ……」
沈黙。
「いや……」
メーレの目が開く。
「二人か」
「…………二人?」
「お前とは違う」
声が低くなる。
「理を知らぬ」
レイズの眉が動く。
「ジュラが拒んでも止まらぬ。道を閉ざしても進む。魔物を向かわせようとも、力で押し退ける」
「…………」
「ただ、強引に進んでくる」
レイズの頬が僅かに引きつった。
「ちょっと待て」
嫌な予感がした。
ものすごく。
メーレがゆっくりとレイズを見る。
その視線を見て。
レイズはさらに嫌な予感を覚えた。
「そうだな」
「……何だよ」
「レイズ」
メーレの口元が、僅かに上がった。
「手伝え」
「…………何を?」
「手伝えば、世界樹の種はお前にくれてやる」
「本当か!?」
食いついた。
即座に。
「ぁあ! 手伝えることならなんだってやる!!」
「良い」
メーレが満足そうに頷く。
「良い返事だ」
その瞬間。
レイズの頭の片隅で何かが警告した。
――また内容を聞かずに承諾した。
だが遅い。
メーレは森の奥へ視線を向けた。
「ならば――」
声から笑みが消えた。
「今、このジュラへ向かっている災害を止めるのを手伝え」
「…………災害?」
レイズが瞬きをする。
「何だよ、それ」
魔物か。
神獣か。
あるいは――レアリスに関係する何かなのか。
だがメーレから返ってきた言葉は、そのどれでもなかった。
「人だ」
「…………は?」
「二人の人間だ」
レイズの表情が止まった。
メーレは続ける。
「それも――」
一瞬。
言葉が途切れた。
レイズはそこで初めて違和感を覚えた。
メーレが。
このジュラそのものを支配するかのような存在が――言葉を選んでいる。
「……とてつもなく強い」
「…………」
「我だけで止められるかどうかだな。」
「…………え?」
レイズから声が消えた。
メーレが勝てるか分からない。
人間。
二人。
ジュラに拒まれても進む。
道を閉ざされても止まらない。
魔物を向けられても、力ずくで突破する。
そんな人間を。
レイズは――知っている。
いや。
知りたくなかった。
条件に当てはまりすぎる男を、一人だけ知っている。
「…………いや」
レイズの頬が引きつる。
「まさか……」
頭の中に、一人の男の顔が浮かんだ。
そして、その隣にいるであろうもう一人まで。
「いやいやいや……」
嫌な予感しかしない。
「まさか、あいつ……?」
メーレがレイズを見る。
レイズは頭を抱えた。
「何しにここへ向かってんだよ……」
会いたくない。
少なくとも――ここでは絶対に会いたくない。
だが。
その頃。
ジュラの遥か向こう側。
本来ならば、人間が進むことそのものを拒絶する森の中を――。
二つの影が、確実にこちらへ近づいていた。




