絶望的な事実。
少し歩いただけで、全身から汗が噴き出していた。
荒い息を整えながら、ようやく屋敷の中へと辿り着く。
重厚な扉をくぐった先、静まり返った廊下の片隅に――それはあった。
立てかけられた、一枚の鏡。
「……やっと、確認できる……」
恐怖と期待が胸の中でせめぎ合う。
俺はゆっくりと鏡の前に立った。
そして、おそるおそる顔を映す。
――え?
思わず声が漏れた。
「まじで……誰これ……?」
そこに映っていたのは、年の頃で十一、いや十四ほどだろうか。
金色の髪は陽光を受けてきらめき、瞳は深い海のように青い。
肌は透き通るように白く、傷ひとつない。
整った鼻梁。形の良い唇。
ここまでなら、誰もが羨む美少年と呼んで差し支えない。
……だが。
そのすべてを台無しにする圧倒的な肉の存在。
頬は丸く埋もれ、顎と首の境目は曖昧になり、腹は鏡の手前へと誇らしげに突き出ている。
その存在感は、もはや凶器レベルだった。
「…………っ」
言葉を失う。
羨望を集めるはずの容姿と、本能的に距離を置かれる体型。
あまりにも不釣り合いなそのギャップに、胸の奥を殴られたような衝撃を受けていた。
そのときだ…。
「あの……レイズ様……?」
背後から、おそるおそる声がかかる…。
――は?
思わず振り返る。
そこに立っていたのは見覚えのないメイドのひとりだった。
怯えたような表情で、こちらを見つめている。
だが、今の俺にはそんなことを気にしている余裕はない。
レイズ。
確かにそう呼んだよな…?
「レイズ……???」
心臓が大きく跳ねる。
慌ててもう一度鏡を覗き込んだ。
――これが、レイズだって…?
金髪碧眼の美少年顔。
その下にぶら下がる、とんでもない肉の塊。
まさか、このアンバランスな存在が?
俺が知っているレイズは違う。
小太りではあった。
だが、もっと年上だ。
少なくともこんな子供じゃない。
「……その、レイズ様。大丈夫ですか?」
メイドが不安そうに問いかける。
俺はゆっくりと振り返った。
そして――
「大丈夫なわけないだろぉぉぉぉ!!」
屋敷の廊下に情けない叫びが響き渡った。
メイドは飛び上がった。
「ひっ!?」
肩を震わせ、その場で固まる。
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」
慌てて頭を下げ始めた。そしてひどく怯えるように。
「いやいやいや! そうじゃない! 責めてない! 全然責めてないから!」
俺も慌てて両手を振る。
そして自分の腹を掴んだ。
ぷにっ。
「見ろよこれ!」
ぷるん。
「どう見ても大丈夫じゃないだろ!」
ぽよん。
「俺が一番びっくりしてるんだよ!」
……沈黙。
廊下に気まずい空気が流れた。
メイドは俺の顔を見る。
次に腹を見る。
そしてもう一度顔を見る。
明らかに反応に困っていた。
俺はその視線から逃げるように鏡を見る。
最悪だ。
本当に最悪だ。
異世界転生。
それだけならまだいい。
だが、なぜ俺はこんな身体なんだ。
しかもレイズ?なんだよ…
考えれば考えるほど頭が混乱してくる。
俺は腹の肉をぷにぷにと摘まみながら、その場でうなだれた。
もう何も考えたくない。
夢なら覚めてほしい。
そんな現実逃避じみたことを考えていると、不意に視線を感じた。
ちらりと顔を上げる。
メイドがこちらを見ていた。
先ほどまでの怯えとは少し違う。
戸惑い。
困惑。
そして――不思議そうな視線。
レイズは普段、使用人とまともに言葉を交わさないのだろう。
声を荒げることはあっても、慌てて弁解することなどない。
ましてや、自分の腹を掴んで騒ぐなどありえない。
だからこそ彼女は混乱していた。
目の前にいるのは確かにレイズだ。
顔も。声も。身体も。
何一つ変わっていない。
なのに中身だけが別人のようだった。
「……レイズ様?」
恐る恐る呼びかける。
だが俺は気付かない。
自分がこの世界に来てから初めて――
目の前の少女に違和感を抱かれていることに。




