悪を切り捨てるだけが正義ではない。
「はぁ、はぁ……はぁ……!」
アルバードの町をどうにか抜け出したレイズは、そのまま足を止めることなく走り続けていた。普段であれば、この程度の距離をこの速度で駆けたところで、ここまで激しく息を切らすことなどない。むしろ常人からすれば、長い距離をこれほどの速度で走り続けること自体が常軌を逸しており、今のレイズがどれだけ身体を鍛え上げているかを知らない者が見れば、それだけで十分驚くような光景だった。
クリスとの鍛錬では、これ以上の距離を走らされることなど珍しくない。重い木刀を背負ったまま延々と走り込まされることだってある。それに比べれば、荷物を抱えて一人で走っている今など、本来ならば大した負担ではないはずだった。
なのに今のレイズは、明らかに満身創痍だった。
理由は身体ではない。
精神である。
「はぁ、はぁ!! やっとだ……! やっと自由がすぐそこに!!」
アルバードから出る。
本来なら、それだけの話だった。
ところが町を通れば人々に囲まれ、次々と話しかけられ、知らないうちに人数は増え続け、最後にはなぜか胴上げまでされた。そこへクリスとディアナが現れ、どういう理屈なのか本人にも分からないまま民衆の視線をすべて引き受けてくれたおかげで、ようやく町を脱出できたのである。
魔族と戦った時とも違う。王国の騎士と刃を交えた時とも違う。命の危険など何一つなかったというのに、ただ愛されすぎただけでここまで疲弊している。
「……いや、なんなんだよ。ほんとに……」
走りながら苦笑する。
それでも町から離れるにつれて、人の声は少しずつ遠ざかり、周囲には風の音と自分の足音だけが残っていった。その静けさが、今のレイズには妙に心地よかった。
ようやく。
本当に一人になれた。
そして、さらにしばらく進んだところで、レイズは遠くに異様な景色を見つけた。
「……あれが、ジュラ……だよな?」
自然と足が緩む。
まだ距離はかなりある。細かな木々の一本一本が見えるほど近いわけではない。それでも、そこが普通の森ではないことだけは一目で理解できた。
遠くに見える巨大な緑の塊は、一見すれば山脈のようにも思える。だが、違う。そこに連なっているものはすべて木々だった。空へ向かって伸びる巨大な樹木が何重にも密集し、まるで巨大な壁を築き上げているかのように大地を覆っている。
森というより。
自然そのものが、人の侵入を拒むために作り上げた要塞。
そんな印象すら抱かせる光景だった。
「すげぇ……実物って、あんなにすげぇのか……」
レイズはしばらくその場に立ち尽くしていた。
ジュラの森。
王国でも最大級の危険地帯。
ゲームの中では知っている。情報としても知っている。そこに何が住み、何が守られ、どれほど危険な場所なのかもある程度は把握している。
だが、画面越しに見た景色と、自分の目で実際に見る景色はまるで違った。
「……やっぱ、この世界って広いんだな」
自然と、そんな言葉が漏れた。
この世界へ来てから、レイズは未来を変えることばかり考えていた。自分が死ぬ未来。アルバードが滅びる未来。ヴィルやセバスを失う未来。王国との争い。魔族との関係。知っているはずの結末をどう変えるか。
だからこそ。
こうしてただ景色を眺めるということ自体が、どこか新鮮だった。
「……ちょっと休むか」
レイズは近くにあった岩肌へ腰を下ろし、背負っていた荷物を横へ置く。アルバードから走り続けてきたこともあり、喉も乾いていた。
荷物の中から一つのメモリアルストーンを取り出し、手の平へ乗せる。
「こういう時、本当に便利だよな……」
小さく笑いながら魔力を流し込むと、すぐに石の機能が起動した。
ごぽ、ごぽ、ごぽ――。
透明な水が石から溢れ出していく。
レイズは持参していた器をその下へ置き、流れ出す水を受け止めた。やがて十分な量が溜まると、今度は自らの氷属性を軽く流し込み、水をひんやりと冷やしていく。
「ふふふ……便利すぎるだろ、これ」
水属性を持たないレイズでも、メモリアルストーンさえあれば飲料水を確保できる。一度使えば砕けてしまう属性石とは違い、魔力さえあれば何度でも利用できる。
生活用の道具として便利なのはもちろんだが、こうして旅へ持ち出してみれば、サバイバル道具としても相当に優秀だった。
「冷静に考えたら、これ旅する時めちゃくちゃ強いよな……」
ごく、ごく、ごく――。
「ぷはぁ……!」
冷たい水が喉を通り、身体へ染み渡る。
「最高……」
ようやく少しだけ、自由な一人旅らしいことができた。
そんな満足感に浸っていたレイズだったが、その光景を少し離れた岩陰から眺めている者たちがいた。
「……おい。今の見たか?」
「あぁ……」
数人の男たちが、身を隠しながらレイズを観察している。彼らの視線はレイズ本人ではなく、その手に握られた小さな石へ集中していた。
「あのガキ、水属性じゃねぇよな?」
「俺もそう見えた。なのに石から水が出てやがった」
「属性石か?」
「いや、違う。属性石だったらあんな使い方はできねぇ。一度使えば砕けるし、そもそもあれだけの量を安定して出せるわけがねぇ」
男たちの間に、一瞬だけ沈黙が生まれる。
そして。
「まさか……メモリアルストーンか?」
その名前が出た瞬間、全員の目つきが変わった。
今、王国でも少しずつ存在が知られ始めているアルバード発祥の新しい道具。魔力を流すことで光、水、熱、冷気など様々な機能を発揮し、生活そのものを変える可能性を持つ石。
しかし、まだ王国全土へ行き渡っているわけではない。
現時点では一部の貴族や高位者が手にする程度であり、一般人からすれば目にする機会すら滅多にないほどの高級品だった。
「間違いねぇ……あれはメモリアルストーンだ」
「じゃあ、あいつ……」
改めてレイズを見る。
金色の髪。
整った顔立ち。
上質な服。
どう見ても、まだ少年。
そして。
護衛らしき姿はない。
「貴族のガキか?」
「しかも、一人だと?」
「護衛はいねぇよな?」
「見える範囲には誰もいねぇ。魔力反応も感じねぇな」
男たちの口元が、ゆっくりと歪んでいく。
メモリアルストーンだけでも相当な値段になる。
もし他にも持っているなら。
そして。
この少年自身も。
貴族の子供ならば、誘拐して身代金を要求することもできる。あるいは、どこかへ売り飛ばすことだってできる。
「はははっ!…あまりにも……カモじゃねぇかよ」
そう結論づけるまでに、大した時間は必要なかった。
数人の男たちは岩陰から姿を現し、にやにやと笑いながらレイズへ近づいていく。
「よぉ……」
「……ん?」
レイズが顔を上げる。
「君、今一人かい?」
「…………」
一瞬、またアルバードの町人かと思った。
だが。
すぐに違うと気づく。
男たちの腰には武器がある。縄を持っている者までいる。そして何よりも、自分を見る目が完全に人間を見る目ではない。
品物を見るような目だった。
「……そっか」
レイズは辺りを見渡した。
ここはもうアルバードではない。
王国領ではあるが、人の住む町や村からはかなり離れている。こんな場所へ普通の民がわざわざ集まっているはずもない。
ならば。
答えは一つだった。
「つまり……盗賊ってこと?」
「あ……?」
その瞬間。
レイズの目が輝いた。
「うわぁぁ……!やっば!」
「…………」
男たちが、逆に少し引いた。
「なんで喜んでんだ、こいつ」
だが、レイズにとっては少し感動すらあった。
この世界へ来て。
初めて本当の意味で自由に旅を始めて。
その道中で。
盗賊に絡まれる。
あまりにも異世界らしい。
「え? 俺のこと知らないのか?」
妙に楽しそうに尋ねるレイズへ、盗賊たちは怪訝そうな顔をする。
当たり前だった。
アルバードという名前そのものは、王国内でもそれなりに知られている。レイズ・アルバードという少年の名も、王国上層部では急速に認知され始めている。
だが。
今のレイズ本人の顔を正しく知っている者は少ない。
カイネル。
座位騎士たち。
アルバードと直接関わった者たち。
その程度だった。
故に。
彼らは知らない。
いま目の前にいる十四歳の少年が、王国とアルバードの関係そのものを変え、魔族を巻き込み、王国の上層部すら騒がせている中心人物であることを。
「おいおい。無知にもほどがあるだろ」
盗賊の一人が笑う。
「なぁ坊ちゃん。悪いことは言わねぇ。おとなしく俺たちについてきな」
レイズは首を傾げた。
「えっと……どこに?」
「…………」
盗賊たちが顔を見合わせる。
そして。
一斉に笑った。
「ハハハハハ!! 説明が必要かよ!」
「こいつ、本当に何も分かってねぇぞ!」
「おい坊ちゃん! お前どこの貴族だ?」
「……名前?」
レイズは少し考えた。
レイズ・アルバードと正直に名乗ること自体は簡単だ。
だが、今回は王国から許可をもらって正式に何かをしに来たわけではない。ジュラへ向かうことも、ほとんどレイズの独断だった。
ならば、わざわざアルバードの当主が王国内を単独で歩いていると広める必要もない。
「あぁ……えっと。貴族じゃないけど?」
「…………」
一瞬だけ沈黙が落ち。
また笑い声が起きる。
「馬鹿なのかてめぇ! 貴族でもねぇ奴がそんな身なりしてるわけねぇだろ!」
「え?」
「それによぉ。さっき面白いもん使ってたよな?」
盗賊の視線が、レイズの手にある石へ向く。
「それ、メモリアルストーンってやつだろ?」
「あ……」
レイズの顔が少しだけ引きつった。
「俺たちも興味があるんだよ。それに」
盗賊が笑う。
「そんな高価なもんを持ってる奴が、ただの平民ってこともねぇだろ?」
レイズは手の中のメモリアルストーンを眺めた。
「……見られてたのか」
普段なら、こんな失態はしない。
周囲へ人の気配がないか。
魔力反応はないか。
もっと警戒する。
だが今日は、町であまりにも精神を削られすぎていた。
完全に油断していたのだ。
「そっかぁ……メモリアルストーンね」
「そうそう……メモリアルストーンか…」
「うんうん。メモリアルストーン……」
小さく呟くレイズを見て、盗賊たちは恐怖で動揺しているのだと勘違いする。
レイズは顔を上げた。
「つまり、これが欲しいのか?」
一瞬の沈黙。
そして。
「ククククク……」
「ハハハハハ!!」
盗賊たちが大笑いする。
「そうだよ! その石は欲しい!」
「でもなぁ坊ちゃん、勘違いすんなよ?」
「ん?」
「欲しいのは石だけじゃねぇ」
男の口元が歪む。
「お前もだぜ?」
レイズの眉が僅かに動いた。
「はっきり言ってやれよ! この坊ちゃん、知恵が足りてねぇぞ!」
「はぁぁ!? 誰が知恵足りないだぁ!?」
「そこに食いつくのかよ!」
盗賊たちがまた笑う。
「なぁ坊ちゃん。自分なら何でもできるって勘違いしてるんじゃねぇか?」
男たちは、少しずつ自然にレイズを取り囲んでいく。
「でもな。一人じゃ何もできねぇんだよ。子供がこんな場所を一人でうろつくには、それなりに高い代償が必要なんだ」
あっという間に包囲された。
だが。
レイズは焦らなかった。
むしろ彼らの足運びや姿勢、魔力の流れを冷静に見ていた。
手慣れている。
同じようなことを何度もやってきたのだろう。
だが。
弱い。
少なくとも、王国騎士には到底届かない。
「なるほどな……」
レイズは少しだけ納得した。
「騎士にすらなれず、落ちこぼれって呼ばれてた側か」
「…………」
空気が止まった。
レイズに悪意はなかった。
ただ。
その感覚を知っているだけだった。
「悔しいよな。落ちこぼれって思われて、存在価値がないみたいに扱われるのってさ」
男たちの顔が少しずつ歪んでいく。
「誰にも期待されないって、嫌だよな。……その気持ち、俺は分かるよ」
一瞬。
盗賊たちは何も言わなかった。
だが。
すぐに。
「クク……」
「ハハハハハ!!」
怒りを誤魔化すように笑う。
「馬鹿にしてやがるな?」
「え?」
レイズは本当に分からないという顔をした。
「なぁ。今のは了承ってことでいいんだよなぁ?」
「いや、何の了承だよ」
「連れていくって話だよ!」
一人の男が不用意に近づき、レイズの腕を掴んだ。
そのまま力任せに引っ張る。
「…………」
動かない。
「……あ?」
もう一度。
今度はさらに強く引く。
だが。
動かない。
掴んだ腕は決して太くない。どう見ても十四歳の少年の腕だ。
なのに。
まるで巨大な岩でも掴んでいるようにびくともしない。
「な……なんだ?」
男の額に汗が浮かび始める。
今度は両手で掴み、全身の力を使って引っ張る。
「ぐっ……!」
それでも。
レイズは一歩すら動かなかった。
周囲の盗賊たちは、その光景を見て別の結論へ辿り着いた。
「魔力障壁か!?」
「こいつ、それなりに魔法が使えるぞ!」
外から見れば、そう見えても仕方がない。
だが。
実際に腕を掴んでいる本人だけは分かった。
「ち、違う!!」
「何がだ!?」
「こいつ、魔力障壁じゃねぇ!!」
「はぁ??」
「俺、普通に触れてるんだよ!」
男の顔が青ざめる。
「これ……純粋に、こいつの腕力が……!」
レイズは自分の腕を見る。
「あぁ……腕力ね」
少しだけ考え。
男を見る。
「ていうかさ」
「は?」
「気軽に男の子の腕を握るんじゃねーよ」
軽く腕を振る。
ブンッ!!
「うぉ!?」
男の身体が軽々と浮き上がり、数メートル先の地面へ転がった。
「ぐぁっ!!」
一瞬。
周囲が静まり返った。
だが別の男が、すぐに無理やり笑う。
「ククク……ハハハ! 魔力障壁か! 大したもんだな!」
「だから魔力障壁じゃ――」
吹き飛ばされた男が慌てて否定するが、誰も耳を貸さない。
「才能に恵まれてるってのか。つくづく癪に障るガキだ」
一人が剣を抜いた。
「仕方ねぇな。傷はつけたくなかったんだがよ」
剣先をレイズへ向けながら笑う。
「腕一本くらい無くても売れるだろ」
「…………」
その言葉を聞いた瞬間。
レイズの表情から、ほんの少しだけ笑みが消えた。
「縄持ってこい!」
「縛っちまえ!」
「待て!!」
先ほど吹き飛ばされた男だけが必死に叫ぶ。
「違う!! 魔力障壁じゃねぇって言ってるだろ!! さっきのは純粋にそいつの腕力なんだ!!」
一瞬だけ。
また沈黙が落ちた。
レイズは小さく息を吐く。
「あぁ……腕力ね。うんうん」
そして。
盗賊たちへ視線を向ける。
「じゃあ、魔力の方も見とく?」
「……は?」
次の瞬間。
レイズは、内側へ抑え込んでいた魔力を一気に解放した。
ゴォォォォォ――!!
空気が大きく揺れる。
地面に散っていた砂が一斉に舞い上がり、周囲の草木が激しく揺れた。先ほどメモリアルストーンから溢れた水によって濡れていた地面すら、魔力の波に押されるように細かく震えていく。
「……は?」
「はぁぁ!?」
「ま、待て……!」
「なんだこれ!?」
盗賊たちの顔色が一瞬で変わった。
目の前にいるのは少年。
十四歳程度。
身なりの良い貴族の子供。
そう思っていた。
だが。
その身体から溢れ出す魔力は、そんな認識を一瞬で吹き飛ばすほど異常だった。
そして。
ここでようやく彼らは理解した。
護衛がいないのではない。
必要ないのだ。
この少年には。
護衛など、そもそも必要なかった。
「ま、待て!!」
一人が剣を落とす。
「待ってくれ!」
「ん?」
レイズは首を傾げる。
「俺、先急いでるんだけど」
「殺さないでくれ!!」
「頼む!!」
「悪かった!!」
「……いや」
レイズは少し呆れたように眉を下げた。
「話聞けよ。殺すなんて一言も言ってないだろ」
「…………」
盗賊たちは完全に固まっていた。
レイズには、最初から彼らを殺す気などなかった。
だが。
だからといって。
何でも許すつもりもない。
「お前らさ」
レイズは少しだけ真面目な顔になる。
「事情があるのは分かる」
「…………」
「騎士になれなかった。期待されなかった。まともな仕事も見つからなかった。たぶん、お前らなりに色々あったんだろ」
盗賊たちは黙っている。
「俺も、誰にも期待されないとか、落ちこぼれ扱いされるのがどんな気分かは知ってる。だから、それを全部無視して『お前らは悪人だ』だけで終わらせるつもりはない」
そこまで言って。
レイズの目が少しだけ鋭くなる。
「でもな」
「…………」
「だからって、人を攫って売っていい理由にはならないだろ」
誰も口を開けない。
「腕一本くらい無くても売れるって言ったよな?」
先ほどの盗賊を見る。
「それ。やられる側からしたら、たまったもんじゃないからな」
「…………」
「次に同じことしたら」
一拍。
「今度は見逃さないぞ?」
レイズはそれだけ言うと、魔力を再び抑え込んだ。
先ほどまで空気を揺らしていた圧が消え、辺りに静けさが戻ってくる。
盗賊たちは。
何も言わず。
ただ小さく頷いた。
レイズも、それ以上責めることはなかった。
「じゃあ、もう用ないよな?」
荷物を背負い直す。
そして。
何事もなかったように、すたすたと歩き出した。
誰も背後から襲おうとはしない。
そんな発想すら、すでに浮かばなかった。
しばらくして。
盗賊の一人が、レイズの向かう方向を見て呟く。
「……おい」
「なんだ……」
「あいつ……ジュラに向かってねぇか?」
「…………」
全員が、遠くに見える巨大な森を見る。
「ま、まさか……」
一人が青ざめる。
「聞いたことあるだろ」
「何を?」
「あの男……グレイオンの化物が、よくジュラを鍛錬に使うって話」
「おいおい。そんなのただの噂だろ?」
「いや……」
別の男が首を振る。
「事実だ。グレサスは、本当にジュラへ籠もる」
「…………」
沈黙。
そして。
一人がその場へぺたりと座り込んだ。
「じゃあ……なんだよ」
乾いた笑いが漏れる。
「あいつも、グレイオンの血筋ってことか……?」
「…………」
「はは……腹立つな」
別の男が地面を見る。
「才能ある奴ってのは……」
だが。
少しして。
別の男がぽつりと呟く。
「でもよ」
「ん?」
「俺たち……見逃されたぞ」
「…………」
全員が黙る。
「気まぐれか……?」
「それとも、まだ騎士じゃないだけとか?」
「いやいや。グレイオンの人間ならもっと容赦なく殺すだろ」
「でも単身でジュラ行くような奴なんて、グレイオンくらいしかいねぇだろ!?」
「じゃあなんで俺ら見逃されたんだよ!?」
「知らねぇよ!!」
「じゃあてめぇ聞いてこいよ!」
「冗談言うんじゃねぇ!!」
男たちの頭は、完全に混乱していた。
一方。
当のレイズは、そんなことなど何も気にしていなかった。
歩きながら、先ほどの男たちについて少しだけ考えている。
才能が足りない。
戦う力が足りない。
騎士になれない。
王国では長い間、強いこと、戦えること、国を守れることがあまりにも大きな価値として扱われてきた。
もちろん。
それ自体が間違いだったとは思わない。
魔族との戦争。
他国との緊張。
力を持たなければ、国そのものを守れない時代だった。
だが。
その価値観から零れ落ちた人間も、確かにいる。
戦う才能がない。
魔法が弱い。
騎士になれない。
それだけで。
「役に立たない」
「価値がない」
そう思われた人々がいる。
そして。
自分自身も。
かつては。
似たような場所にいた。
「…………」
だからこそ。
彼らが盗賊へ落ちていった理由を、全く理解できないわけではなかった。
ただ。
理解できることと。
許すことは。
別だった。
人を攫う。
傷つける。
売る。
それは、どんな事情があろうとも正しいとは言えない。
だが。
悪人だから殺す。
役に立たないから切り捨てる。
それでは。
結局。
今までと何も変わらない。
「……もうすぐだからな」
レイズは誰に言うでもなく、ぽつりと呟く。
「お前らにも、ちゃんと役割があって。ちゃんと価値があるって思える場所は……増えていくから」
王国は変わり始めている。
カイネルも。
少なくとも。
今までと同じままでいいとは思っていない。
戦える者だけが価値を持つ国ではない。
戦えない人間にも働ける場所があり。
誰かから必要とされる役割があり。
自分自身にもちゃんと価値があると。
そう思える国。
アルバードで少しずつ出来上がっているものが。
いつか王国にも。
もっと広い場所にも。
広がっていけば。
今みたいな人間も。
少しは減るのかもしれない。
「だから」
レイズは遠くのジュラを見つめながら、少しだけ笑う。
「悪させずに、ちゃんと生きてろよ」
本当なら。
今回の旅は。
ただダークエルフとの約束を果たすためだけだった。
ジュラへ行き。
神獣と会い。
必要なことを済ませ。
アルバードへ戻る。
それだけ。
そのはずだった。
だが。
アルバードから一歩外へ出ただけで。
自分が知らなかった現実が。
次々と目へ入ってくる。
アルバードの中にいるだけでは見えなかったもの。
王国の問題。
人々の生き方。
社会から零れ落ちる者。
そして。
それらをどう変えていくべきなのか。
「……はぁ」
レイズは少しだけ笑った。
「自由な旅って……意外と忙しいんだな」
荷物を背負い直し。
再び歩き出す。
目指す先は。
巨大なジュラの森。
人を拒む。
危険な土地。
そして。
ダークエルフと交わした約束の場所。
「さて……」
レイズの口元が、少しだけ上がる。
「次は何が出てくるんだろうな」
そんな少し楽しそうな声を残しながら。
レイズは。
巨大なジュラの森へ向かって。
再び歩みを進めていった。




