魔王になる。
屋敷へ戻るレイズの足取りは重かった。
それはまるで――
決戦の地へ向かう兵士のように。
(開けたら最後だ……)
食堂の扉を見つめる。
(もう後には引けない)
脳裏に浮かぶのは、かつてプレイしたゲームの名シーン。
魔王城最深部。
主人公が仲間たちを見渡し、静かに告げる。
『みんな、覚悟はいいか?』
重い沈黙。
そして。
『もう後には引けないぞ』
仲間たちは力強く頷く。
誰も逃げない。誰も目を逸らさない。
そして勇者は扉へ手をかける。
――その先に待つ魔王との決戦へ。
レイズは深く息を吸った。
(……よし)
覚悟を決める。
(行くぞ)
そして。
食堂の扉を押し開いた。
その先に広がっていたのは――
期待を裏切らない光景だった。
いや。
期待を遥かに超える光景だった。
巨大なテーブル。
その中央に鎮座するのは。
豚の丸焼き。
一匹丸ごと。
どーん。
圧倒的存在感。
まるで宴会場である。
そして。
その隣に置かれていたもの。
小皿。
とても小皿。
申し訳程度の小皿。
その上に数枚だけ乗せられたサラダ。
以上。
レイズはしばらく固まった。
そして。
口元を引きつらせる。
「ククク……」
笑う。
乾いた笑いだった。
「これではまるで……」
肩が震える。
「俺こそが魔王ではないか……!」
勇者たちが倒しに来る側だった。
どう見ても。
完全に。
食生活が魔王だった。
そして。
レイズは絶叫する。
「逆だろおおおおおおおおおっ!!!」
魂の叫びが食堂へ響き渡った。
その声を聞きつけたのだろう。
奥の厨房から使用人が慌てて姿を現した。
「も、申し訳ございませんっ!」
深々と頭を下げる。
「サラダなどを添えてしまいまして……」
レイズは思わず叫ぶ。
「いや、そこじゃないからな!?」
使用人は固まる。
数秒考える。
そして何かを理解したように頷いた。
「し、失礼いたしました!」
厨房へ走る。
レイズは少し安心した。
(そうだ)(ようやく伝わった……)
(豚が問題なんだ…)(豚が…)
やがて使用人が戻ってくる。
その手には皿があった。
そして。数枚の葉っぱ。
さらに。
赤い実を薄く切ったものが添えられていた。
「こちらも追加いたしました!」
満面の笑みだった。レイズは黙った。
じーっと見た。葉っぱを見る。
赤い実を見る。豚を見る。
葉っぱを見る。豚を見る。
赤い実を見る。豚を見る。
「…………」
どう見ても誤差だった。
焼け石に水だった。
むしろ豚の存在感が際立った
使用人は少し不安そうに尋ねる。
「い、いかがでしょうか……?」
レイズはしばらく黙り込む。
そして遠い目をした。
(ダメだ……)
悟る。
(この屋敷にダイエットという概念は存在しない……)
その事実を。
誰よりも深く理解したのだった。




